第四話 王宮の困りごと
セオが去ってから、ひと月ほどが経った。
「隊長、モコが、いなくなったって……!」
国境を越えてやってきた麻衣が、青い顔で駆け込んできたのは、そんな折だった。
「いなくなった? 迷子ってことか?」
「いえ、それが……。セオさんが発った日から、姿が見えないんです。まさか、とは思うんですけど」
嫌な予感が、俺の中で像を結んでいく。あの日の、慌ただしい見送り。荷馬車。人懐っこいモコの好奇心。
「もしかして、あの荷馬車に乗っていったんじゃ……」
「そんな、まさか……!」
麻衣の顔が、さらに青ざめた。
同じ頃、スピンドル王国からも、奇妙な噂が漏れ聞こえてきていた。
「隊長、スピンドルの王宮で、幼い王様が、変わった生き物を可愛がってるって噂です」
カイルが仕入れてきた話に、俺と麻衣は思わず顔を見合わせた。
「その生き物、まさか」
「大きくて、もふもふしていて、懐きやすい……らしいです」
嫌な予感が、確信に変わった。
「討伐ギルド長バロウズ様も、幼君のたっての願いとあって、まだ本格的な調査には乗り出していないとか。ただ、噂では、バロウズ様は魔物にあまり良い印象をお持ちでないとも聞きます。もし、あの生き物の正体が魔物だと分かれば……」
その先を、カイルは言い淀んだ。俺の中で、嫌な想像が膨らんでいく。良い印象を持っていない相手に、モコの正体が知られたら――穏便には済まないかもしれない。
「バロウズって人、若い頃に仲間を魔物に殺されてる、とか聞いたことがあります」
カイルが付け加えた噂に、俺は少し合点がいった。過去の経験があるからこそ、魔物を怖がる幼君の言葉に、疑うことなく寄り添ってしまう。それは、悪意というより、痛みに寄り添いすぎた結果なのかもしれなかった。
「そういえば、バロウズ様には、亡くなった戦友の忘れ形見を引き取って育てている、という話も聞きました。以前から、魔物とも分かり合えると、バロウズ様に訴え続けているそうです」
「あ……もしかして、それ」
麻衣が、はっとしたように顔を上げた。
「その人、わたしも知ってるかもしれません。ほら、前に手紙でお伝えした、スピンドル国境まで調べに行ったときです。そこで仲良くなった青年が、確か似たような身の上を話していました」
「知り合いだったのか……」
「はい。魔物のことも、真剣に考えてくれる、優しい人です」
その一言に、俺の中で、小さな期待が芽生えた。
「とにかく、モコを迎えに行かないと……!」
麻衣が、いても立ってもいられない様子で言った。
「よし、俺たちも同行する。セオにも、事情を聞かなきゃならないしな」
出発前に、セオ宛てに一報だけ入れておくことにした。行商人見習いの彼なら、王都の様子にも詳しいかもしれない――そんな軽い気持ちからだった。
こうして俺たちは、隣国スピンドル王国へと向かうことになった。




