嘘でしょ?
犯人は「王道モノを書いてみたかった」「むしゃくしゃしてやった」「今は反芻している」と意味不明な供述をしており…
ーーー成人までに最愛の人に処女を捧げなさい!
ーーーそうしないと、死ぬわよっ!
母に言われた瞬間、ミリエールは気が遠くなった。
ミリエール・ケムダーの18回目の誕生日。
何故かケムダー伯爵家の親戚一同を招いてのパーティが行われた。
招待客はいない。ただ、分家に至るまで全ての親戚が集められた。
そして言われたのだ。
「成人するまでに最愛の人に処女を捧げなさい」
「そうしないと死ぬわよ?」
「ここにいる全員が!」
なにそれ?とミリエールは思った。
ーーーそもそも処女とか一族揃っているところで言う?!
ーーーどうしたんだ、うちの母親は?!
と心の中で叫ぶ。口はパクパク動いているが、ショックで声が出ない。
「すまんなミリエール」
彼女の肩をぽんと叩き、父。
「順を追って話そう」
その昔、ケムダー家初代当主は、面白い物好きの悪魔と取引したらしい。
「本家に生まれた娘が成人までに、最愛の人を見つけ処女を捧げること、そうすることで巨万の富、そして最大限の幸福を約束する」
「もし不可能だった場合、一族郎党使用人に至るまで…み、な、ご、ろ、し」
ーーーふざけるなっ!!!
なんだその契約は!遊んでるのか!?
遊んでるんだよね?悪魔だもんね?
ふ…っとミリエールの意識が遠くなった。
倒れた先にはテーブル。
ガンっと頭をぶつけた。目がまわる…。
その時、彼女は思い出した。
ーーーあ、これ、流行ってた異世界転生だ
と。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
自分でもすごい王道踏んだとおもった。
前世の私はオタクで、ついでに仕事に追われていた。
唯一の楽しみはコミケで買った大好きな作家さんのオリジナル本を読む事。
もう何度も繰り返し読んだ。内容も覚えてるほどに。
見る用、保存用、予備用に三冊買った時の作家さんの笑顔はいい思い出だ。
多分その日も、仕事から帰って、へとへとになりながらも小説を開いていたに違いない。
最後にご飯食べたのいつだっただろう?
平均何時間寝ていた?
それよりも優先していたのは確かだ。
心に栄養ないと死んじゃうからね!
結局肉体が限界迎えて死んだけど!
記憶にないからわからないけど…。
死因は多分……異世界転生二大パターンの一つ過労だ。
あー!もう一つのトラック事故じゃなくてよかったー!
あ、でも私一人暮らしだったよね?!
腐乱死体で見つかるの嫌だな…。
そんなことより
ーーーどうしろっていうのよ
ミリエール・ケムダーとして生まれ変わった彼女は、ベッドの中で深いため息をついた。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
目を覚ますと、ミリエールの部屋だった。
机の上には友達からのプレゼントとメッセージカードがある。
ーーー誕生日だもんね
胸中でつぶやいて、ベッドを出る。
ひんやりとした縁が気持ちよかった。
【ハッピーバースデー
あなたの未来に幸多からんことを
エレオノーラ・セラフ】
親友のノーラからのメッセージだった。
あれ?っとミリエールは首を捻った。
エレオノーラ・セラフ…ノーラ…聞いたこと…あるような?
そういえば、ミリエール・ケムダー…ミリーもどこかで…?
…
……
………
…………っ!!!
「『愛しき君と勝利の剣』!!」
それは前世でミリエールが死のその瞬間までハマっていた好きな作家が出したオリジナルの薄い本《同人誌》…
主人公マクシミリアン・ミストルティンとヒロイン、エレオノーラ・セラフが迫り来る敵国陰謀からこの国を守り、結ばれるというありがちな話だ。
エレオノーラの親友ミリエールは序盤で謎の流行病で死んでしまう。一族、使用人も含めて。
そこから、マクシミリアンとエレオノーラの試練の日々が始まる……のだが。
ーーー流行病じゃないんじゃね?
一族、使用人も含めて全員死ぬ、ピンポイントで家に関わった人間だけ…そんな流行病は無い……とは言わないが、そうそうあるわけない。
そしてついさっき、そうなる可能性について聞いてきたばかりだ。
ーーーつまり、あと2年以内に恋人…いや、最愛の人を作らないと死ぬってこと?
そして原作ではできなかった。
終わった……彼女はそう思った。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
翌朝、ミリエールの顔にはしっかりとクマがあった。
考えすぎ、ドツボにハマり、眠れなくなったのだ。
18歳、本来なら婚約者がいてもおかしくない年だが、ケムダー家は自由恋愛……でないと契約の最愛を見つけることができないからだ。
つまり当てがない。
どうしよう…と考えているうち、夜が明けてしまった。
「お嬢様大丈夫ですか?」とメイドが心配している。
「ええ、大丈夫よ」
と、答えるも、眠気でぼうっとする。
「本日のエレオノーラ様とのお約束はキャンセルされた方が…」
「約束っ?!」
言われて思い出した。
今日は王国騎士団の練習試合があり、エレオノーラの想い人…主人公であるマクシミリアン・ミストルティンが参加するのだ。
それを応援に行こう…と誘われていた。
「行くわ!行って探してくる!」
何を?とは聞かれなかった。
騎士団は当然男性が多い。もしかしたらその中に最愛がいるかもしれない!
こうしてはいられないと、彼女は急いで支度をした。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
馬車に乗り、エレオノーラのお屋敷…セラフ侯爵邸に着くと、すでに彼女は待っていた。
「お誕生日おめでとう!!」
エレオノーラはそう言ってミリエールを抱きしめる。「ありがとう」と彼女は抱き返した。
「パーティ、どうだったの?楽しかった?」
尋ねられて、う…っと詰まる。
ーーー言えない!あと2年で最愛の人見つけで抱かれなきゃ、一族郎党皆殺しなんて…
「…どうしたの?」
「あ、あはは」
心配そうなエレオノーラにミリエールは笑って誤魔化した。
「変なミリー」
とつぶやいたが、誤魔化されてくれたようだ。
「あー、そうそう、練習試合は午後からだから、一緒に差し入れを作ろうと思って」
早く呼んだのとエレオノーラ。
「あなた、お菓子作る、得意でしょう?」
そう言われてうなづく。
『恋人はね、胃袋から掴むものなのよ?』
と幼い頃に母に言われ仕込まれた。
今ならわかる。この時のためだったのだと。
「まかせて!」
お菓子作りは戦争だ。
クッキーとパウンドケーキを作り、包装する。
可愛くできたとエレオノーラは大喜びだ。
「ミリーは誰に渡すの?」
ラッピングされたそれを眺めていたミリエールにエレオノーラは尋ねた。
「えっと…」
「パトリック様はどうかしら?」
口籠もっていると彼女は聞き覚えのある名前を出してきた。
パトリック・フリン…マクシミリアンと同じ王国騎士にして彼の親友。
そして、前世のミリエールの最推しだった。
作中では、マクシミリアンが背中を預けられる唯一の存在だったが、王都防衛戦でマクシミリアンを庇って命を落とす。
「マックス…あとは…頼む」と手を握り、最後に笑う。
その姿がかっこいいのだ。
けして挿絵に惚れたわけではない。
ーーーそうか!パトリックだ!
ミリエールは心の中で声を上げた。
ずっと憧れていた人だ!
それに…だ。
彼は防衛戦で死ぬ。
でも、幸運が約束されたケムダー家に入れば
ーーー王都防衛戦で死ななくて済むかもしれない!
一族も助かり、彼も助かる。しかも推しだ。
彼にアタックしよう!そう決めた。
だが
「受け取って…下されるでしょうか…」
不安になる。
マクシミリアンは紳士的で誰にでも優しいが
パトリックは堅物、朴念仁、融通が効かない。
もし、「規則で受け取ってはいけない」などとなっていれば、絶対に受け取らない。
上手く断るとかそんなこともない。
ピシャリと断るだろう。心臓に悪い。
「大丈夫よ」
エレオノーラは笑っていた。
王道モノです!
誰がなんと言おうと、王道の異世界転生令嬢です!




