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第四話 気づきと共生

 すべての首輪をほどき終えた頃、森の奥から、ひときわ大きな気配が近づいてきた。魔物たちが一斉に頭を垂れる。姿を現したのは、堂々とした体躯を持つ、老練な魔物――魔物王だった。


「……しばらく、様子を見ていた」


 低く、地の底から響くような声だった。麻衣が、弾かれたように顔を上げる。


「魔物王様……! 見て、いらっしゃったんですか」


「うむ。そなたが、儂の名を借りて何をしておるのか、な」


 その声には、咎めるような響きがあった。麻衣の顔から、みるみる血の気が引いていく。


「では……ご存じだったのに、なぜ、止めてくださらなかったんですか」


「そなたが、自分で気づくべきことだと思うたからだ。儂が口を出せば、そなたはまた、儂の望みだと思い込んで、別の何かに走ったであろう」


 厳しい指摘に、麻衣は言葉を失った。図星だったのだろう。


「それに――正直に言えば、儂も見誤っておった。まさか、ここまで根深く思い込むとは、な。モコが力尽きかけるまで、放っておいたのは、儂の落ち度でもある」


 魔物王は、そう言って、力なく座り込んでいたモコに、そっと鼻先を寄せた。モコも、疲れきった様子で、それに応えるように頭を垂れる。


「麻衣よ。そなたは、儂に助けられた恩を返そうとしたのだったな」


「はい……でも、それは」


「儂は、行き倒れておったそなたを助けただけのこと。見返りなど、端から求めておらぬよ」


「そん、な……」


 麻衣の顔が、今度は羞恥と後悔で赤く染まっていく。


「わたし、とんだ独りよがりを……。魔物王様は何も望んでいらっしゃらなかったのに、勝手に恩返しだと思い込んで、皆さんを苦しめて……」


 両手で顔を覆う麻衣の肩に、モコがそっと寄り添う。だが、周りの魔物たちの表情は、まだ完全には和らいでいなかった。長く無理を強いられてきた分だけ、信頼を取り戻すには、時間がかかるはずだった。


「悪いのは、思い込みだけです。あなたの気持ちそのものは、間違ってなかったと思いますよ」


 俺がそう声をかけると、麻衣は指の隙間からこちらを覗き見た。


「本当に、そう思いますか?」


「魔物のために何かしたいって気持ちは、本物だったんでしょう。ただ、ちゃんと話を聞かなかっただけで」


「……でも、それだけじゃ、済まないですよね。皆さんを、あんなに苦しめてしまったのに」


 麻衣は、涙を拭いながら、周囲の魔物たちを、一匹ずつ見渡した。


「これから、時間がかかっても構いません。皆さんが、わたしを許してくれるまで、一つずつ、ちゃんと聞いて回ります。何がしたいか、何が嫌だったか、全部」


 その言葉に、モコが小さく鳴いた。すぐに答えは返ってこなかったが、それでいいのだと、俺には分かった。壊れた信頼は、一晩では戻らない。それでも、麻衣はもう、耳を塞いではいなかった。


「……うむ。それでよい」


 魔物王は、そう言って、静かに目を細めた。人と魔物が、対等な立場で歩み寄っていく――そんな未来への、まだ始まったばかりの、確かな第一歩だった。


 ◇


 騒動から数週間後、王都には奇妙な噂が広まっていた。「魔物の女王」が、今度は人と魔物の橋渡し役として、あちこちを飛び回っているというのだ。


「麻衣さん、また来てたんですね」


「はい! 今度は、モコたちと一緒に、国境の村で井戸掘りを手伝ってきました。ちゃんと、みんなに『やりたいか』聞いてから、ですけどね」


 麻衣は、以前とは見違えるほど、生き生きとした顔でそう報告した。モコも、心なしか誇らしげに胸を張っている。


「あの……これ。お礼と言ってはなんですけど」


 麻衣が差し出したのは、丁寧に編まれた、小さなミトンだった。


「モコの毛並みをイメージして編んだんです。よかったら」


「……ありがとうございます」


 受け取ったミトンは、ふわふわと温かかった。バット丸が、興味津々にそれを覗き込んでくる。


「そういえば、隊長」


 カイルが、ふと思い出したように口を開いた。


「麻衣さんが編み物講習に交ざりたいって言ってるらしいですよ。バルトさんが、えらく張り切って教えてるとか」


「バルトが?」


「はい。『麻衣殿の編み目は繊細さに欠ける』とか何とか、えらく熱心に指導してるみたいで」


 鬼副隊長の口から「繊細さ」という単語が出てくることに、俺はまず驚いた。

 想像すると、なんとも言えない気持ちになった。鬼副隊長と、元・毛糸の女王が並んでかぎ針を動かしている光景は、きっとそう遠くない未来に見られるのだろう。


 あの日、車に轢かれてこの世界に飛ばされたときは、まさかこんな未来が待っているとは、想像もしていなかった。

 編んで、繋がる。ほどいて、救う。そして時には、勘違いをほどいて、笑い合う。

 異世界の空の下、俺はまた新しい毛糸玉に手を伸ばした。


(第二部 完)


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

『編み物は剣より強し』第二部、完結です。


第二部では、悠人と同じく日本から来た「編み物をする人」、麻衣が登場しました。

善意から始めたことが、いつの間にか誰かを苦しめてしまう。そんな麻衣が、悠人やモコたちとの出会いを通して、自分の間違いに気づき、少しずつ変わっていく物語でもありました。

悠人とは違う形で、麻衣もまた異世界で自分の居場所を見つけていく。そんな姿を楽しんでいただけていたら幸いです。


第三部では、また新しい物語を編んでいく予定です。今のところ、この第三部で本編は完結する予定です。

また悠人たちに会いに来ていただけたら嬉しいです。

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