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第五話 魔物の群れ、襲来

 そんな穏やかな日々に転機が訪れたのは、着任から二月ほど経った頃だった。


「隊長! 大変です、北の森から大型の魔物の群れがこちらへ向かっているとの報せが!」


 物見からの急報に、鍛錬場の空気が張り詰めた。数十体規模の群れだという。しかも先頭には、これまで見たどの個体よりも大きく、目に禍々しい黒い光を宿した個体が確認されているらしい。正規の騎士団だけでは、数の上で分が悪い。


「カイル、みんなを集めてくれ」


 俺は迷わず、編み物講習に通っていた見習いたちを招集した。


「お前らに、剣の代わりを持てとは言わない。だが――今まで練習してきた編み目、あれを本番で使ってみないか」


 騎士たちは顔を見合わせ、それから一斉に頷いた。誰も、怯んでいなかった。


「隊長についていきます。俺たちの武器、見せてやりましょう」


「隊長、俺のネズミも連れて行ってください!」


 真っ先に声を上げたのは、ゴードンだった。周りの騎士たちが一瞬噴き出しかけて、慌てて表情を引き締める。俺も笑いをこらえながら頷いた。


「ああ、連れて行こう。お前のネズミも、立派な仲間だ」


 鬼副隊長のバルトも、いつになく真剣な顔で歩み出てきた。


「隊長、耐久編みの盾――俺なりに改良してみた。試させてくれ」


 見れば、彼の背には、講習で覚えた編み目を独自にアレンジしたらしい、分厚い盾の編みぐるみが背負われていた。相変わらずの強面のまま、どこか誇らしげにそれを見せる姿に、俺は思わず頬が緩んだ。


「頼りにしてる、バルト」


 城壁の外、街道沿いに、俺たちは急ごしらえの陣を敷いた。バット丸を先頭に、合体ロボット、そしてカイルたちが編み上げた大小さまざまな毛糸の従魔たちが横一列に並ぶ光景は、傍から見ればさぞ奇妙だったに違いない。だが、俺にとってそれは、この二月で積み上げてきたものすべてが形になった瞬間だった。


「来るぞ!」


 地平線の向こうから、地響きとともに土煙が近づいてくる。息を呑んで見つめる先で、数十体の魔物の群れが姿を現した。先頭の大型個体――禍々しい黒い光を纏ったそれが咆哮を上げると、俺たちの陣形に向かって突進してくる。


「怯むな! バット丸、正面を頼む! ロボットは側面から挟み込め! カイル、お前たちの部隊は、はぐれた小型個体の足止めだ! ゴードン、お前のネズミで伝令を頼む!」


「はい、隊長!」


 自分でも驚くほど、声がよく通った。指示を出しながら、俺自身もかぎ針を握り、戦況に応じて新たな編みぐるみを次々と繰り出していく。硬さを与える編み目で盾を、素早さを与える編み目で伝令役の小鳥を。

 バット丸は翼の一撃で次々と魔物を薙ぎ払い、合体ロボットは側面から果敢に攻め込んでいく。カイルたちの毛糸の従魔たちも、初めのうちこそぎこちなかったが、講習で覚えた連携を思い出すように、次第に息を合わせ始めた。ゴードンの不格好なネズミは、戦闘には向かないなりに、俺とカイルたちの間を機敏に走り回り、的確に指示を伝えてくれた。


「隊長、右翼が数で押されています!」


 ゴードンのネズミからの伝令に、俺は即座に硬化の編み目を仕込んだ壁を三枚、右翼に向けて放った。壁は光りながら実体化し、なだれ込んでいた小型の魔物たちの足を止める。


「ナイスだ、ゴードン!」


「はい隊長! 俺のネズミ、意外とやるでしょう!」


 戦況は、少しずつだが確実にこちらへ傾き始めていた。だが、油断はできなかった。カイルの部隊の一人が、小型の魔物に囲まれて後退を余儀なくされている。


「くっ、数が多すぎる……!」


「今行く!」


 俺は急いで俊敏さを与える編み目で鳥形の囮を作り、囲まれていた騎士の周囲に放った。魔物たちの注意が一斉にそちらへ逸れた隙に、騎士は体勢を立て直し、こちらに合流してくる。


「ありがとうございます、隊長……!」


「無理はするな。一人で抱え込まなくていい、俺たちは、そのために一緒に戦ってるんだから」


 その言葉に、騎士は少し驚いたような顔をしてから、力強く頷いた。

 少し離れた場所では、バルトが自作の耐久編みの盾を構え、小型の魔物の突進を正面から受け止めていた。


「おお……! 隊長、これ、思った以上に頑丈だ!」


「無茶するなよ、それ試作品だろ!」


 そう言いながらも、俺は内心、感心していた。講習で教えたのは基礎の編み目だけだったのに、彼らはそれぞれ、自分なりの工夫を積み重ねていたのだ。

 だが、先頭の大型個体だけは、様子がおかしかった。黒い光の首輪のようなものが、その首に食い込んでいる。まるで、何かに操られているような、痛々しい動きだった。


(あれは……ただの魔物じゃない)


「頼む、殺さずに捕まえたい……!」


 俺は太めの毛糸を選び、渾身の力で網を編み上げた。実体化した巨大な網が、大型個体の巨体に絡みつき、その動きを封じる。

 だが、締め上げるほどに、大型個体は苦しげに暴れた。あの首輪が、さらに深く食い込んでいく。


「そうか――!」


 脳裏に、あのときのロロの姿が蘇った。編んで生み出せるものは、ほどいて解除できる。それは、自分が編んだものに限った話じゃない。同じ「編み目」から生まれた魔力である以上、辿りさえできれば、誰が編んだ糸でも読み解けるはずだ。ならば――外側の網ではなく、あの首輪そのものに狙いを定めればいい。

 俺は網ごと大型個体を引き寄せ、荒い息づかいのすぐそばまで身を乗り出した。首元で黒く光る首輪の編み目に、かぎ針の先をそっと滑り込ませる。指先で糸を辿り、この首輪の最初の一目――すべての始まりとなる結び目を、慎重に探り当てた。


 その一目を、そっと引く。

 するすると、まるで呪いを解くように、黒い首輪がほどけていった。


 次の瞬間、大型個体の目から、禍々しい光が消えた。荒い息を吐きながら、ゆっくりとその場に座り込む。もう、俺たちを襲う気配はなかった。


「……終わった、のか?」


 残っていた小型の魔物たちも、統率を失ったように散り散りに森へと逃げていく。


 激闘の末、日が暮れる頃には、群れはすっかり退けられていた。怪我人はいたものの、命を落とした者は一人もいない。もちろん、あの大型個体も。


「隊長のおかげです。俺たちだけじゃ、絶対に守り切れなかった」


 肩で息をしながら笑うカイルに、俺は首を振った。


「いや、お前らが編み目を覚えてくれてたから、守れたんだ。俺一人じゃ、こうはいかなかった」


 少し離れた場所では、ゴードンが、自分の編んだネズミを両手で抱きしめて、盛大に泣いていた。


「お前、よくやった……! よくやったぞ……!」


 その光景に、隊の面々からどっと笑いが起こる。緊張が解け、誰からともなく歓声が上がった。

 夕焼けに染まる戦場で、バット丸が誇らしげに翼を広げ、俺の肩にそっと止まった。合体ロボットも、両腕を掲げて勝利のポーズを決めている。カイルたちの毛糸の従魔たちが、その足元をちょろちょろと走り回っていた。


「隊長、これで俺たちも、少しは隊の役に立てましたかね」


 カイルがそう言って、照れくさそうに笑った。


「少しどころか、お前らがいなかったら、今頃どうなってたか分からない。ありがとうな」


 素直にそう返すと、ゴードンをはじめ、周りの騎士たちが揃ってはにかんだ顔を見せた。屈強な男たちがそんな表情を浮かべる様子は、やっぱり少しおかしくて、俺はこらえきれずに笑ってしまった。


 この一件は瞬く間に王都中に知れ渡り、「編み物ナイト」の名は、もはや揶揄ではなく、称賛の意味を込めて呼ばれるようになっていた。



 しばらくして、俺のもとに一通の手紙が届いた。差出人の名前を見て、思わず声が漏れる。あの、畑を荒らされていた村の村長からだった。たどたどしい文字で綴られた手紙には、こう書かれていた。


「王都の兄さんが、立派な親衛隊長様になったと風の噂で聞きました。あのとき助けてもらった村の畑は、今年も無事に実りました。いつかまた、あの毛糸の従魔たちに会いに、村に遊びに来てください」


 同封されていたのは、村の子供たちが総出で描いたらしい、俺とバット丸の絵だった。お世辞にも上手とは言えないその絵を、俺は執務机の一番よく見える場所に飾ることにした。


 夜、鍛錬場の隅で一人、次のマフラーの続きを編んでいると、バット丸が飛んできて、そっと肩に止まった。合体ロボットも、遠くで見張りがてら直立している。カイルたち騎士見習いの編んだネズミやリスが、ちょろちょろと足元を走り回っていた。



 ――友人にドン引きされようが、道行く人にジロジロ見られようが、かぎ針を動かす手を止めなかった、あの頃の自分に教えてやりたい。


 その手が、いつか一国の親衛隊を編み上げることになるなんて。


 ふと、転生前の記憶が蘇る。「そろそろ引かれるって、マジで」と苦笑していた田中の顔。あいつは今頃、俺がいなくなったことに気づいているだろうか。もし、いつかこの世界と元の世界がつながることがあったら、真っ先に伝えたい。編み物、続けててよかったぞ、と。

 もう二度と会えないかもしれない、あの世界のことを思うと、胸の奥が少しだけ痛む。それでも、こちらで出会った仲間たち――バット丸や、ロボット、カイルたちの顔を思い浮かべると、不思議と前を向く力が湧いてきた。どちらの世界にも、大切なものがある。それでいいのだと、今は思える。


 異世界で、俺は今日も、かぎ針を握っている。バット丸が、生徒たちの間を縫うように飛び回りながら、時々俺の肩に止まって、満足げに翼をたたんだ。

 窓の外には、見慣れない異世界の星空が広がっている。それでも、指先に伝わる毛糸の感触だけは、あの日と何も変わらない。


 どうせなら、編み物しながら生きていこう。


 そう思いながら、俺は今夜も、新しい編み目を試している。かぎ針の先で、また誰かを守る何かが、静かに形を結び始めていた。


(第一部 完)



ここまでお読みいただき、ありがとうございました!


これにて第一部は完結です。


第二部では、新たな魔物たちとの出会いと、編み物ナイトを待ち受ける新たな騒動が始まります。


第二部も読んでみたいと思っていただけましたら、評価やブックマークで教えていただけると嬉しいです。


それでは、第二部もよろしくお願いします!

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