はじめまして
王道です!
絶対王道だもん!
訓練場に激しい剣戟の音が響いている。
鉄のにおい、砂煙…練習試合とはいえ、凄まじい気迫だ。
ミリエールもエレオノーラもその光景に目を輝かせていた。
「あ、いらっしゃいましたわ!」
エレオノーラが声を上げる。
視線の先の光景にミリエールとエレオノーラは呼吸が止まった。
まるで王子様のような金髪碧眼の、無駄のない筋肉のマクシミリアンと、短く切り揃えられた黒髪と、鍛え上げられた筋肉のパトリック。
試合前なのだろうか、その2人が肩を寄せ合い笑っている。
ーーー推しが生きてる!!若い!!可愛い!
ミリエールの家族、物語冒頭で死ぬと言うことは、今はおよそ2年前だ。
確かに若いはずだ。
試合が進んだ。
笑い合っていたマクシミリアンとパトリックが決勝らしい。
さすがは主人公とその友人というべきか…。
気迫もすごい。空気が重くなった気がした。
その時、エレオノーラがミリエールに声をかけてきた。
「どちらが勝つと思う?」
実力から言ったらマクシミリアンだろう。
だが…
「パトリック様に…勝って欲しいかな」
ミリエールは呟いて…ハッとした。
家訓なのだ。『勝負事に願いをかけてはいけない。賭けていいのは小遣いが欲しい時だけだ。』
そして現に、賭け事、勝負事で勝ちたい時に勝てるのだ。
ーーーもしかして、悪魔の力?
『巨万の富と幸運を授ける』
だとしたら失礼かもしれない。
でも、口に出したものは取り消せない。
ーーー実力で勝って欲しいけど
試合が進む。刃と刃の打ち合いは続く…
「マックシミリアン様!」
エレオノーラが、声を上げて応援する。
瞬間、マクシミリアンの剣が閃いた。
パトリックが咄嗟に飛び退く。
「パトリック様!」
家訓を忘れて声を上げていた。
パトリックは体勢を低くして跳び込み、剣を振り上げた。
マクシミリアンの剣が飛ぶ。
そして
「ひぃぃっ!!」
エレオノーラは思わず変な声をあげた。
剣が突き刺さったのだ。彼女の目の前に。
「勝負あり!」
審判の声がする。
パトリックが勝った。それはよかった。
だが彼女には喜ぶどころじゃなかった。
ーーー悪魔の強運無かったら危なかった…よね
試合が終わり、マクシミリアンとパトリックが駆けてきた。
「すまなかった」と剣を回収する。
「怪我はなかったかい?」とマクシミリアンに尋ねられ、ミリエールは一つうなづく。
「よかった…」と彼は笑い、視線をミリエールの隣にいるエレオノーラに向けた。
「君の声が聞こえて……」
マクシミリアンが首の後ろを掻く。
「負けられないって思った」
結果は負けたけど…と苦笑する。
「そんなことはありませんわ!素晴らしかったです!」とエレオノーラ。
照れくさそうにマクシミリアンは再度首の後ろを掻いていた。
ーーーあれれ?この2人って、この頃から両片思いなんじゃ…
少しミリエールがニヤッとすると、視線を感じた。
顔を上げてみれば不機嫌そうに見えるパトリック。
勝ったのに不機嫌そうとはこれ如何にと思いながらミリエールは声をかける。
「あ、おめでとう…ございます」
「ああ」
短い返事。そして
「すまなかった」
ピシッと90度、彼は頭を下げた。
「いえ、怪我もなかったですし…」
「しかし!怖い思いをさせた!
力が入りすぎたというのは言い訳だ、本当にすまん」
頭をあげない。
「いえ、本当に…」
「しかし!」
譲らない。
ミリエールは「ああそうだ!」とエレオノーラと用意した焼き菓子を思い出した。
「これ、受け取ってください!」
そして差し出す。
「これは…」
顔を上げたパトリックが首を傾げた。
「エレオノーラと作った焼き菓子です。疲れた時は糖分がいいんですよ?」
と畳み掛ける。
「それはいい!」
と援護したのはマクシミリアン。
「先ほど私もエレオノーラ嬢から頂いたところなんだ。よかったらこのあと皆でお茶しないかい?」
彼の言葉にパトリックは「またお前は…」と深くため息を吐いた。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
訓練場から程近いテラスに4人は居た。
テーブルの上には紅茶と、ミリエールたちが作った焼き菓子。
「ところでエレオノーラ嬢、隣のお嬢さんは君のお友達かい?」
マクシミリアンに尋ねられて、ミリエールは初対面だったことを思い出した。
マクシミリアンとエレオノーラは公爵家と侯爵家なのでそこそこ縁があったが、ミリエールとは面識がなかった。
「ええ、仲良くしてもらってるミリエール・ケムダーよ」
「はじめまして、ミリエール・ケムダーです。よろしくお願いします」
エレオノーラに紹介してもらい名乗る。
マクシミリアンはミリエールの目を見て笑った。よく笑う男だ。
「ケムダーといえば幸運の伯爵家じゃないか。そんな君と知り合えて光栄だよ」と彼は言うと
「知っているかもしれないが、私は、マクシミリアン・ミストルティン。隣の彼はパトリック・フリン、よろしく」
「よろしく」とパトリック。
マクシミリアンは公爵家、ミリエールは侯爵家、ミリエールは伯爵家だが、パトリックは1代限りの騎士爵。この場での地位は一番低いがそれを気にするものはいなかった。
「幸運の伯爵家?」
エレオノーラが首を傾げミリエールをみた。
ぎくりとミリエールの方が揺れた。
「おや、知らないのかい?」
「あ…」
ミリエールが何か言うよりも早く、マクシミリアンは口を開いた。
「ケムダー伯爵家といえば、願えばどんな願いでも叶うだろうと噂される、神に愛された一族と言われているよ。かの領地はどんな天災も人災も避けて通る。王は重宝したがっているが、断り続けている稀有な家としても有名だ。あとは…そうだな、一族のほとんどがカジノで出禁にされているとか…」
ーーー実際は神に愛されているどころか、悪魔との契約だし、幸運と引き換えに私の人生と処女がかかってますけどね…
ミリエールは心の中で呟く。
「まあ」とエレオノーラは声を上げた。
「ミリーったら有名人なのね」
「さしずめ今日のパトリックの勝利の女神と言ったところだったんだろう?」
「確かにミリーがパトリック様を応援してましたわ!」
マクシミリアンとエレオノーラが会話を続けている。
「い、いえ、パトリック様の実力だと…」
フォローするがパトリックは無言でパウンドケーキを頬張っている。
まるで聞いてません、興味ありませんという様子だ。
だが、マクシミリアンだけが気づいていた。
その耳が赤くなっていたことに…。
帰りがけ、パトリックはミリエールに歩み寄り「応援していたと言うのは本当か?」と尋ねた。
「は、はい…」
「そうか、感謝する」
ずっとむすっとしていたパトリックがかすかに笑った。
その顔は原作より幼くて少し可愛い。
「はいっ!」とミリエールも笑顔になった。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
「またねー」とエレオノーラとも別れ、1人馬車に乗る。
寝不足で辛かったことも忘れ、一日過ごしたせいか、疲労が半端無い。
揺れが気持ちよく、意識してが半分持っていかれる。
ーーーパトリック様、かっこよかったな…
しかも元々好きだった同人誌の脇役ではなく、現実に生きている。
でも
ーーーあと2年か…
ん?
不意に気がつく。
幸運のケムダー一族が消えるのが2年後、国が戦火に包まれるのはその後…と言うことは
ーーーもしかして、一族が安心して暮らせるように生活する場所も幸運の範疇で、契約がなくなったから、治安が悪くなった…なんてこと…無いよね?
もしそうなら、伯爵家ひとつ消えるどころじゃ無い。
たしかに原典どおりなら、最終的には幸せになるが、犠牲が多すぎる。
本当のところはまだわからない。
わからないが、ことの重さにつぶれそうになるミリエールだった。




