それでいいのか?
練習試合を見に行き、お茶を飲んでから数日。
ミリエールとエレオノーラは毎日のようにお菓子作りに励んでいた。
というのも、食べた翌日、マクシミリアンとパトリックの調子がすこぶるよかったらしい。
他の騎士たちに羨ましがられたマクシミリアンが、エレオノーラに相談し、定期的に作って届けることになったのだ。
ーーーこれ、令嬢の仕事じゃないよね?
そうは思うのだが、市販の菓子でもコックの菓子でも効果が出ないというのだから仕方がない。
料理人に手伝ってはもらうが、基本的に2人の手作りだ。
効果について、
「愛のパワーかな?」
と、マクシミリアンはいってエレオノーラを赤面させたが、エレオノーラのヒロイン補正かミリエールの悪魔の幸運の力だろう。
今日はマドレーヌだ。
レモンの皮を乾燥させて細かく刻んだものも入れたので、香りがいい。
午前中に作り、お昼を食べて午後に訓練場に持っていく。
持っていくと「幸運の女神がきたー!」と大騒ぎだ。
ただでさえ女性比率が低いので仕方ないともいえる。
「いつもすまないな」と渋い顔立ちの騎士団長が挨拶に来た。
「とんでもないですわ」
とエレオノーラ。
「いつも見学させていただいてますもの」
「そうです、感謝してます」
と、ミリエールも続けた。
「みっともないとこ見せてないか心配だ」
団長は腕を組み、困ったと言う。
「平和なこの国じゃあ、腕が鈍る一方だしな」
『なぜか』平和なこの国には騎士団不要論まであるらしい。なるほど2年後にピンチに陥るはずだとミリエールは思った。
「上は平和を信じきっている。こんなんで隣国あたりに攻め込まれたら耐え切れるかどうか…」
ーーーギリギリでした
とは言えない。代わりに
「大丈夫ですよ、マクシミリアン様やパトリック様のような有望な方も育っているじゃ無いですか!」褒めておいた。
「まあな、俺にできることなんか、1人でも使えるやつを育てるくらいだな」
団長はうんうんと頷き、「まあ、気が済むまで見ていってくれ」と片手を軽く振って去って行った。
「どこの世界も中間管理職って大変ね」
と、ミリエールはぽつり呟いていた。
ーーーーーーーーーーーーー
休憩時間になるとマクシミリアンがパトリックを連れてやってくる。
ミリーナたちは用意したアイスティーを差し出し、応援席で束の間のティータイムだ。
仲良さそうなマクシミリアンとエレオノーラを見て、ミリエールはうんうんと頷く。
ーーー主人公とヒロイン、絵になるわ
では、ミリエール本人はといえば
「………」
パトリックは無言でマドレーヌを食べている。
「お口に合いますか?」
「ああ」
話が続かないーーー!!!
よく見ればパトリックの耳は赤くなっているーー照れているのだが、ミリエールは気付かない。
いつもこうなのだ。
楽しそうなエレオノーラたちの横で睨みあっ…ってはいないけど、ぎこちないお見合い状態。
「あとはお若い2人でおほほ」からの「何話せっちゅーんじゃ!」というアレ。
このペースで2年後までに恋人になって、抱いてもらうなんて可能なのだろうか…と不安になる。
そんなときだった。
「礼を…したい」
パトリックが珍しく話しかけてきた。
「へ?」
「いつもの礼がしたい。観劇に行かないか?」
ーーーひゃぁぁぁっ!!
ミリエールは危うく変な声を出すところだった。いや出ていたかもしれない。
「無論、無理にとは言わないが…」
「いきます!」
食い気味にミリエール。
パトリックは一つ頷いた。
「エレオノーラ嬢からは返事を貰っていたのだが、ミリエール嬢に直接聞くように言われた」
その一言に一瞬胸が重くなった。
一緒なのは当然だと、わかっていた。
だがエレオノーラを優先したように感じてしまう。
ーーー言わなきゃ、良かったのに
「お、やっと聞けたのか?」
その空気をぶち破ったのは空気の読める主人公マクシミリアンだった。
「エレオノーラ嬢には確認できていたのに、リックがなかなか君との約束を取り付けないからハラハラしてたよ」
「予定していた劇が終わってしまうかと思ってましたわ」
口元に手を当て、エレオノーラも笑う。
その笑顔をみてパトリックが笑った…ようにミリエールには見えた。
ーーー弱気になっちゃダメ!
ここで諦めたら、ミリエールも一族もパトリックも助けられない。
気持ちを切り替え、ミリエールも笑った。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
その日はよく晴れていた。
ミストルティン家の馬車で迎えにきたマクシミリアンとパトリックを見て母親がニヤニヤ笑いながら、「どっちが本命?」と聞いてきたが無視をした。
ケムダー伯爵家の娘は『成人までに最愛の人に処女を捧げる』そうしないと皆殺しだから。
つまり、政略結婚には使えないので、相手の身分など気にはしない。
そもそも爵位を上げるつもりも高位貴族にコネを作る気もない。
そんな家だから「どっちが本命?」などと気軽に聞けるのだ。
「おはようございます」
「天気に恵まれましたね」
と、当たり障りのない会話をしながらエレオノーラを迎えに行く。
「いつも可愛いけど、今日のドレスも可愛いね」
とマクシミリアン。
「お上手ですね」とミリエールは笑った。
それを見てパトリックの眉が少しだけ動いたことに誰も気付かない。
そんなことをしているうちにエレオノーラの屋敷に到着した。
当然のように丁寧なエスコートでマクシミリアンがエレオノーラを馬車へと案内する。
「…芝居は好きなのか?」
唐突にパトリック。「ええ」「はい!」彼女らは同時に答えた。
「楽しめるといいな」
彼はかすかに微笑んだ。
劇場に到着すると人がごった返していた。
さすが今話題の演目と言ったところだろう。
できる男マクシミリアンがチケットをとってあったおかげで、入場はスムーズだった。
しかもプレミアムシート。
ミリエールとパトリックは慣れないそこに落ち着かない。
そしてさらに、演目を確認してミリエールはさらに落ち着かなくなった。
『悪魔の約束』
ーーー嘘やん!
ーーーなんでここで悪魔?悪魔好きなん?
背中を冷たいものが伝う。
内容は、ある1人の貧しい…でも心清き青年がたまたま悪魔を助ける。悪魔はお礼に、幸運を授ける代わりに契約を結ぶというもの。
ここで会ったことは言ってはならない、言ったら幸運は消え、魂を貰いうけると。
時が経ち、青年は美しい妻を得る。
そしてある時、話してしまったのだ。悪魔と出会ったことを。
「ついに言ってしまったのですね」
妻は悪魔に姿を変えて、青年の魂を死の国へ連れていく…
ーーー雪女じゃん、これ
声に出さずにミリエールはつっこんだ。
明かりがつくとエレオノーラが拍手をしながら泣いていた。
「怖かったけど感動しました!」
「喜んでもらえてよかったよ」
とマクシミリアン。
「…お前は楽しめたか?」
「え?」
パトリックに尋ねられ、ミリエールは言葉に詰まった。なんで答えたらいいのかわからない。
「もしかして、怖かったのか?」
戸惑っている彼女にパトリックは再度聞いた。
「ええ、少し」
「悪魔との契約で死んでしまうなんて怖いですよね」
答えたミリエールに被せるようにエレオノーラ。
ーーーうん、怖いよ、ガチで
誰にも言えないが。
ミリエールの肩が震えた。
「…大丈夫かい?」
それに気付いたマクシミリアン。彼はそっとミリエールの肩を抱いて、こっそりウィンクを送った。
ふふふとエレオノーラも笑っているが、ミリエールは意味がわからなかった。
「ふ、婦女子の体に触れるな!破廉恥だぞ!」
声を上げたのはパトリック。
彼は2人の間に割り込むようにして、手を退けさせた。
「ふふふ」
「ははは」
エレオノーラとパトリックが声を上げて笑う。
「怖いの、飛んだだろう?」
マクシミリアンはもう一度ウィンクした。




