第四話 親衛隊長、はじめました
親衛隊長という肩書きをもらったはいいものの、最初の数週間は、右も左も分からないことばかりだった。剣術の型も、宮廷でのしきたりも、何一つ身についていない。所作ひとつ間違えるたびに、礼儀作法係の年配の文官から深いため息をつかれる毎日だった。
「隊長殿。食事の際にかぎ針を懐から出すのは、いくらなんでもお控えください」
「あ、すみません、癖で……」
文官のグレンは、俺が王の推挙で親衛隊長に選ばれたことに、当初から懐疑的だった。無理もない。剣も振れず、魔法も使えず、ただ毛糸を編むだけの若者が、由緒正しい親衛隊のトップに立つのだ。長年宮仕えをしてきた彼の目には、王の気まぐれとしか映らなかっただろう。
「所詮、まぐれ当たりでしょう。盗賊如きに通用したからといって、この国を守れるとは思えません」
面と向かって言われたその一言は、正直こたえた。それでも俺は、腐らずに毎日かぎ針を握り続けた。剣が振れないなら、せめて自分にできることを、誰よりも突き詰めてやろうと決めていた。
とはいえ、正面から言い返しても角が立つだけだ。俺は、せめてもの意趣返しのつもりで、グレンの身の回りの困りごとに、こっそり毛糸を差し向けることにした。
最初は、指先の悴みに悩んでいるらしいと小耳に挟んで、指先だけ出したミトンを彼の机にそっと置いておいた。
「……これは、誰の忘れ物ですかな」
白々しくそう呟きながらも、翌日にはしっかり両手に嵌めていた。
次は、朝晩の冷え込みで足元が辛そうにしていたのを見て、厚手の靴下を一足。これも「誰かの落とし物」として届けると、数日後には愛用しているのを見かけた。
「隊長殿。この落とし物、ずいぶんと頻繁に見つかりますな」
「宮廷は、忘れ物が多いところですから」
しらばっくれる俺に、グレンは何とも言えない顔をしていた。それでも、態度そのものは、少しずつ和らいでいった。
決定打になったのは、ある夜、彼の持病である冷え性を見かねて、名前入りで編んで渡した膝掛けだった。もう「忘れ物」で誤魔化せる段階はとうに過ぎていたので、今度はきちんと本人の前で手渡した。
「……妙に、あたたかいのですな」
ぶっきらぼうにそう呟いた翌日から、グレンは俺の所作の粗を咎めなくなった。代わりに、宮廷でのふるまい方を、根気強く教えてくれるようになった。
部下となった騎士たちは、そんな俺を馬鹿にすることなく、最初から興味津々な様子で接してきた。
「隊長、あの巨大コウモリはどうやって手懐けたんですか」
「隊長のロボット、俺にも動かせますか」
「あの……失礼を承知でお聞きしますが、その編み物というのを、少し見せていただくことは……」
最初に声をかけてきたのは、若い騎士のカイルだった。武骨な見た目に反して手先が器用らしく、俺が編み目を実演してみせると、食い入るように見つめていた。
「これ、俺にもできますか」
「多分な。まずは基本の細編みからだ」
半信半疑で握らせたかぎ針だったが、カイルは案外筋がよかった。数日後には、簡単なネズミの編みぐるみを完成させ、実体化までさせてみせた。もっとも、彼が編んだネズミは戦う気配もなく、ただ足元をうろちょろするだけだったが、それでも本人は満足そうだった。
「隊長、次はどんな編み目を教えてもらえるんですか?」
「そうだな……今日は、防御力が上がる編み目からいってみるか」
噂はまたたく間に広がり、いつしか鍛錬の合間に「編み物講習」の時間が設けられるようになった。振り返れば、屈強な兵士たちが十数人、かぎ針片手に真剣な顔で並んでいる。誰一人として、笑ったりドン引きしたりする者はいない。
(……これ、本当に親衛隊なんだよな?)
自分で始めておいて、今さらそう思わずにはいられなかった。噂を聞きつけた文官たちまでもが、興味津々な顔で講習を覗きに来るようになっていた。
極めつけは、鬼副隊長として恐れられていたバルトだった。訓練中に一喝すれば新人が震え上がるという強面の男が、ある日「見学だけだ」と言いながら講習の輪に加わってきたかと思うと、翌週にはすっかり夢中になっていた。
「隊長、この配色は、盾の耐久編みに使えないだろうか」
真剣な顔で聞いてくる姿に、俺はもう驚かなくなっていた。異世界の親衛隊は、いつの間にか、剣の腕前と同じくらい編み物の腕前が話題になる、奇妙な部隊になりつつあった。
講習生の中でも、とりわけ不器用だったのが、巨漢の戦士ゴードンだった。剣の腕は隊でも五本の指に入るというのに、かぎ針を握らせると、まるで別人のように手元が覚束なくなる。太い指先で毛糸を摘まもうとするたび、糸玉ごと握りつぶしそうになる有様だった。
「隊長……俺、これ、向いてないんじゃないっすかね」
何度も糸を絡ませては、ため息をつくゴードンに、俺は編みかけの毛糸玉を渡した。
「剣だって、最初から振れたわけじゃないだろ。焦らず、毎日ちょっとずつでいい」
その言葉通り、ゴードンは不器用なりに、毎晩少しずつ練習を重ねた。何度も糸を絡ませ、何度もほどき直しながらも、決して投げ出さなかった。三週間ほど経った頃、ようやく完成させた不格好なネズミの編みぐるみが実体化したとき、彼は誰よりも大きな声で歓声を上げていた。
「見てください隊長! 俺のネズミができました!」
できあがったのは、耳の左右非対称な、お世辞にも上手とは言えないネズミだった。それでも、実体化したネズミがちょこまかと足元を走り回るのを見て、ゴードンは涙ぐんでいた。その姿に、俺までもらい泣きしそうになったのは、内緒の話だ。
「肩の力を抜け。剣を握るのとは違うんだ」
そう言いながら、俺はふと笑ってしまった。転生前の自分が聞いたら、絶対に信じないだろう。屈強な騎士たちに、真顔で編み物の力加減を指導している自分がいるなんて。




