月燃ゆる
ソルレオン皇国、皇太子、レグナート。
パトリックやマクシミリアンと同じ20歳。
戦の天才、最前線を駆け、血を浴びるその姿は、
ーー猛将、あるいは狂皇子と呼ばれた。
そんな彼は1人夜空を見上げていた。
寒々しい冬の空に銀の月が浮かんでいる。
頭に浮かぶのは知り合ったばかりの幸運の少女。
「ガルガ、あれがお前の守りたかったモノか?」
彼は焦がれるように月を見上げたまま尋ねた。
燭台の炎が揺れ、低い声が響く。
「ああ…間違いない」
「そうか」
レグナートの視線はうごかない。
だが、その唇が弧を描いた。
「なら…手に入れよう」
ーーーどんな手を使っても
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
翌日、ミリエールを見舞いに来たレグナートは原作の猛将という二つ名と正反対の笑みを浮かべ、そこに立っていた。
「大丈夫かい?心配したんだよ?」
そう言って彼女に近づくと自然にその手を取った。
昨夜、気を失った自分を運んでくれた相手だ。
まずは礼を言わなければ…そう思うのに体は動かない。
「ああ、良かった、熱もないようだ」
その様子を見てパトリックが咳払いを一つ。
冷静を装っているつもりだろうが、こめかみがぴくりと動いた。
「レグナート殿下」
その声は低い。
「ああ、ごめんね?
ずっと焦がれてた子にやっと会えたんだ、許して」
レグナート手を離し、いたずらっ子のように笑った。
「「焦がれっ?!」」
ミリエールとパトリックの声が重なる。
「申し訳ありませんが、私はリック…パトリック様と…」
「いいよ、いいよ、知っている。僕は気にしないから」
誰と契っていようが関係ないと、レグナートは笑う。そして、ミリエールに顔を寄せた。
「《この歴史では》君は救われたみたいだけど、本当に君を救えるのは僕だけだよ」
「どういう…ことですか?」
尋ねるミリエールに、
「皆が言う『幸運のケムダー』この続き知ってるかい?」
レグナートは質問で返した。そして続ける。
「『祝福のソルレオン』…よく似てるでしょ?」
ーーー祝福のソルレオン
そんな名前は出てこなかったはず。
もうほとんど思い出せない記憶だが、ミリエールは必死に思い出そうとする。やっぱり思い出せない。
ソルレオンについて覚えていることといえば、隣国だと言うことと、このレグナートが王都でパトリックを殺すと言う事だけ。
対になるくらいだ。ケムダー家の幸運と同じような力があるということだろうか…。
表情を曇らせたミリエールを見て、レグナートは提案した。
「ねえ、パトリック、ミリーちゃんを少し借りていいかい?大事な話があるんだ」
「大事な?」
ピクピクと再びパトリックのこめかみが痙攣する。
「安心して、手は出さないよ。ただ、ミリーちゃんも知りたいでしょ?僕が知っていること」
知りたい。だが、婚約者がいるものが他の異性と2人きりになるなんてマナー以前の問題だ。
「ミリーちゃんも、パトリックに言えない秘密、あるよね?」
そして耳元でささやく。
「たとえば……『愛しき君と勝利の剣』とか…」
ミリエールの肩が揺れた。
これ以上ないくらい開かれた瞳が、レグナートの瞳とぶつかる。レグナートの唇は弧を描いていた。
何かを察知したパトリックの瞳が揺れる。
「リック、ごめんなさい。行ってきます」
彼女のその声は覚悟に溢れていた。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
ミストルティン邸の庭を連れ立って歩く。
真冬の庭は凍えるほど寒い。
それ故に人の姿はなかった。
レグナートがエスコートするように手を差し出したが、ミリエールはその手を取らなかった。
彼はそれを特に気にする様子もなく、笑みをたたえたまま東屋までやってきた。
「ここなら落ち着いて話ができる」
さあ、どこから聞きたい?とレグナート。
ミリエールは迷った。
どこから聞いて良いのかさっぱりわからない。
迂闊に話して、墓穴も掘りたくはない。
そんな彼女を見て、ククク…とレグナートは笑った。
「決まらないなら、昔話からしようか」
そして彼は語り出した。
遠い遠い昔話を
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
あるところに紅蓮の精霊と蒼月の精霊と呼ばれるものがいた。
紅蓮は蒼月を愛していたが、蒼月は見向きもしなかった。
ある時蒼月は、人間に口説き落とされ、彼の元へと行ってしまった。
程なくして蒼月は戻ってきたが、紅蓮の精霊をその瞳に映すことなく、己の子孫を見つめてばかりいた。
二百年以上の時をひたすら…。
痺れを切らした紅蓮は、彼女の愛する子供達ごと己のものにしようと考えた。
ある皇家に力を貸し、彼女の子らのいる国へと向かうことにした。
だが、たどり着いた時には遅く、子らは彼女自身の呪いによって滅んでいた。
紅蓮は嘆き苦しんだ。
どうすれば彼女を…全てを手に入れられる?
悩んだ末、やり直すことにした。
幾度も幾度も時を繰り返し、力を貸している人間に囁き…
やがて活路が開けた。
呪いの発動前に接触することができた。
……しかし、蒼月の子孫に宿った異界の魂によって、呪いは解かれ、その身は別の男のものになっていた…
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
レグナートの話に寒さなど忘れていた。
説明されなくてもわかる。何を指しているのか。
「異界の…」
ミリエールは呟いた。
間違いなく自分のことだ。
「紅蓮の精霊…ガルガはね、それでも良いと言ったんだ」
「ガルガ…」
ミリエールがその名をつぶやくと、レグナートは微笑み、ミリエールの瞳を覗き込んだ。
「君がどこの誰で、その肌に誰が触れようが構わない。
最終的に蒼月のフェリシアの血が、僕の……祝福の子のものになればね」
ぞくりと冷たいものが背を走る。
レグナートは笑っている…笑っているが、目は笑っていない。
「君が知っている『愛しき君と勝利の剣』はガルガが辿った運命の一つ……僕が、彼を殺すんだよね?」
そういわれてミリエールは顔を上げた。
「彼を…パトリックを殺さないで」
震える唇で訴える。
「それは君次第かな」とレグナートは返した。
「この歴史では僕は交換留学生だ。侵略に来たわけじゃない。マクシミリアンとも良い友だ。殺し合う理由がない」
だけど…と彼は続けた。
「パトリック・フリン……彼は別だ。」
「………」
「もともと彼は僕が殺す運命…だよね?」
ミリエールは答えられなかった。
「たとえば…そうだな、試合中に不幸な事故が起きるかもしれない」
どうする?とレグナート。
「……どうすれば…いいの?」
「簡単な話だよ……君が皇国の皇太子妃になればいい」
「あ、それ無理です」
即答だった。一瞬たりとも迷うことなくミリエールは答えた。
「パトリック・フリンが殺されてもいいと?」
思わず声が低くなる。
「それは嫌だけど……無理です」
ミリエールは言う。
「フェリシアとの新しい契約で《望まない結婚》はできないんです」
そう、それはつい最近変更された契約。
望まない結婚をした時、ケムダー一族は滅亡する。
くぅ…とレグナートは歯ぎしりした。さすがに予想外だった。
運命が変わったことまでは認識していたが契約内容が変わっていたなど…。
「ならば…」彼は考えた。
ガルガの望みに近づく事が祝福をーー加護を受ける条件だ。
なら、望みに一番近づくには…
「ならばフェリシアに会わせろ」
思いがけない言葉に、ミリエールは目を瞬かせた。
「君になら会えるんだろう?フェリシアに」
それは問いかけの形をしていたが、断ることは許さないという響きがあった。
「パトリック・フリンの話はそのあとだ」
そして彼は笑う。
「断ればパトリック・フリンを殺す。案内するなら考慮してやろう」
それが何を意味をするのかミリエールにはわからない。
だが、今は頷くしかなかった。




