第一話 不穏な便り
麻衣の一件から、季節がひとつ巡った頃のことだった。あの騒動のあとも、俺たちの日常は変わらず続いていた。カイルたちの編み物講習は隊の名物として定着し、ゴードンの不格好なネズミたちは、いつの間にか鍛錬場の風景の一部になっていた。バット丸は相変わらず俺の肩の上が定位置で、時折モコたちが遊びに来ては、騎士見習いと国境を越えた交流を楽しんでいる。
「隊長、王都の市場が、ちょっとした騒ぎになってます」
カイルの報告に、俺は編みかけのミトンから顔を上げた。
「騒ぎ?」
「毛皮や魔石の輸入価格が、急に跳ね上がってるらしいんです。スピンドル王国が、急に討伐を強化し始めたとかで」
スピンドル王国――魔物の素材を加工し、大陸中に輸出することで栄えてきた国だ。討伐と輸出のバランスで成り立っていたはずのその国が、なぜ急に討伐一辺倒に傾いたのか。
「理由は、スピンドル王がご病気で倒れられて、国の統制が取れなくなっているかららしいです。討伐ギルドが独自の判断で動き始めてる、とかで」
「王様が、病に……」
ゴードンが集めてきた噂話に、俺は嫌な予感を覚えた。
「王様が動けない分、もう次期王と後見の体制に移行しつつあるみたいです。次期王になるのは、まだ幼い王子殿下だとかで。討伐ギルド長のバロウズという方が、後見役として実質的に国を回してるらしいです」
「幼い王子……。それで、討伐強化の理由は?」
「それが妙な話でして。理由が、『次期王となる殿下が、魔物の姿を怖がって、退治してほしいと駄々をこねている』からだ、と」
「駄々って……」
俺は、思わず力が抜けた。国家間の緊張の裏に、まさかそんな理由があるとは。
「バロウズって人も、苦労してそうだな」
「まあ、幼い次期王の我儘に振り回されてる後見役、ってところですかね」
カイルの言う通りなら、これは戦や陰謀というより、もっと厄介で、もっと人間くさい話なのかもしれなかった。
「隊長、これ、下手したら開戦もあり得るんじゃ……」
ゴードンが青い顔で呟いた。冗談とも本気ともつかないその一言に、鍛錬場の空気が、いつになく張り詰めた。
「そういえば、麻衣なら、何か知ってるかもしれないな。橋渡し役の仕事で、あちこち回ってるし」
俺は思い立って、麻衣に手紙で尋ねてみることにした。数日後に届いた返事は、いつも通りの近況報告で、特に変わった様子は書かれていなかった。
――と思いきや、手紙の末尾に、追伸として、こう書き添えられていた。
「気になったので、スピンドル国境の方まで、少し調べに行ってきました!」
「……あちゃー」
思わず声が漏れた。誰も頼んでいないのに、気づけば単身で調査に出向いている。相変わらずの行動力に、頼もしさ半分、心配半分の気持ちになった。
「とりあえず、様子を見よう。うちが何かできる話でもなさそうだしな」
その日はそれで話を切り上げたが――まさか数日後、その「スピンドル王国」から、一人の若者がふらりとやってくることになるとは、俺はまだ知らなかった。




