第二話 名乗らない青年
「隊長、ちょっと変わった旅人が、鍛錬場を覗き込んでるんですが」
カイルに呼ばれて顔を出すと、柵の向こうで、身なりの良い青年が、目を丸くして騎士たちの様子を見つめていた。屈強な男たちが車座になって、真顔でかぎ針を動かしている、いつもの光景だ。
「あの……失礼、ここは何をしている場所なんですか」
「編み物講習だけど」
「編み物……騎士が?」
青年は、心底不思議そうな顔をしていた。旅装束は上品だが、あちこち土埃で汚れている。長旅をしてきたのだろう。
「セオ、と申します。行商人見習いです」
そう名乗った青年――セオは、妙に上等な言葉遣いをする以外は、特に怪しいところもなかった。行商の下見がてら、各国を見て回っているのだという。
「よければ、見学していきますか」
「よろしいのですか?」
案内すると、セオは食い入るように講習の様子を見つめた。特に、ゴードンの不格好なネズミが実体化する瞬間には、目を輝かせていた。
「これは……素晴らしい。討伐でも、加工でもない。魔物との、まったく新しい関わり方だ」
その呟きに、俺はふと引っかかりを覚えた。まるで、「討伐」や「加工」という言葉に、特別な思い入れがあるような口ぶりだった。
「セオさんの国では、魔物ってどんな扱いなんですか」
「……私の国では、魔物は、狩って、加工して、売るものです。それが、当たり前だと思っていました」
どこか苦い顔でそう言った後、セオは慌てたように付け加えた。
「あ、いえ、他意はありません。ただの、行商人の感想です」
妙に取り繕うような態度に、俺は内心首を傾げつつも、深くは追及しなかった。
それから数日、セオは王都に滞在し、鍛錬場に顔を出すようになった。
「隊長、これは何の編み目ですか」
「防御用だな。硬さを出す編み目」
「面白い……これなら、殺さずに、抑えることもできる」
セオは、メモを取るように熱心に質問を重ねた。かと思えば、ゴードンに「ネズミの編み方、教えてもらえますか」と頼み込み、案の定、彼にも劣らぬ不器用さを発揮して周りを和ませた。
「セオさん、その持ち方だと、糸が変な方向に引っ張られますよ」
「む、難しいものですね……」
悪戦苦闘するその青年を、騎士たちはすっかり気に入っていた。俺も、彼の人柄に、次第に気を許し始めていた。
それにしても、と思う。行商人見習いにしては、やけに所作が優雅だし、言葉の端々に育ちの良さが滲んでいる。カイルもそれとなく気づいていたようで、ある晩、俺にこっそり耳打ちしてきた。
「隊長、セオさんって、絶対ただの行商人じゃないですよね」
「まあ、事情がある人なんだろ。本人が話す気になるまで、放っておいてやればいい」
そう言いつつ、俺自身も少しだけ気になっていた。それよりも、彼が編み物にのめり込んでいく様子の方が、俺には面白かった。二人が並んで四苦八苦している姿は、講習の中でもすっかり定番の光景になっていた。




