物語は動き出す
新章、突入しました
ミリエールは前世の遠い記憶を辿った。
あと一年とちょっとで本来ケムダー家が滅亡する日だ。
契約内容が変更されたことで皆殺しは避けられた……はずだ。
ただ、隣国との戦争、王都防衛戦…そしてパトリックの死については、まだ何もわからない。
避けられてればいいけれど…
ーーーどうして戦争になったんだっけ?
かなり…毎日のように読んだはずなのに全く思い出せない。
ーーー何か、思い出さなきゃいけないこと、ある気がする…
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
「帰天祭と新生祭の境夜、集まらないか?」
そう言ったのはマクシミリアン。
境夜--つまりカウントダウンだ。
ミストルティン邸に知り合いを集めて楽しもうと、彼。
「私は…」
エレオノーラが眉を下げた。
セラフ侯爵家は厳しい。まして嫁入り前の年頃の娘だ。当たり前といえば当たり前だ。
「大丈夫、ご両親には私から話すから」
そんな彼女にマクシミリアンは優しく言った。
「君と、過ごしたいんだ」
「まあ…」
最近、二人の空気が甘くなった。
そんな二人を見て、ミリエールは『愛しき君と勝利の剣』の始まりを思い出そうとするが、日に日に内容が抜けていく。
ーーーもしかして歴史が変わったから?
こんなことならノートにまとめておくべきだったと、後悔しても遅い。
「リック、それにミリエール嬢は来れるか?」
尋ねられ、パトリックはミリエールを見た。
「俺は構わないが…」
「リックがいれば私も大丈夫だと思います」
「仲の宜しいことで」
ふふっとエレオノーラが笑う。
「婚約してるもん」とパトリックの腕をとりミリエール。
「ごちそうさま」
マクシミリアンも笑った。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
境夜、雪がしんしんと降っていた。
フェリシアのいた森の泉はきっと完全に雪に閉ざされているだろう。
コートを着込んだマクシミリアンの友人が屋敷に集まる。
パトリックにエスコートされたミリエールが到着した時には、エントランスは人で埋め尽くされていた。
「どれだけ呼んだんだ…あいつは」
パトリックが苦笑する。
荷物を預けホールに向かうと、マクシミリアンが笑顔で迎えた。その隣にはエレオノーラがいる。
無事に参加できたらしい。
「よく来たな、楽しんでけよ」
テーブルに並ぶ料理と、流れる音楽。パーティーの様でいてしかし皆年若いせいか堅苦しくもない。
すれ違う人と共通の友人--主催のマクシミリアンの話で盛り上がり新たな縁を作る。
マクシミリアンがパトリックを呼んだのはそのためじゃないか…とミリエールは思った。
騎士仲間とパトリックが話に行ったため、ミリエールはエレオノーラとスイーツを楽しみながら歓談していた。
だから、気が付かなかった。
「…っと失礼」
後ろにいた青年とミリエールがぶつかってしまった。
青年はがよろける彼女の腕をとっさに掴み、転ぶことはなかった。
「すみません、ありがと…ございます」
ミリエールが礼を言い、見上げると、青年はにこりと笑った。
瞬間、ミリエールはぞくりと鳥肌が立った。
燃えるような赤い髪に金の瞳、その特徴を思い出し、体が震える。
「レグナート・ソルレオンっ…………殿下?」
とっさに敬称を付けた自分をミリエールは褒めたい。
「僕を知ってるのかい?うれしいな」
優しく微笑む彼が、実は猛将であることをミリエールは…その魂は知っている。
「でも、自己紹介させてね?
僕はレグナート・ソルレオン。名前の通り隣の…ソルレオン皇国の人間だよ」
ソルレオン皇国、皇太子、猛将レグナート。
ーーー『愛しき君と勝利の剣』でパトリックを殺した男だ
ーーーでもなんで?王都に来ていたなんで設定なかったはず…
「ミリー? 大丈夫?」
ミリエールの震えに気が付いたエレオノーラが声をかける。
「顔色が悪いね…えっと、ミリーちゃん?」
心配そうにレグナートも彼女の顔を覗き込んだ。
「ミリエール…ケムダーです…大丈夫です」
何とか自己紹介し、両足に力を入れる。
「大丈夫って、震えているよ?」
レグナートはそんな彼女の腕をとり、近くのソファーまで誘導した。
「エレオノーラ・セラフです。ミリーを…ミリエールをどうもありがとう」
そんな彼の後ろをついていきながらエレオノーラ。
「エレオノーラちゃんっ! 知ってるよ、マックスからいろいろ聞いてる」
「まあ」とエレオノーラ。
「僕、今、交換留学で来ててね、マックスには世話になってるいるんだ」
だからいろいろ聞いているよ…と彼はいう。
ーーー交換留学?マクシミリアンと知り合い?そんなの原作になかった…自信はないけど。
原作ではレグナート率いるソルレオンの部隊が帝都を襲撃した。そしてその中で、パトリックはマクシミリアンを庇い命を落とすのだ。
知り合いだという設定は確かになかったはずだ。
「幸運のケムダー家のご令嬢とも会えるなんて僕もツイてるね」
「………っ!」
突然呼ばれ、ミリエールはビクリと肩を震わす。
それを見て「おやおや、嫌われちゃったかな」とレグナートは肩をすくめた。
「申し訳ありません…大丈夫です」
ミリエールは笑顔を作ろうとするがなかなかうまくいかない。
原作を読んでいた時には感じなかった恐怖、パトリックを失ってしまうかもしれないという死の予感がまとわりつく。
「ふぅーん」と呟き、レグナートはミリエールに手を伸ばした。
「じゃあさ、仲良くしてよ」
そしてその手を取り、握手をし…耳元でささやいた。
「同じ精霊の愛し子として…ね」
瞬間、ぱちりと、ミリエールの意識の端で火花が散った。
そして、視界が暗くなった。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
ミリエールが目を覚ますと、知らない部屋のベッドの上だった。
ベッドの横にはパトリックが椅子に座ったまま目を閉じているパトリック。
「ここは…」
おそらくミストルティン家の客室だろう。
「気が付いたか?」
ミリエールの呟きにパトリックが瞳を開け、尋ねる。
「新生祭の最中に倒れたんだ。レグナート殿下がここまで運んだ」
「レグナート?レグナート殿下にあったの?!なにもされてない?!」
パトリックの言葉にミリエールは身を乗り出して尋ねた。
彼の腕を掴み、顔を見上げる。
「な、なにもないが…」
「よかった…」
訳の分からない様子のパトリックに、ミリエールは胸を撫で下ろした。
「ミリーが目の前で意識を失って、驚いたと言っていた。明日、様子見に来るそうだ」
「……っ!?」
びくりと肩が震えた。明日もまた顔をあわせる。
「どうした?顔色が悪い…」
それに気づいたパトリックが顔を覗き込むと、不安に揺れるミリエールの瞳があった。
「何かあったなら言ってくれ」
そう言われても、あなたを殺すかもしれない人といきなり言えば変な人だ。
レグナートはまだ何もしていない。むしろ助けてくれた恩人だ。
…ただ
「……精霊のこと…知ってました」
それだけは確かだ。
フェリシアの正体、彼女と話した内容は父と母にも話していない、ミリエールとパトリックしか知らない秘密。
パトリックが息を飲む。
「精霊の愛し子同士仲良くしようって…」
精霊の愛し子という単語は初めて聞いたが、精霊の愛した子どもの子孫という意味ではあっている。
そして
「ソルレオン帝国皇族にも…精霊の加護が?」
ポツリとパトリック。ミリエールは頷く。
「そういうことに…なるかも…」
パトリックはそっとミリエールの手を取った。
怖いのだろう。小さく震えている。
「安心しろ…明日は俺もそばにいる」
「いや、いいよ、大丈夫!」
ミリエールは返す。
レグナートはパトリックを殺すかもしれない男だ。会わせて何が起きるかわからない。
「なぜだ」
尋ねられても答えようがない。
「お前を1人にはしない」
パトリックの決意は堅かった。




