蒼紅相見える
グランデール領の端、雪に埋もれた小さな森をひたすらに進む。
「ミリー、寒くないか?」
雪に足を取られそうになるミリエールの手を引き、パトリックが尋ねる。
「大丈夫、ありがとう、リック」
「………ちっ」
そんな二人の後ろを歩きながら舌打ちするレグナート。
彼は胸中で、なぜこんなことになったのか思い返し、ますますイライラを募らせていた。
もともとは二人で…いや、護衛もいるが…行くはずだった。
が、心配したパトリックが同行を申し出た。
実際パトリックはミリエールの…それもフェリシアの認めた婚約者、断る理由がない、というか断れない。
そして今、目の前でイチャイチャされている。
「さっさと歩け」
雪をけるように歩きながら、思わず口から出た。
マクシミリアン邸で見せた爽やか好青年の面影はない。
「雪道は危険だ」
「………っち」
きっぱりとパトリックに返され、レグナートは再び舌打ちした。
面白くない。
「やっぱり帰天祭シーズンと違うね…」
ミリエールが白い息を吐きながらあたりを見渡す。
たった一か月、されど一か月。
積もる雪は滑りやすく、足を取られる。冬の風は耳が千切れそうなほどに冷たい。
ケムダーの幸運と、ソルレオンの祝福がなければ…普通の人間ならば、この真冬に雪深い森を通り抜けることは不可能だろう。
森を通り抜けると、この雪の中凍らない湖とその中央に洞窟のある小島が現れた。
「あそこか…」
レグナートは自然と早足になる。
ミリエールたちもそれを追う。
「ここからどうするんだ?泳ぐのか?」
湖の縁に立ち、レグナート。
寒中水泳はごめんだ。
「あ、歩けるはずです」
と言いながらミリエールが近づくと、湖が凍り、道ができた。
「あの時と同じだな」
とパトリック。ミリエールがうなづく。
連れはいるが少なくとも拒絶はされていないようだ。
「なるほど…」
レグナートは彼女らを追い越し、先に進んだ。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
一面青く光る水晶に覆われた洞窟を進む。
その先に洞窟湖が見え始めると、レグナートはだんだん早足になり、その中央に小さな人影をとらえると、レグナートの中から赤い何かが飛び出した。
「フェリシアっ!!」
炎のように揺れる赤い影が叫ぶ。
「あいた…会いたかった…」
炎の影はやがて落ち着き、筋肉質でたくましい一人の男性へと姿を変える。
首筋から鎖骨にかけて赤銅色の竜鱗がのぞいていた。
湖の中の青い人影、フェリシアはその声を聴き「あらぁ」と微笑んだ。
「ガルガじゃない、久しぶり。100年ぶりくらい?」
「200年だ」
「あらぁ、なつかしい。でもあなた、全然変わらないわね?ちゃんと食べてる」
ーーオカンだ…精霊なのにオカンだ
ミリエールの中でもう一つの魂が思わずツッコミをいれた。
「俺はずっと……お前を…愛して…」
ガルガの突然の告白に一同が固まる。
「あらやだ、そうならそうと言ってくれればいいのに」
さらりと返すフェリシア。
「ならば、その瞳を……俺だけに」
「それは無理」
即答だった。フェリシア、強い。
「レグナート、あれは?」
パトリックが尋ねる。
「ソルレオン皇国の守護神、紅蓮の精霊ガルガだ」
「……守護神、やり込められてるが…」
「僕に聞くな」
ため息を吐くようにレグナート。
ミリエールはそれを遠い目をして眺めていた。
そうしている間にも精霊たちの会話は続く。
「なぜだ」
「だって愛しい子たちを見ていたいもの」
言いながらフェリシアはミリエールに手を振る。
「私の遠い子供のミリエールよ、もうすぐ結婚するの、ねー?」
スマイル全開の彼女に、巻き込むな、とミリエールは思った。
「知っている…」
低い声でガルガ。
「あら、じゃああなたも祝福してあげて」
ミリエールとパトリックの、と満面の笑みを浮かべるフェリシアは気付かなかった。
「ああ、祝福しよう」
ガルガの言葉と同時にレグナートが動いた。
ミリエールの隣に並び、その腰をとらえる。
「ただし、わが契約者レグナートとお前の子供とのな」
とっさにパトリックが手を伸ばした。
ミリエールの腰を抱いたまま、レグナートは身をかわす。
「あらやだ、三角関係っ?」
若干興奮気味のフェリシア。
「ちがーうっ!」
ミリエールが叫んだ。
「そうよね、横恋慕は駄目よ、えっと、レグナート君」
「断じて横恋慕ではないよ」
こちらが正当だとばかりにレグナート。
実際、多くの歴史を見てきたガルガとそれを聞いているレグナートにとって、パトリックこそぽっと出の横恋慕なのかもしれない。
「ミリーを放せ」
パトリックが叫ぶ。
「私の子供たちには私の呪いがあるわっ!意にそぐわない婚姻はこの子たちを殺すことに…」
「だから何だ」とガルガ。
「意にそぐわない?ならば本人がそう望めばいい…」
「「パトリック・フリンを消す」」
ガルガとレグナートの声が重なった。
「そのあと、ゆっくり振り向かせればいい、お前も小娘も」
ガルガの口元がゆがんだ。
そしてゆっくりとパトリックに手を伸ばす。伸ばした指先が炎をまとった。
レグナートもミリエールを抱えているのと逆の手で剣を抜いた。
その切っ先がパトリックへと向けられる。
「リック逃げてっ!」
嫌な予感にミリエールが叫ぶ。
「………っ!」
パトリックが柄に手をかける。剣を抜こうとしたその時だった。
ぷちりと音がした。
冷たい風が流れ込み、洞窟内の温度がみるみるうちに下がる。
足元が、そしてガルガの腕とレグナートの剣が凍り付いた。
「なんだ?」
レグナートが不思議そうに声を上げる。
腕が動かない。
氷に覆われた赤銅色の腕が熱を失い黒く染まっていく。
「これは…」
「いい加減にしなさーーーーーいっ!!」
叫んだのはフェリシアだった。
「私の領域で好き勝手し過ぎよ」
そして言い放った。
「パトリック、あなたも男ならこんな奴の選んだ契約者なんてぽぽぼいってしちゃいなさいっ!」
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
「なんでこうなった…?」
王国騎士団の訓練場でミリエールは呟いた。
ソルレオン皇国皇太子レグナート・ソルレオンと御前試合の勝者王国騎士パトリック・フリンの一騎打ち。
それはいつの間にか公式の親善試合として扱われた。
「頑張れよ、2人とも!」と観客席からマクシミリアンが声を上げた。
ものすごく楽しそうだ.
「ケムダー嬢がかかってるってマジか?」
「うわぁ、やるねぇ」
騎士たちが噂をしている。
ミリエールは真っ赤になってしゃがみ込んだ。
穴があったら入りたいとはまさにこのこと。
「加護は使わない、良いわね」
会場の真上で、姿消しの魔法を使ったフェリシアがいった。
「当然だ。レグナートは幾度もあいつを殺している。負けようがない」
同じく姿を消したガルガ。
「おまえこそ覚えておけ。小僧が負ければ、お前も俺のものだ」
「負けるはずがないじゃない」
人の目にはうつらないが、不敵に笑うフェリシア。
しゃがみ込んでいるミリエールの肩にそっとエレオノーラが触れた。
「大変なことになったわね」
新生祭の時にはまさかこんなことになるなんて誰も予想がつかなかった。
「きっとなんとかなりますわ」
エレオノーラに手を差し伸べられ、ミリエールは立ち上がった。
そして2人まっすぐ前を見据える。
「私たちはまっすぐ愛する人を信じていれば良いのよ」
ーーーおお、さすが正ヒロイン
今日中で呟く。
そして笑った。
やがて、パトリックとレグナートが訓練場の中央に立った。
レグナートは笑顔で手を振っている。
グランデール領での出来事が嘘のような爽やかな笑顔だ。
ふいにパトリックが観客席のミリエールを見た。
「大丈夫だ、安心しろ」
声にはなっていない。だが、唇はそう動いた。
審判役の騎士団長が腕を振り上げる。
愛憎渦巻く運命の時がやってきた。




