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がんばれ!


御前試合決勝。

決勝の対戦カードは下馬評通りのパトリック対マクシミリアン。

マクシミリアンは昨年優勝者。

爵位も高く顔もいい、貴族たちの期待の的だ。

一方、パトリックはその前3年間、最年少優勝記録を更新し続け、その時に騎士爵を授かっている。

貴族の多い騎士団において数少ない平民出身なので当然平民からの人気も高い。

オッズは大変なことになっているだろう。


2人が登場しただけで、会場に割れんばかり歓声が響いた。


「にいちゃーん!」

ネイサンも声をあげる。届いたのか…それとも関係者席を覚えていただけか、パトリックは見上げ…母と弟、そしてその隣にいるミリエールを目に留め、眩しそうに目を細めた。


2人の騎士は国王に一礼すると、審判の指示に従い向かい合い、剣をぬく。


「始め!」


号令のもと、2人が睨み合う。


ミリエールは心の中で応援した。

幸運をもつ身としては応援することは禁じられている。当人の実力を信じられないと疑われても仕方ない。でも、それでも応援したかった。

一方、エレオノーラは困っていた。ここはパトリックの応援席。

マクシミリアンの応援が堂々とできない。

胸の前で手を組み祈るような気持ちで彼を見つめていた。


一合…二合…刃が交差する。

剣戟が声援に掻き消されている。

鋭い眼差しに令嬢は胸ときめかせ、少年はその背に憧れを抱く。

早く決まって欲しい、でも永遠に終わらないで欲しい…短く長い時間…。


パトリックの剣が閃き、マクシミリアンの喉元に向けられた。


ーーー勝負有り!


審判の声がする。


わぁぁぁぁぁぁ!!


割れんばかりの大歓声。

降り注ぐ紙吹雪。

国王が立ち上がり拍手を送る。


今年の優勝者はパトリックだ。


♦︎♢♦︎♢♦︎♢


「兄ちゃんすごかったー!」

とネイサンは興奮冷めやらぬ様子でミリエールの手を握った!

「カッコ良かったね!」

とミリエールも令嬢らしくなくはしゃぐ。

パトリックの母親は堪えきれない涙を拭っていた。

そんな雰囲気の中、

「そう言えばこの後、ミリーはパトリック様とお約束がありましたよね?」

爆弾を落としたのはエレオノーラ。

「まあまあ」とパトリックの母親は声を上げた。

「でしたら、デートの一番最初に必ず我が家に寄ってくださいな」

ミリエール様にプレゼントがございますの!

という彼女。

「あ、様とかいらないです…その…ミリーで…」

「りょーかい!ミリー姉ちゃん!」

真っ先にネイサン。「はーい」とミリエールは笑った。


♦︎♢♦︎♢♦︎♢


騎士仲間によってもみくちゃにされたパトリックが関係者席に行くと、そこにはミリエールしかいなかった。

「おめでとうございます、パトリック様」

にこやかにミリエール。

エレオノーラは護衛と共に帰宅し、パトリックの母と弟は先に家で待ってると彼に伝えると、パトリックは頭をかいた。

「母さんが…」

「……っ!」

ミリエールは口元を抑えた。

いつも真面目で堅物、朴念仁なパトリックが『母さん』と普通の青年のように呼ぶそのギャップに耐えられなかった。

「何かあったのか?」と不思議そうに首を捻っている姿など、先ほど大舞台でこの国の騎士のトップになった男とは思えない。

「とりあえず行きましょう」

パトリックの母に言われた通り、まずはパトリックの実家へ。


♦︎♢♦︎♢♦︎♢


原作にはパトリックの実家は登場しない。

【平民から剣術を極め、最年少連勝記録を打ち立て、国王に爵位を授かったマクシミリアンの友人。性格は固く真面目な朴念仁。】…それが彼の紹介文だ。当然ながら先ほど出会った母もネイサンも登場しない。

なので、ミリエールはとてもワクワクしていた。

町の商店街を抜けたところにある鍛冶屋、そこが彼の実家の家業だった。

その裏手に少し立派な家があり、現在はそこに住んでいるという。

「狭い家だが…」というが、それはミリエール達の屋敷と比較するからであって、充分立派と言えた。

「ただいま」

「お邪魔します」

「いらっしゃいミリー姉ちゃん!」

玄関を入ると同時、ネイサンがミリエールに飛びついてきた。

「ミリー?」と訝しげな顔をするパトリックに「呼んでとお願いしたんです」とミリエールが答えると、彼は少し不満げに弟を引き離した。

「リック兄ちゃんばっかりズルいよー」

「ずるく無い!」

言い争う兄弟。

「……っ!」

またもやギャップのギャップにミリエールは声を失う。知らない一面ばかりの日だ。

「いらっしゃいミリーちゃん」

柔らかく呼んだのは料理を作っていたのだろうパトリックの母だった。

彼女はエプロンで手を拭くと、ミリエールを手招きした。

案内されたのはパトリックの両親の寝室だった。

「これに着替えてもらえる?」

と彼女は可愛らしいワンピースを出し、そのまま戻っていってしまった。

いつも着ているドレスとは違う。町娘のおしゃれスタイルだ。

しばらくして戻ってきたパトリックの母は笑顔で言った。

「私の若い頃のだけど、うんピッタリ!」

どうしても着てもらいたかったといい、そのままリビングまで連れていく。


「お待たせー」とパトリックの母

パトリックは真っ赤になって声も出せない。

「ミリー姉ちゃん、かわいー」

褒めたのはネイサン。

そんな彼をパトリックはチラリと睨んだ。

自分でさえ呼べないのに、弟が母がなんてことの無いように呼んでいる。

素直に可愛いと褒めている。

普段は可愛くてしょうがない弟が今は少し憎い。いや、羨ましい。

「リックも着替えなさい、そんないかにも騎士ですなんて格好していると、今日は大変なことになるわよ」

普段なら問題無い。

あー、鍛冶屋さん所の次男坊かい? 騎士になったんだって?最近どうだい?と声をかけ慣れている。

しかし今日は御前試合で勝利をおさめたばかりだ。きっと目立つだろう。

「ああ…ミリエール嬢、少々待ってもらえるだろうか?」

彼はそう言い残し、家の奥へと入って行った。


「おう、客か…」

不意に後ろから声をかけられて、ミリエールは振り返った。

そこにはタンクトップ姿の男性が2人。

どことなくパトリックに似ているが、筋肉量は彼の1.5倍くらいありそうだ。特に右腕。

「初めまして、ミリエール•ケムダーと申します。パトリック様には……」

「お、あんたがっ!」

タンクトップの若い方が反応した。

「噂はかねがね。俺はジョナス。リックの兄だ」

そう言って右手を差し出す。

「ほーぅ」

もう1人ーーおそらくパトリックの父親だろうが品定めするようにミリエールを見て声を上げた。

「親父さんに伝えてくれるか?

手紙は受け取った。返事はちぃと待ってくれってな」

「手紙?」

「なんだ、嬢ちゃんは聞かされてねぇのか…まあ良い、うちの不出来な次男坊に任せる」

首を傾げるミリエールに、彼は言うと、妻にメシーと言ってキッチンへと向かって行った。

「ま、不器用な弟だけど見捨てないでやってくれな」

ジョナスもそういい父親に続く。

そうしているうちに、パトリックが戻ってきた。

凛々しさこそ隠し切れていないが、ぱっと見街の青年だ。

「行くか、ミリエール嬢」

そう言って彼は手を伸ばす。

ミリエールはおずおずとその手を取った。

「兄ちゃん、姉ちゃんいってらっしゃーい」

元気なネイサンに見送られて2人は夜の街へと繰り出した。


♦︎♢♦︎♢♦︎♢


建国祭の夜の街はいつもより賑やかだ。

とはいっても、箱入り娘に近いミリエールは夜の街そのものが初めてではあるのだけれども。

「…何か食べるか?」

ぎこちなくパトリック。「ええ」とミリエールは小さくうなづいた。

思い返してみれば、いつもエレオノーラやマクシミリアンの4人で過ごしてばかりで、2人きりで過ごすのは、エレオノーラの誕生会を抜け出した時以来だ。自然と恥ずかしくなる。

「お嬢様の口に合えば良いが…」とパトリックが差し出したのは定番の牛肉の串焼き。

焼きたての肉に、タレが滴っている。

ミリエールは一口齧り「美味しい」と微笑んだ。

そんな彼女にパトリックの胸は温かくなる。

「そうか」

彼はそう言って「これも美味いぞ」と甲殻類に圧力をかけた煎餅のようなものも彼女に薦めた。片手にはフルーツの生搾りジュースを持っている。

「そんなに一気には食べられませんよー」

とミリエールは笑った。


食べ歩きをしながら2人は港の方へと足を進めた。

昼間はごった返している港だが、今は静かだ。

ぽつりぽつりと人が見えるのは、彼女らと同じ街の喧騒を抜けてきたカップルだろうか…。


「ミリー」

パトリックが呟いた。

「え?」と彼女が彼の顔を見ると、パトリックは赤い顔で鼻頭をかきながら

「俺も、そう呼んでもいいだろうか…」

そう尋ねた。

「母とネイトばかりずるい」と少しいじけているようにも見える。

「私もっ!」

ミリエールが声を上げる。

「リックと呼ばせてください」

「当然だ」

と、彼は返し、そっとミリエールの髪を撫でた。

自然と向かい合う。

「…リック」

「…ミリー」

名を呼び合い額を合わせて笑う。

そして、見つめあった。

吐息が重なる距離。

「…ミリー」

今度はパトリックから呼ぶ。

「…リック」

愛おしげに呼ばれパトリックは彼女を引き寄せ抱きしめた。

そしてその勢いのまま唇を重ねる。

1秒、2秒…3秒……

そしてそっと唇を離した。

「好きだ…」

囁くようにパトリック。

「大好きです」

負けじとミリエール。

2人は再び額を合わせて笑った。


「このまま、共にいたいが明日は夜会だ。送る」

時間は過ぎていく。

「はい」と寂しげにミリエール。

2人は自然とぎゅっと指を絡めるように繋いでいた。

 

終わらない…

建国祭が終わらない…

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