階段を落ちる
4人で観劇に行ってから、何が変わったかと言えば、何も変わらない。
いつものように、ミリエールとエレオノーラは菓子を作り、騎士団に届ける。
しばらく見学し、休憩時間になるとマクシミリアンとパトリックらが合流し、お茶を飲む。
極端に距離が近づいたわけでもない。
ミリエールにとっても多少の焦りはあるものの、これが日常の一部になっていた。
「ああ、そうそう、今度私の誕生日ですの」
エレオノーラがそう言ったのは何の話題の時だったか…。
「パーティを開きますのでぜひ来てくださいませ」
招待状を送らせてもらいますわと彼女は言うと、「ミリーは強制参加よ?」といたずらっぽく笑った。
「いいね、ぜひ参加させてもらうよ」
とマクシミリアン。「リックはどうする?」とパトリックに振ると、彼は唸っていた。
「俺…自分は参加できる立場に無いので…」
すると「まあ!」とエレオノーラは怒ったような仕草をした。
「お友達としてお呼びしてるのに立場とかおっしゃるの?」
でしたら…と彼女は続ける。
「ミリーのエスコート役として参加されたらどうかしら?」
エレオノーラとミリエールは親友。
当然のように恋愛相談をしている。
いいこと考えた!というようにエレオノーラは自信満々だった。
パッとミリエールとパトリックの顔が朱に染まった。
「じ、自分には荷が勝ちすぎて…」
即答するパトリック。ミリエールは無言だった。
「リック、何事も経験だそ?」とマクシミリアン。
「ならマックス、お前がやれ」と不機嫌そうに返した。
ミリエールの肩がぴくりと揺れる。
ーーーよくわかんないけど嫌われてるっ?!
そんな彼女に、マクシミリアンは観劇の日のようにウィンクを一つして見せた。
「それは構わないが…」
彼はパトリックを見てニヤリと笑う。
美形は悪い顔をしても絵になる。
「私はこれでも公爵家の人間だ。嫌でも注目を浴びる。彼女が私の想い人だと広まっても?」
「まあ!」と少し不機嫌そうにエレオノーラが声を上げる。
だが、ガシャンとテーブルを鳴らしたのはパトリックだった。
「それはダメだ!」
「なぜ?」
容赦のないマクシミリアン。
「それは…」
パトリックは口籠った。
これくらいで許してやろうとマクシミリアンは笑い
「そういう訳だから、私はエスコートできないんだ、すまないね」
ミリエールに謝る。
「だ、大丈夫です、父にお願いしますので!」
彼女がパタパタと手を振って言うと、なぜかみんながっくりと肩を落とした。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
パーティの日がやってきた。
ミリエールの誕生日は『訳あり』で一族のみのパーティだったが、エレオノーラの誕生日パーティはそれこそ様々な人が来る。
失礼の無いように細心の注意を払わなければならない。気にしなくていいのに、とエレオノーラはいうだろうが、そういう訳には行かない。
父親のエスコートでセラフ邸に入る。
何度も来ている友人の家が別世界だ。
「エレオノーラは……すごい人混みね」
「うちは爵位が低いからな、割り込まず、落ち着いてからにしよう」
主賓に挨拶しようと2階のバルコニーを見上げるが、エレオノーラの周りには人だかりが出来ている。
親友だからと言って割り込めない。
「彼女、大変そうだね?」
そう話しかけてきたのはマクシミリアンだった。
ミリエールの父が彼が公爵家の令息だと気づき丁寧に挨拶している。
「1人なの?」ミリエールが尋ねると「残念ながら」と彼は答えた。
「誘いたい子は人垣の向こう側だし?」
イタズラっぽくミリエール。
「どうだろうね?」と彼は誤魔化した。手強い。
「踊るかい?」
「遠慮しとく」
後が怖いからとミリエール。
近くにいたウェイターから葡萄ジュースを受け取った。
「本当に君はパトリック一筋だ」
ぶほっ!
ミリエールはむせそうになった。
葡萄ジュースを口に含んでなかったのが不幸中の幸いだ。
「な、なんで、それを…」
「いつも2人で話そうとしてるだろう?」
ニコニコしているマクシミリアンに、ミリエールはそうだったかな?と考える。
「初めは私やエレオノーラに遠慮しているんだと思ったんだ。だが、それにしては毎回すぎるからね」
「そ、そうですか…」
隣でミリエールの父親が笑っている。
これは失礼しました、マクシミリアンは紳士の礼をとった。
「いやいや、娘が上手くやってると聞けて嬉しいよ」
ミリエールの父は言うと、「では、帰りにな」といって挨拶回りに向かった。
「ずいぶんと信用されているんだね」
「まあ、変わり者のケムダー家ですから」
「違いない」
君は家までも面白いんだね、と彼は笑った。
しばらくして、人混みが落ち着き、エレオノーラと無事挨拶を済ませることができた。
二階の回廊、その一角に設けられた広いスペースから、エレオノーラは会場を見渡していた。
「お誕生日おめでとう!」
「ありがとう!」
侯爵家自慢の令嬢もこの瞬間だけは普通の女の子だ。
「プレゼントは贈っておいたよ」
「ええ、今朝受け取りましたわ!」
きゃいきゃいとはしゃいでいると、「まるで雛鳥のようだ」と1人の青年が割り込んできた。
赤毛の貴族然とした青年は、恭しく礼をした。
「まずは麗しきエレオノーラ嬢、貴女の生誕されたこの良き日に喜びを伝えさせていただきます」
そして、とミリエールに向き直る。
「幸運の青い鳥にお目にかかれた事も光栄の極み」と続けた。
「誰?」とミリエールはエレオノーラに尋ねる。
「母の友人の甥だったと思うけど…」と彼女。
これは失礼致しました。と芝居掛かった口調で青年。
「僕はアレクシス・グランデール、どうぞお見知りおきを」
グランデール伯爵家の次男。
ミリエールは首を捻った。少なくとも、『愛しき君と勝利の剣』には出てこない。
アレクシスはミリエールの手を取り、その甲にキスをしようとした。挨拶のつもりらしい。
ミリエールは咄嗟に後退った。
と…
下がった先に床はなかった。
階段を踏み外す。足が宙を蹴る。
「ミリーっ!!!」
エレオノーラが声を上げた。
ミリエールは目を閉じる。
どさりと衝撃………は、ほとんどなかった。
「大丈夫か?」
聞き覚えのある声がしてミリエールは目を開けた。
そこには騎士の礼装を纏ったパトリック。
彼が咄嗟に抱き止めていた。
「パトリック様!」
「突然落ちてくるから驚いた。間に合って良かった」
言いながらそっとおろす。そして
「何があった?」
そう尋ねる声は暗く冷ややかだった。
「ちょっと驚いて、足、滑らせちゃって…」
あははと笑いながらミリエール。パトリックの目は冷たかった。
「ミリー!パトリック様!」
呼びかけながらエレオノーラが階段を駆け降りてきた。
「青い鳥!大丈夫かい?」
とアレクシスも続く。
「いきなり落ちるんだもの、びっくりしたわ!
パトリック様、ありがとう」
エレオノーラはそう言って微笑んだ。
「キスくらいで驚くなんて、きみはシャイなんだね?」
と、空気を読むのが苦手らしいアレクシス。
「………キス?」
パトリックは低い声でつぶやいた。
「手、手の甲です!それにされてないです!」
咄嗟にミリエール。言い訳してるみたいだな…と思った。
そんな様子にエレオノーラはふふふと笑い
「そういえば、来てくださってありがとうございます」
とパトリックに礼をする。
「こちらこそお祝い申し上げます」とパトリック。
「ふーん、騎士か…」
不躾に呟いたのはアレクシスだった。
「僕の青い鳥を助けたことは褒めてやるが、弁えた方が良い」
とジロジロとパトリックを見ながら続ける。
「パトリック様は私のお友達です。弁えるのは貴方ですわ」と彼はエレオノーラに冷たく嗜められた。
「来たばかりで申し訳ないが、失礼させていただいても?」と腹に据えかねたらしいパトリック。
その手はミリエールの腕を掴んでいた。
「ええ」とエレオノーラが返事をするなり、パトリックは歩きだした。
「パ、パトリック様?!」
「すまない…黙っていてくれ」
あわてるミリエールに彼は低い声で言う。
「リック、きてたのか!」
通りすがりに気づいたマクシミリアンが呼び止めても、彼は無視して会場の外へ出た。
マクシミリアンは遠くから「お父上にはうまくいっておくよー」と手を振った。
会場の外に出ると、パトリックはミリエールの前に膝をついた。そして彼女に「どちらの手だ?」と問う。
ミリエールは右手を差し出した。
その手を取ると、パトリックは恭しくその手にキスをした。
「………っ!!」
「………消毒だ」
真っ赤な顔で、声にならない声をあげるミリエールにパトリック。
続いて、「青い鳥とはなんだ」と尋ねる。
「おそらく…我が家のことかと…」
「ケムダー家の?」
「はい。幸運の青い鳥と仰ってましたので」
「…………」
沈黙が落ちる。パトリックが不機嫌なことだけはわかった。
「あの男には気をつけろ」
彼はそう言うと彼女を馬車に押し込めた。
「もう帰れ」
そう言うと、扉を閉め、御者と何か話した。
しばらくして、馬車が動き出す。
エレオノーラの誕生日パーティーは
ミリエールが階段を落ちただけで終わった。
アレクシスには悪気はないんです。
ただの貴族の次男坊で焦りもあるんですー(言い訳)




