第七話 もう一度、伝える言葉
「バロウズ様」
庭の入り口から、息を切らせて駆け込んできたのは、トビアスだった。国境の村で麻衣と親しくなっていた、あの青年だ。
「トビアス、お前……いつの間に、こんなところまで」
「麻衣さんが、急を要すると仰ったので。馬を飛ばしてきました」
肩で息をするその様子に、彼が本気で駆けつけてくれたことが伝わってきた。
「何度もお伝えしてきたはずです。父を奪ったのは、確かに魔物です。でも、すべての魔物が同じじゃない。それを、僕はこの目で見てきました」
少し離れた場所では、一緒についてきたカイルたちが、固唾を呑んで見守っていた。
「隊長、なんか、めちゃくちゃ重要な場面な気がするんですけど」
「静かに見てろ、ゴードン」
「あ、はい」
その一方で、当のモコは、緊迫した空気などどこ吹く風で、フィン王の腕の中で気持ちよさそうに目を閉じていた。緊張感のない毛玉のような様子に、バルトが小さく肩を震わせて笑いを堪えている。
「バロウズ様は、僕を引き取って育ててくれました。父の代わりに、この国を守ってほしいと願って。でも、僕が守りたいのは、討伐に怯える国じゃない。フィン王のような子が、素直な気持ちで笑える国です」
トビアスの言葉に、バロウズは深く目を閉じた。
「……儂は、ずっと、間違えていたのかもしれん」
「バロウズ様?」
「陛下が魔物を怖がると仰ったとき、儂はそれを疑いもしなかった。いや――疑いたくなかったのだ。陛下の言葉に頷いてさえいれば、儂自身が魔物と向き合わずに済むから」
バロウズは、そこで一度言葉を切り、トビアスへと視線を移した。
「お前には、ずっと辛い思いをさせた。魔物と分かり合えると言うお前を、儂は頭ごなしに黙らせてきた。お前の父を奪った相手を許せというのかと、心のどこかで責めるような気持ちすらあった」
「バロウズ様……」
「すまなかった」
深く頭を下げるバロウズに、トビアスは、しばらく言葉を失っていた。それから、静かに首を振った。
「謝らないでください。バロウズ様が、僕をここまで育ててくれたことに、変わりはありませんから」
バロウズは、フィン王の腕に抱かれたモコを、まっすぐに見つめた。
「陛下。今のお言葉は、本心でございますか」
「うん。モコは、僕の友達だよ」
その迷いのない答えに、バロウズは、深く長い息を吐いた。
「……年寄りの意地を張るのも、そろそろ終いか」
その声は、疲れたように、けれどどこか軽くなったように、俺には聞こえた。
その空気を破ったのは、当のモコだった。フィン王の腕の中、顎をその肩に乗せるようにして、いつの間にかぐっすり寝入っていたらしい。ちょうどこのタイミングで、大きく口を開けて盛大なあくびをしたかと思うと、開ききったその口ごと、フィン王の頬にべたりと押し当ててしまった。
「わぷっ……モコ、寝てたの!?」
フィン王が、涎まみれになった頬を慌てて手の甲で拭う。
「緊張感のかけらもありませんね、あの子」
カイルが呆れたように呟くと、ゴードンが深く頷いた。
「一番肝の据わってる奴が、一番緊張してないっていう」
張り詰めていた空気が、その一言で完全にほぐれた。バロウズさえも、こらえきれずに、口の端を小さく緩めていた。




