水面に浮遊する希望
幻想もソーダ味
お金を稼がないと生きていけない、そういう記事をネットで見つける
その肯定する矛先、
という問題なのか
ただ、単に お金を稼ぐことのつらさや大変さをといているのか わからない
メイドラップカフェにホソミといるイズヤは変なテンションだった
「おお、変わった コンセプトだね…」
「イズヤはラップとか聞くのかな、と思って」
ホソミが言う。イズヤはラップは普段聞かない。おそらく文化圏が違ったから聞いてないのだ
メイドさんがクリームソーダを持ってきたので、イズヤはなにかぼけようとする
「…うまいこと言えないな。よー、よー…」
「とても陽気なお兄さんですね…☩」
音を着けるなら きゅるん♬というかんじ…
「ああ…おじさんはとても陽気です…って あなたのほうが年上ですか…はは…」
なにがなんだかわからないイズヤ
イズヤはとくに作品を作らない
なのでオタクかと言われるとよくわからない
絵を描いて 見せる、とか 歌を作って聞いてもらう
後者はあまりオタクとは言わないけども
ようは 変わっている人が多いと思う…表現の世界は…
ホストすらジャニーズには勝てないのだから
アイドルは怖い、と
イズヤは単純に考える
ただの変わり者がいつのまにか芸能界と言う化け物になってしまう
そのメカニズムは 思いをはせることも無い
セクハラをしたもの、問題発言をしたもの
これは テレビの中だけではない 現実にいる
大事なことを省いた結果、とするならば
どんなシチュエーションでもマナーが守れる「なにか」がある…
そんな気がした…
女性が犠牲者、それはあまりにわかりやすすぎる
そういう指摘は考えられた
しかし美しい少年が犠牲者、というのも
元来わかりやすすぎる…
だから 単に この世界は寂しい美しい景色があり
結果的にはきれいなひとに惚れることが多い、それは見た目に限らない
美しい楽器を奏でる人かもしれない
どこかにいつかの自分と同じ不器用さを 視てしまうのだろう、きっと…
排泄物に意味は無い…
ただ 意味や効果がどこかにあった…
大切なものの吸収の結果、残滓として排泄物が残った
では地球にとっての排泄物としての性格がぼくたち 「個体」にも
あるのではないか…
「なんの保証も証明も無関係だが…」
文系らしくイズヤは中空にひとりつぶやいた。
「ぼくたちは地球に背徳配信しつづけながらなぜか科学的に平気で生きるね…」
「だって … 科学でエコロジカルって言うか、地球環境をよくするんでしょ」
「ああ、そうだろうね…」
「はたしてぼくたちごときが地球に迷惑をかけれるのだろうか…」
「…そりゃあ、汚してるでしょ」
「デフォルトから変更していく、あまりにいじりすぎたのは 一応人類の仕業と解釈するが… 変化の中でそれは「よごした」のだろうか…」
「は…?」
「人間に都合の悪い変化を化学変化を 勝手に「よごした」とか言っている気がするけど…」
イズヤは困ったようにため息をつきそうに、言う。
きっと相克、人と人は依存しあい、けなしあい
無理やり妥協点にまとまる…
地球が妥協するかははなはだあやしいし
地球の掌にいるようだけど…
水棲生物が人間のごみを誤飲した時に胸が苦しい気持ちは理解できる、気がする…
思惑があったかどうかは 二の次、なのである
それは 衝動的で未熟、だとして
どうせ生きてるんだから未熟だろうが、ジュクジュク熟女だろうが
「いっしょ」な 気がする…
松岡正剛、ではなくても 遊びについて分析する文脈は民俗学にあるはず
フィールドワークとか言う言葉も…
「役割、ペルソナ… 割り切ってるんだな。彼が警察で僕が泥棒。」
美術品コレクターの気持ちはイズヤには、わからない
「たまたま自分の元に集まる物品に縁を感じるだけ…か そう
だれしもが。 ほかのだれかの宝物を、 伝言を預かって
ぼくたちは生かされている。生きていることが 幻想でも…」
光り輝く信号は不穏で
カフェテリアは落ち着く。
いつでも同じ記号が今日も優しく町を支配した…。
人形と地球




