第六話 バロウズの迷い
庭の周囲には、いつの間にか、討伐ギルドの重鎮たちも集まってきていた。
「バロウズ様、何をためらっておられる。魔物など、この場で始末してしまえばよいものを」
「セドリック様も、少々魔物に甘くなられたのでは。陛下があのように懐いておられるのが、かえって心配です」
口々に上がる声に、バロウズは苦い顔で押し黙っていた。彼一人が折れたところで、この空気がすぐに変わるわけではないのだと、その表情が物語っていた。
「バロウズ様、あなたは討伐ギルド長だ。陛下の御身に何かあってからでは遅い。今、この場で決着をつけるべきです」
重鎮の一人が、苛立ちを隠さずに詰め寄る。その声に押されるように、バロウズの表情が、ぐっと強張った。
「陛下、危険です。今すぐ、その生き物からお離れください」
そう言うが早いか、バロウズの手が、腰の剣にかかった。長年、討伐で鍛え上げてきた反射が、周囲からの圧に押される形で、頭より先に体を動かしたのだろう。狙いは、あくまでモコだけだったはずだ。
「モコ!」
だが、剣が振るわれるより先に、フィン王が、モコを庇うように、その小さな体で前に出た。
「陛下、危ない――!」
躊躇のない一撃だった。しかし、その切っ先の先には、もうモコだけでなく、フィン王の姿もあった。
「させるか……!」
俺は咄嗟に麻衣と目を合わせ、互いの編み目を「はぎ」で繋いだ。とっさに編み上げた硬質の壁が、二人の間に光りながら実体化する。
甲高い音とともに、剣先が壁に阻まれ、大きく弾かれた。
「なっ……!?」
バロウズが、信じられないという顔で立ち尽くす。
「バロウズさん、落ち着いてください! モコは、陛下を傷つけたりしません!」
俺の声に、バロウズはようやく我に返ったように、剣を下ろした。自分が何をしかけ、そしてフィン王を巻き込みかけたのか、遅れて理解したのだろう。その顔から、みるみる血の気が引いていく。
「儂は、今……陛下を、危険に晒したのか」
震える声で、バロウズは剣を鞘に収めた。フィン王は、モコを抱きしめたまま、頑として動かなかった。
「嫌だ! モコは、僕の初めての友達なんだ!」
「陛下、しかし……」
バロウズが、恐る恐る手を伸ばしかけると、モコが牙を剥く――かと思いきや、尻尾を振ってバロウズの手をぺろりと舐めた。
「なっ……!」
先ほどとは違う意味で、バロウズが硬直する。フィン王が、我が意を得たりとばかりに胸を張った。
「ほら見て、モコ、バロウズのことも好きだって!」
「い、いや、これは、その……」
狼狽えるバロウズの姿に、俺は思わず噴き出しそうになった。先ほどまでの緊迫が嘘のように、国の重鎮が、魔物に懐かれて動揺している。
「バロウズさん。モコは、俺たちの大切な仲間です。危険な生き物じゃない」
「編み物の力で従えているという、あの……。しかし、魔物は魔物だ。信用できるものか」
その頑なな声には、確かな痛みが滲んでいた。セドリックが、静かに口を開く。
「バロウズ様。トビアスが、以前から何度も伝えていたはずです。魔物とも、分かり合える道はあるのだと」
トビアス――あの、亡き戦友の忘れ形見か。麻衣から聞いた話が、俺の中で繋がった。
「トビアスの、たわ言だ……」
そう言いながらも、バロウズの声には、迷いが色濃く滲んでいた。
「あなたが本当に守りたいのは、亡くなった仲間の記憶ですか。それとも、フィン王が今、目の前で見せている笑顔ですか」
俺の問いに、バロウズは、言葉を失ったように立ち尽くした。
「バロウズさんは、陛下が魔物を怖がっているという、その言葉だけを鵜呑みにして、討伐を進めてきました。でも、本当は、陛下自身が一番、モコと仲良くなりたかったんじゃないですか」
フィン王が、こくりと頷いた。
「僕、本当は、モコとずっと一緒にいたい。でも、みんなが魔物は怖いって言うから、僕も怖がらなきゃいけないんだと思ってた」
その小さな告白に、バロウズの肩から、目に見えて力が抜けていった。傍らでは、モコがすっかり味を占めたのか、今度はバロウズの足元にすり寄って、丁寧にブーツの匂いを嗅いでいた。
「や、やめんか、こら」
口では拒みながらも、その手は、モコの頭を振り払おうとはしなかった。




