第三話 盗賊団、そして編み物ナイト誕生
しかし、旅は思いのほか順調にはいかなかった。近道だと聞いた脇道を進んでいたところ、俺とバット丸は、盗賊団のアジトに迷い込んでしまった。
「ちっ、坊主一人か。バケモノ連れてるが、数で押せば……」
十人以上の盗賊に囲まれ、さすがのバット丸も苦戦を強いられていた。翼で数人を薙ぎ払っても、次から次へと湧いてくる盗賊の数には限りがあるようだった。
「くそ、こうなったら……」
俺は震える手で、かぎ針を握った。頭に浮かんだのは、小さい頃、誕生日に買ってもらって何百回と見返した、あの合体ロボットのアニメだ。まずは、要となる本体部分――頭部と胴体を、記憶を頼りに必死で編み上げていく。指先がかじかむのも構わず、無我夢中で毛糸を掛け続けた。
編み上がった本体が、光を放ちながら実体化する。見上げるほどの大きさのロボットが、そこに完成していた。
「頼む、戦ってくれ!」
ロボットは盗賊たちに向かって突進した。しかし、両腕も両脚もない不格好な姿では、まともに戦えるはずもなかった。体当たりで一人二人をなぎ倒すのがやっとで、すぐに盗賊たちに取り囲まれてしまう。
「うそだろ……!」
「坊主、口ほどにもねえな!」
盗賊のリーダーが、隙をついて斬りかかる。装甲がひび割れる音がした。バット丸が慌てて割り込もうとするが、囲まれていてままならない。
まずい。このままじゃ、バット丸ごとやられる。
その瞬間、俺の脳裏に、アニメのワンシーンがはっきりと蘇った。そうだ、あのロボットは、単体じゃない。バラバラのパーツが、合体して初めて完成するんだ。
「まだだ……!」
俺は歯を食いしばりながら、かぎ針を動かし続けた。両腕、両脚。残りのパーツを、無我夢中で編み上げていく。指の腹が毛糸で擦れて赤くなっていくのも構わなかった。
「来い……!」
編み上がったパーツが、次々と光りながら本体に吸い寄せられていく。両腕がはまり、両脚が接続され、完全な姿の巨大ロボットが、そこに立っていた。
「うおおおおおおお!」
俺は思わず、子供の頃と同じ雄叫びを上げていた。
完全体となったロボットは、見違えるように機敏に動き始めた。拳の一撃で盗賊のリーダーを吹き飛ばし、残りの盗賊たちもあっという間に蹴散らしていく。バット丸も息を吹き返したように、翼をはためかせて援護に回った。
「……勝った」
膝から崩れ落ちる俺の横で、バット丸が、どこか誇らしげに翼を広げていた。ロボットも、両腕を掲げて勝利のポーズを決める。誰に教えたわけでもないのに、妙に様になっていた。
◇
盗賊団を退治した俺たちは、そのまま王都を目指して歩き続けた。道中、噂を聞きつけたのか、盗賊被害に悩まされていたという商隊とすれ違った。
「兄さん、まさかあんたが例の……! 助かった、本当に助かったよ!」
商隊の男が涙ながらに手を握ってきた。話を聞けば、あの盗賊団は長らく街道を荒らし回っていた厄介者だったらしい。俺としては生き延びるのに必死だっただけなのだが、いつの間にか「毛糸の従魔を連れた不思議な旅人」として、街道沿いの噂になっていたようだった。
王都に辿り着く頃には、その評判はすでに城にまで届いていたらしく、気づけば俺は、王城に呼び出されていた。
玉座の間は、想像していたよりずっと広く、静まり返っていた。両脇に居並ぶ騎士たちの視線を一身に浴びながら、俺はバット丸を伴って玉座の前に進み出た。
「見事な戦いぶりであったと聞いている。そなたの武器は、剣でも魔法でもなく――編み物だそうだな」
「はい。恐縮ですが、その通りです」
「面白い。我が国には、そなたのような力を持つ者はいなかった」
周囲の騎士たちがざわめいた。「編み物」という単語に、失笑にも似た空気が一瞬流れる。だが、王はそれを制するように片手を上げた。
「実際にその力で、長年悩まされていた盗賊団を退けたのだ。笑う者があれば、まずその者に同じことができるか問うてみるがいい」
ざわめきが、すっと静まった。
王は少し考えたのち、はっきりと告げた。
「そなたに、『編み物ナイト』の称号を授けよう。そして、我が親衛隊長として、この国に仕えてほしい」
「へ……編み物、ナイト?」
思わず聞き返した俺に、王は満足げに頷いた。
玉座の間がにわかにざわめいた。「親衛隊長」といえば、代々この国の武門の名家から選ばれてきた要職だと、後で知った。そんな重責を、剣も握ったことのない余所者の若造に授けるというのだから、無理もない反応だった。
「畏れながら陛下。それは些か性急な人事ではございませんか」
列の中から進み出たのは、白髪交じりの立派な口髭を蓄えた壮年の男だった。後に軍務大臣だと知る、この国の武官のまとめ役、ロドリクだ。
「ロドリク殿の懸念はもっともだ。だが、盗賊団の一件だけではない。道中、旅人たちから寄せられた報告にも目を通した。魔物に襲われた村を、一度ならず救っておるそうだな」
村での一件まで、すでに耳に入っているとは思わなかった。俺は驚きを隠せないまま、頷くしかなかった。
「力の形は、剣でなくとも良い。民を守れる力であれば、それでよい。そうは思わぬか、軍務大臣」
王にそう問われ、軍務大臣――ロドリクは、しばし黙り込んだ後、深々と頭を下げた。
「……陛下の御眼力に、従いましょう」
その様子を横目に見ながら、俺はごくりと唾を飲み込んだ。どうやらこれから、まったく想像もしていなかった生活が始まるらしい。
こうして俺は、かぎ針一本で異世界の親衛隊長に成り上がった。
◇
親衛隊長就任から数日後、俺のもとに、一人の老齢の魔導士が訪ねてきた。宮廷魔導士長、ヴァイスと名乗るその人物は、開口一番、興奮した様子でこう言った。
「隊長殿、失礼を承知でお伺いしたい。その――『編み目』とやらを、少し見せていただけませんかな」
訝しみながらも、見本にと編んでみせた簡単な模様に、ヴァイスは食い入るように顔を近づけた。しばらくじっと見つめた後、震える声で呟いた。
「……これは。これは、まさか」
「あの、何か問題でも」
「問題どころか! 隊長殿、これは我が国に伝わる古代魔法陣の構造と、驚くほど酷似しております!交差する糸の結び目一つひとつが、まるで魔力の流れを制御する回路のようだ……!」
どうやら、俺が何気なく積み重ねてきた編み目のパターンは、この世界の古い魔法体系――何百年も前に失われたとされる技術――と、根本的な構造がよく似ているらしい。
「これはとんでもない発見です! 隊長殿は、無自覚のうちに、失われた魔法理論を独自に再構築しておられたのやもしれません! ぜひ、詳しく研究させていただきたい!」
ヴァイスの興奮は収まらず、その日以来、事あるごとに俺の元へ通っては、編み目を熱心に記録するようになった。かと思えば、宮廷の会議の場で「編み物ナイト殿の技術は、単なる手芸に非ず、失われし古代魔導の再来である」と、大真面目な顔で力説する始末だった。
あまりに大げさな評価に、当の本人である俺の方が戸惑ってしまうくらいだった。
「いや、ただの趣味なんですけど……」
そう呟いても、誰も本気にしてはくれなかった。もっとも、ヴァイスのその熱弁のおかげで、俺への風当たりは目に見えて和らいでいった。剣も握れない余所者、という陰口は、いつしか「古代魔導を継ぐ者」という、身に余る二つ名に変わっていた。




