第五話 王宮のモフモフ
王都に着いた俺たちを出迎えたのは、正装に身を包んだ、見覚えのある青年だった。
「セオ……?」
思わずそう呼びかけると、青年は、少しばつが悪そうに苦笑した。
「本名は、セドリックと申します。身分を偽っていたこと、改めてお詫びします」
「セドリック……。じゃあ、お前」
「はい。陛下のいとこにあたります」
(やっぱり、な……)
あの妙に上品な所作も、育ちの良さが滲む言葉遣いも、これで納得がいった。驚きよりも、腑に落ちる感覚の方が強かった。
「行商人見習いって、思いっきり嘘じゃねえか!」
ゴードンだけが、素っ頓狂な声を上げていた。カイルとバルトは、「やっぱりそうだったか」とでも言いたげに、揃って頷いている。もう「セオ」と偽る必要のない、正装姿のセドリックは、どこか申し訳なさそうに、それでいて隠しきれない安堵の表情を浮かべていた。
「お知らせいただいて、すぐにお迎えの支度をしました。それに、モコさんのことも、申し訳ありません。荷物に紛れ込んでいたと気づいたのは、王都に着いてからで」
「気づいたなら、なんで教えてくれなかったんだよ」
「それが、その……モコさんが、王宮に迷い込んでしまいまして」
セドリックは、心底疲れた顔をしていた。話を聞けば、モコが王宮に現れてからというもの、大変な騒ぎだったらしい。
「まず、洗濯物を干していた場所に飛び込んで、シーツにくるまって転げ回りまして。次に、謁見の間に迷い込んで、居並ぶ大臣たちの前で盛大にくしゃみをして、書類という書類を吹き飛ばしました。極めつけは、厨房に忍び込んで、焼き立てのパイを丸ごと一枚、あっという間に平らげてしまい……」
「モコ、お前、何しに来たんだよ」
俺は、思わず天を仰いだ。
「最初は、衛兵総出で追いかけ回したんです。ですが、あまりに素早くて捕まらず……。決め手になったのは、厨房から失敬したらしいスコーンでした。たっぷりメープルシロップのかかったそれを一口食べた途端、その場で伏せて、大人しく撫でられるがままになったとかで」
「メープルシロップって……モコ、そんなことで餌付けされるのか」
俺は、頭を抱えた。それ以来、侍女たちの間では、モコにシロップ漬けのスコーンを与えるのがちょっとした流行になっているらしい。厨房の方は、シロップの在庫が底を尽きかけて悲鳴を上げているという、笑えない後日談もついてきた。
「しかも、フィン陛下が一目で気に入ってしまい、誰も引き離せなくなりまして」
セドリックの案内で王宮の庭に向かうと、そこには、想像以上に賑やかな光景が広がっていた。
「ポチ、こっち! こっちにおいで!」
声を上げているのは、小さな体に不釣り合いなほど立派な王衣を纏った、幼い少年――フィン王その人だった。モコは、尻尾をぶんぶんと振りながら、王の周りを楽しそうに走り回っている。その傍らでは、数人の侍女たちが、モコ用にと編んだらしい不格好なリボンを手に、順番待ちの列を作っていた。
「モコ……!」
麻衣が叫ぶと、モコはぱっと顔を上げ、嬉しそうに駆け寄ってきた。フィン王も、つられるようにこちらに気づく。
「あ、ポチのお友達?」
「フィン王、この子は、わたしたちの大切な従魔なんです。名前は、モコっていうんですよ」
「え、モコって名前だったの……? ずっと、勝手にポチって呼んでた」
フィン王は、少しばつが悪そうに、モコの頭を撫でた。モコの方は、名前が二つに増えたところで一向に気にする様子もなく、嬉しそうに尻尾を振っていた。
「じゅうま? モコ、ペットじゃないの?」
王は、心底不思議そうに首を傾げた。俺は、その一言に、なんとも言えない気持ちになった。
「フィン王、モコは、その……魔物なんです」
「まもの……?」
王の顔から、みるみる血の気が引いていった。
「モコが、魔物……? そんな、だって、モコはこんなに可愛くて、優しいのに」
小さな手が、モコの背中を、ぎゅっと抱きしめる。
「僕、魔物は怖いものだって、みんなに聞いてたのに……。モコは、全然怖くない」
その言葉に、控えていたバロウズが、はっとしたように目を見開いた。




