幸いあれ!
ピクシーズムーンが終わると、街は年末に向かってさらに賑やかになって行く。
この国では年末に帰天祭、そして新年に新生祭と言う祭がある。
創造神と言われてる父神に一年の実りや出会いと別れ全てを帰し、新年に母神が新たな一年を生み出す…そう言われている。
そして、年が明け、新生祭が終わればパトリックは騎士を…一度離れて我が家で次期伯爵としての婿入り準備に入る。
『ピクシーズムーンが過ぎたら、お前の全てを貰ってもいいか?』
パトリックは確かにそう言った。
ーーーあれってやっぱり、そう言うことだよね
ふるい日記を読み進めながら、頭を占めるのはパトリックのことばかり。
赤面し、集中できず、キッチンで料理長に頼んでストレス発散と照れ隠しにパンをこねるミリエールだった。
ちなみに全力でこねたパンは夕食に並べられ、とても好評だった。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
夕食が終わり、サロンでくつろぐ母を見つけたミリエールは声をかけた。
「お母様、悪魔との契約の剣で聞きたいことがあるのですけど…」
「あら、なあに?」
「その…契約が履行された時って何かわかるのですか?」
それは前から気になっていたこと。
成立した時にわかるようになるのか、それが本人だけなのか皆殺し候補全員に知れ渡ってしまうのか…考えるだけでも恐ろしい。
「私の時は声が聞こえたわね」
空耳かもしれないけど…と母は言う。
「声…ですか」
「そう、たしか…『愛しい子に幸いあれ』だったかしら?災いじゃなかったとは思うけど」
「愛しい子?」
皮肉かしらね?と母は笑った。
「ところで、気にするってことはそろそろ?」
そしてニヤニヤと貴婦人にあるまじき笑みを浮かべてミリエールに迫る。
「あ、いえ…その…」
「奥手なのもいいけど、時間は待ってくれないからね?」
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
ミリエールは部屋に戻り、再び解読を再開した。
現在読み進めているのは100年ほど前の日記。高祖父のものだ。
伯爵になったばかりだが、娘に見合いが殺到し困っていることが書いてあった。すでに幸運のケムダー家として名が売れていたらしい。
これ以上爵位を上げるなと言い出したのは高祖父のようだ。
「そういえば、跡取り娘率高くない?」
呪いの影響だろうか。かなりの確率で娘が生まれている。
ミリエールはもちろん、母も、祖母も一人娘だ。
そして日記の最初、シリウスとフェリシアの間にも一人娘だった。
そして『最愛と結ばれる』というルールのせいか愛人を持ったいう形跡はない。当然愛人との子供もいない。
日記は皆当主のーーほとんどが婿のものだが全くその気配がない。
呪いさえなければーー妻が出ていってしまった初代のシリウス以外は、絵に描いたような幸せな家族だ。
「愛しい子に幸いあれ…か」
呟いてみる。
ーーー愛しい子?
ふと気になった。
それは普通、親が子供に対していうのではないか?
翻訳した初代の手記を取り出し確認する。
幸運の始まりは、シリウスとフェリシアの結婚。
「もしかして…フェリシアが悪魔?
ケムダー家は悪魔の子孫ということ?」
ミリエールは机に突っ伏し、これからを考えていた。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
ピクシーズムーンでのミリエールとの約束を果たすべく、パトリックがやってきたのは、それから3日後だった。
翌日に休みを取り、人気店の菓子を持ちミリエールの両親へと挨拶をすませた。
が
いざミリエールの部屋に来ると彼は地蔵になった。
もう慣れたはずのミリエールの部屋で、覚悟も決めてきたはずなのに体が動かない。
「無理なさらないでください」
とミリエールは微笑んだ。
彼女自身も緊張していたのだが、自分以上に緊張している彼を見たら落ち着いてしまった。
仕方なしに、ミリエールはここ数日で調べてわかったことを告げた。
「悪魔の…」
だんだんと冷静さを取り戻したパトリックがミリエールの文字をなぞりながらつぶやいた。
「おそらく…」
「確かにそれなら、契約書が見つからないことにも説明がつく」
だが…とパトリックは続けた。
「だとしたら何が目的なんだ?」
「え?」
「日記によれば、フェリシアは義両親と上手くいかず出ていったんだろう?」
なら何故、その場で皆殺しにせず条件を課した?
何故、幸運を残した?
悪魔ならできたはずのことなだけに不明だ。
「面白いものが好きだから?」
初めにそう説明を受けている。
「なら現状は悪魔にとって面白いのか…」
娘が産まれるたびに、最愛の人が見つかるまで全力を注ぐ。その繰り返しが果たして面白いのか…。
「俺にはどうも引っかかる…」
「ひっかかり…ますか」
「以前ミリーは言っていたな。呪いがあるから政略結婚をしなくて済むと」
「はい」
「楽しむためならば最愛でなくてもいいのではないか?」
まして富と幸運も授けている。
「俺にはまるで…」
娘を幸せにしたい…そう願っているように感じた
「自惚れかもしれないがな」
そう言ってパトリックは恥ずかしそうにわらった。
「悪魔に唆されるまでもなく、ミリーを幸せにできるよう、務めるつもりだ」
「リック…」
ミリエールは恥ずかしそうに俯いた。
そんな彼女の頬を、唇を、パトリックの無骨な指先がなぞる。
くすぐったそうに首をすくめる彼女を上を向くように誘導し、唇をかさねた。
浅く、浅く、だんだんと深く…
唇を重ねながら、パトリックはミリエールを強く抱きしめた。ミリエールも応えるように彼の背に手を回す。
唇を離した時には銀色の糸でつながり、ぷつりと切れた。
少し潤んだミリエールの瞳がパトリックを惹きつけ、再び唇を重ねた。
そして絡れるようにベッドに横になる。
「いいか?」
「はい」
そして2人はひとつになった。
つながりあった瞬間、ミリエールの脳裏に確かに声が響いてきた。
『愛しい子に幸いあれ』と。
同じ頃、パトリックにも聞こえていた。
だが、その声はすぐに快楽の波に押し
流された。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
カーテン越しの光を感じてパトリックは瞳を開けた。
腕の中には霰もない姿の愛しい恋人。
昨晩を思い出し、一気に顔に血が集まるのを感じた。
ミリエールが寝返りをうち、パトリックの厚い胸に擦り寄る。
それだけで体温が上がるのがわかった。
愛を確かめ合ったあの中で聞こえた声を思い出す。
『愛しき子を守って…』
確かにそう聞こえた。
優しく厳しい母親のような声だった。
ーーー言われなくても
わかっていると、無意識にミリエールを抱く腕に力が入った。
それに気がついたのか、ミリエールが重い瞼を開けた。
ぼんやりとパトリックを見上げ、赤面する。
「おはよう、ミリー」
「お、おはよう、リック」
その恥ずかし気な笑みが愛らしくて、パトリックは彼女を抱きしめたままその頭を撫でた。
「…声、聞こえました」
唐突にミリエール。ああ、とパトリック。
「リックにも?なんて言われたんです?」
「それは…」
言おうとして、止める。
「それは…?」
答える代わりにパトリックは彼女の頭をそっとベッドに下ろし、額にキスをした。
「そろそろ起きるぞ」
続いてミリエールも身体を起こそうとするが、身体が…特に下半身に力が入らず起き上がれない。
「……すまん。無理をさせた」
パトリックが赤面して謝ると、同じく赤面したミリエールが「謝らないでください」と叫ぶ。
仕方なしにパトリックは着替えをすませ、産まれたての子鹿のようなミリエールの為に外で控えていたメイドを呼んだ。
「後ろ、向いていてください!」と叱られ、壁を睨みながら、パトリックは口にした。
「あの声は…本当に、悪魔だったのか?」
「……わかりません」とミリエール。
確かに一族では悪魔として伝わってきた。
それに契約不履行の場合、一族郎党皆殺しだという呪いをかけた。
だが…
悩んでいるうちに支度が終わったのか、「お待たせしました」とミリエール。
揃って伯爵に挨拶に行くと、ミリエールの母親が彼女を抱きしめた。
「良く頑張ったわね」
その声は優しい。
「気付いてらしたんですか?」
恥ずかしそうに尋ねるミリエールに、伯爵は
「こう、自身の周りの空気が変わったんだよ」
と話した。
今までは『何かに睨まれ続けていた』ようなそんな気配がし続けていた。
それが、昨夜を境にぴたりとなくなったと。
それから…と母。
「また声が聞こえたのよ『良く守り抜きました』ってね」
「それは歴代ですかっ!?」
「それはわからないわ、前伯爵夫妻、つまり私の両親は何も言ってなかったから…」
でもこれで当分は一安心ね。と笑う。
少なくとも、昨夜の行為でミリエールが女子を孕っていなければ、誕生までの間は呪いがない。関係者とすれば一安心だろう。
「ですが…」
パトリックは言った。
「俺にとっては始まりです。ミリエールの伴侶として呪いに挑む…」
子供のためにまだ終わっていませんから。
タイムリミットがなくなりましたー!




