第三話 共鳴と、束の間の別れ
セオの滞在は、いつしか十日を超えていた。
「隊長、セオさん、また変な質問してますよ」
カイルが苦笑しながら教えてくれた通り、鍛錬場の隅では、セオが麻衣を捕まえて熱心に何か聞き込んでいた。ちょうど視察に来ていた麻衣とは、この数日で意気投合していた。
「麻衣さんは、魔物の方々と、本当に対等な関係を築かれているんですね……。私の国では、考えられないことです」
「わたしも、最初は勘違いばかりでしたけどね。今も、日々勉強ですの」
麻衣が屈託なく笑うと、セオはどこか眩しそうな顔をした。
「二人とも、せっかくだから一緒に編んでみないか」
俺が提案すると、麻衣が面白がって乗ってきた。俺と麻衣、それぞれの編みかけの端と端を、輪をつなげるように「はぎ」でひとつにしてみる。
その瞬間――編み目全体が、これまで見たことのない色に輝いた。
「な……!」
実体化したのは、コウモリでもロボットでもない、淡く発光する小さな鳥だった。俺のものでも麻衣のものでもない、二人の編み目が混ざり合ってできた、まったく新しい何か。小鳥は、しばらく俺たちの周りをくるくると飛び回り、最後に麻衣の肩にちょこんと止まった。
「あら、懐いてくれるんですね。可愛らしい」
「隊長、俺の知ってる編み物と、なんか違う気がします」
ゴードンの言う通りだった。一人で編んで生み出す力とは、明らかに質が違う。
「編み手同士の息が合うほど、生まれるものも変わる、ってことなのか……?」
セオは食い入るようにその光景を見つめ、何かを噛みしめるように呟いた。
「討伐でも、加工でもない、第三の道が……本当に、あるんですね」
その横顔には、行商人見習いにしては、あまりに重たい影が差していた。
「私の国では、こんな話をしても、きっと誰も本気にしてくれません。魔物は狩って、加工して、売るもの――それが、当たり前の国ですから」
セオは、そう言って自嘲するように笑った。その笑い方には、慣れた孤独のようなものが滲んでいた。
「国に戻ったら、また一人で、その当たり前と向き合わなきゃいけないんでしょうね」
軽い口調とは裏腹に、その言葉には、俺の想像以上の重みがあるように聞こえた。
だが、その余韻に浸る間もなく、事態は動いた。数日後、セオのもとに早馬が届いたのだ。手紙を読んだ彼の顔から、みるみる血の気が引いていく。
「そんな……叔父上が……」
絞り出すようなその一言に、俺は息を呑んだ。
「セオさん……いえ、大丈夫ですか」
「申し訳ありません。叔父が、急に身罷ったと。すぐに、発たなければ」
詳しい事情を聞く間もなかった。セオは、震える手で旅支度を始めた。
「大丈夫か? ずいぶん、顔色が悪いけど」
「大丈夫です。ただ――」
セオは、旅支度をしながら、一つだけ、小さな包みを差し出した。
「これを。私が、初めて自分の力で編み上げたものです。下手くそですが」
包みの中身は、不格好な、けれど確かに心のこもったコースターだった。縁が波打ち、片側だけ妙に分厚くなっている。
「いつか、また来てもいいですか」
「いつでも待ってる。ネズミの編み方、まだ全然身についてないだろ」
俺の軽口に、セオは束の間だけ、年相応の笑顔を見せた。それから、逃げるように王都を後にした。馬車の影が街道の向こうに消えるまで、俺たちはしばらく、その場に立ち尽くしていた。
その慌ただしい見送りの中、誰も気づいていなかった。荷馬車の隅、丁度良い大きさの木箱の陰に、興味津々でセオの荷物を覗き込んでいたモコが、そのまま馬車の揺れに巻き込まれ、荷台の奥に転がり込んでしまっていたことに。




