がんばった!
建国祭三日目。今夜は王城で夜会が行われる。
貴族にとっては建国祭最大のイベントだ。
ミリエールも朝からメイドに身体を磨かれ、メイクを施されこれでもかというくらい忙しい。
パトリックの父が言っていた『手紙』が一体何のことなのか尋ねる暇もなく、あっという間に時間になってしまった。
「じゃあ、私たちは先に行くからね、パトリック君によろしく」
ミリエールの母はそう言って、父の腕を取り出掛けて行った。
ほんの僅かの差でエントランスに騎士の礼装を纏ったパトリックが姿を現した。
「すまない、またせた」
と手を差し伸べるパトリックに、
ーーーくぅぅっ! どの時代も礼装ズルしっ!
ミリエールは心の中で嬉声をあげる。
「どうした、ミリー?」
そう彼に声をかけられるまで、彼女は浸っていた。
そして、ミリーと呼ばれたことで、昨夜の出来事が夢でなかったと実感させる。
「何でもないの」
パトリックの礼装が似合いすぎるから…と頬を染めて続ければ、彼は恥ずかしそうに鼻頭を掻いた。
「ミリーも…すごく似合っている」
「「………」」
互いに照れて言葉が出ない。
こほんと見守っていた家令が咳払いをして2人は我に返った。
「行こうか」とパトリックはもう一度手を差し出す。
「はい」と彼女は笑顔でその手を取った。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
馬車に乗り、王宮へと向かうと、すでに入場は始まっているはずなのに大混雑だった。国中の貴族が集まるのだから仕方ないのだが。
仕方なく列に並んでいると、すぐ後ろから聞き覚えのある声がした。
「おお、我が青い鳥ではないですかー」
アレクシスだ。
「手紙の返事が来なくなったのでしんぱいしていたのですよ…」
彼はミリエールの手を取りキスをしようとした。
パトリックがサッと前に出てそれを阻止する。
「…汚い暴力装置風情が何の真似だ」
侮蔑の眼差しを向けてアレクシス。
「彼女は俺のパートナーだ」
それを平然と受け止めてパトリックは返した。
ミリエールも彼の腕にぎゅっとつかまる。
「リックは私が選んだ人ですっ!」
「ああ、青い鳥、その純粋さゆえに好奇心旺盛なのは美徳だが、その羽を休める止まり木は選んだ方がいい」
それを見て、どこか芝居掛かったように嘆いて見せるアレクシス。
「そこっ! なにを騒いでいるっ!」
その光景を見たいたのか、警護の女騎士がやってきた。
「騒ぎを起こす者を宮殿に入れるわけには…」
彼女は言いかけて、パトリックに目を留めた。
「…リック」
そしてその愛称を口にする。
「リビエラか」
「アイルズ家の跳ねっ返り娘ですか」
パトリックとアレクシスが彼女を呼んだのはほぼ同時だった。
「リック、知り合い?」
尋ねるミリエールに「同僚だ」とパトリックは答える。
ーーーその割には愛称呼びなんて親しそうだけど
とは思っても言えない。
「…子爵令嬢ともあろう者が、野良犬に成り下がるとは野蛮な」
吐き捨てるようにアレクシス。「なにか?」と眼光鋭くリビエラは返した。
「とにかく、これ以上騒ぎを起こすようならば王宮内に入れるわけにはいかない、お引き取り願おう」とリビエラは言った。
「ふん、汚らわしい野良犬と過ごすのも気分が悪いですし、僕は失礼させていただきます」
アレクシスはパトリックを睨んだ。
「ああ、幸運の青い鳥、次に会うときはその愛らしい唇で僕の名前を紡いでおくれ」
そしてそういうと、その場を後にした。
「災難だったな、リック」
それを見送りリビエラ。
「あれは天災みたいなものだ。まあ、諦めろ」そして笑う。
「ああ」とパトリックは返した。
「ところで隣にいるのは……例の?」
「ああ、パートナーのミリエールだ」
パトリックに紹介され、ミリエールは淑女の礼をとった。
そんな彼女を上から下まで探るようにリビエラは見る。
「リックをよろしく」
そして微笑んだ。
「入場まで今しばらく待つように」
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
やっとの思いでホールに入ると、煌びやかな世界が広がっていた。
「圧倒されるな…」
ぽつりとパトリック。
「リックは夜会はあまり出ないの?」
「エレオノーラ嬢の誕生パーティーが初だな。すぐ帰ったが」
尋ねるミリエールに彼は答える。
昨年まで彼は先ほどのリビエラ同様、入場ゲートの警護をしてたそうだ。
初めての夜会から連続でアレクシスに絡まれるという不運。
「隊長も言っていたが平和が続きすぎた。不要論も当然だろう。諦めるしかない」とパトリック。それにしても…と彼は続けた。
「この人混みだと、マックス達を探すのは骨が折れそうだな」
「あきらめましょうか」
あたりを見渡しても人人人。
この中から知り合いを見つけるのは至難の業だ。そんな確率の中でアレクシスにみつかったのはとんでもなく嫌な偶然だ。
不意に人とぶつかり、ミリエールがよろけた。
そっと彼女の腰を取り、パトリックが支える。
「ありがとう…」
ミリエールが彼を見上げていうと、パトリックは恥ずかしそうに視線を逸らし、「いや…」とだけ返した。
パトリックの左手はミリエールの腰を支えたまま、ホールを抜け、庭園へと出る。
広い庭園は人がまばらだ。
「踊らないんですか?」と尋ねるミリエールに「踊れないんだ」と恥ずかしそうにパトリック。
彼は爵位こそ授かっているが貴族出身ではない。ダンスなど確かに踊れなくても仕方がない。
「もし、ミリーが踊りたいのであれば…」
「一緒にいますっ!」
行ってきても構わないと彼がいうよりも早くミリエール。
「私が何のために来たと思っているんですかっ!」
彼女がいうと、「俺もミリーと共にいたくて来た」と彼も答える。
「ミリー」
不意にパトリックが彼女を呼んだ。
彼女が返事をすると、彼女の顔を見ないまま、パトリックは尋ねた。
「例の手紙は君の意思か?」
「手紙?」
ミリエールにはわからない。
ただ、心当たりがあるとすれば、昨日パトリックの父親が言っていたケムダー家からフリン家への手紙だ。
「そうか…しらないのか」とパトリック。
そして咳払いを一つした。
彼はミリエールの肩を掴み、向き合うと、その場にひざまづいた。そしてそっと彼女の手を取る。
「俺は貴族じゃない。爵位も低い。だがあなたを思う気持ちは誰よりもあるつもりだ。
ミリー…いや、ミリエール・ケムダー…貴女を生涯の伴侶としたい。どうか選んではくれないか」
彼なりの、精一杯のプロポーズ。
成人までに最愛の人ーーおそらくパトリックに処女を捧げなければならないミリエールにとって大きな一歩だ。これで一つ不安がなくなる。
だがそれ以上に、最愛の人に求められた…それが彼女の胸を熱くした。
「はい…はい、喜んで」
声が震えた。喜びの涙が頬を伝う。
ミリエールの手に愛おしそうに、何かを誓うようにパトリックは唇を落とした。
「ありがとう」
そして続ける。
「先日ミリーの家から来た手紙、あれは俺の婿入りの打診だった」
「は?」
一瞬時が止まった。
「もし、ミリーからだったら嬉しい反面、悔しかった」
ーーーああ、そういえば建国祭初日にお母様が何か企んでいたような…
ふと思い出した。
「やはりこういうことは、俺からちゃんとしたかった」
間に合って良かったと、パトリックは笑う。
いや、ほんとよかった。知らないところで全部話が終わらなくて本当に良かった。
胸を撫で下ろすミリエールには気付かず彼は続けた。
「今日だってあの貴族にパートナーではなく婚約者だと言いたかった」
「………っ!!」
ミリエールは声が出ない。顔が熱い。きっと、茹蛸より赤いだろう。
「ミリー、本当にありがとう」
月が噴水に映り煌めいていた。




