第二話 村を救い、ロロを救う
翌朝、俺は考えた。このまま森で暮らし続けるわけにもいかない。人のいる場所を探そう。試しに、小さな編みぐるみのリスを作り、木の実を集めさせてみることにした。これも存外うまくいき、道中の食料調達には困らなかった。
夜露をしのぐための小屋代わりに、大きなドーム状の編みぐるみを作ってみたところ、これが存外快適な野営テントになった。朝露で湿っても、焚き火に翳せばすぐに乾く毛糸の特性のおかげで、余分な着替えを持ち歩かずに済んだ。異世界サバイバルにおいて、編み物という趣味がここまで役に立つとは、転生前の自分に教えてやりたい話だった。
バット丸を伴って歩くこと数日、ようやく街道らしきものに出た。行き交う旅人の一人に声をかけると、怪しむ様子もなく道を教えてくれた。
「王都なら、この道をまっすぐ行けばいいさ。にしても、兄さん、そのでかい生き物……従魔かい? 珍しいな、毛糸でできてるみたいだ」
「まあ、そんなところです」
うまく誤魔化せたことにほっとしつつ、俺たちはその足で王都を目指すことにした。
◇
街道を歩くこと数日、小さな村に差しかかった。村の入り口では、住人たちが不安げに集まって何やら話し込んでいる。
「すみません、何かあったんですか」
声をかけると、年老いた村長らしき男が、疲れた顔を上げた。
「実は、村外れの畑を、夜な夜な魔物の群れが荒らしていてな……。若い衆で見張りを立てているんじゃが、多勢に無勢で、埒が明かんのじゃ」
困っている人を放っておけない性分なのは、異世界に来ても変わらないらしい。俺はバット丸と顔を見合わせた。バット丸も、任せろとばかりに翼を広げる。
「よければ、俺たちで何とかしてみます」
昼間のうちに、俺は畑の脇を借りて作業に取り掛かった。案山子そっくりの人型に、動きを検知すると光る編み目をこっそり仕込む。これまで試した編み目の中から、光と音を発するものをいくつか組み合わせた、いわば異世界式のセンサーだ。
「本当にそんなもので、魔物が退治できるんですかい?」
半信半疑な様子の村の若者たちに、俺は苦笑しながら答えた。
「退治じゃなくて、追い払うだけです。派手に脅かしてやれば、案外あっさり逃げてくれると思いますよ」
その夜、畑の脇に身を潜めながら、俺は完成した案山子の編みぐるみを、畑の四隅に立てた。
案の定、日付が変わる頃、闇の中から小型の魔物の群れが姿を現した。畑に足を踏み入れた瞬間、案山子たちが一斉に光り、大きな音を立てて騒ぎ立てる。驚いて右往左往する魔物たちを、待ち構えていたバット丸と、急遽編み上げた毛糸の番犬たちが取り囲んだ。
翌朝、荒らされることのなかった畑を見て、村人たちは涙を流して喜んだ。特に子供たちは、案山子役を務めた編みぐるみが大のお気に入りになったようで、しばらくの間、俺の周りにまとわりついて離れなかった。
「お兄ちゃん、これ、僕にもくれる?」
「これは畑を守る大事な役目があるから、村に置いていくよ。その代わり――」
俺は残っていた毛糸の切れ端で、小さなひつじのブローチを手早く編んで、子供たちに手渡した。両手いっぱいに抱えて喜ぶその顔を見ていると、こちらまで胸があたたかくなった。
村長は御礼にと、旅に必要な食料や毛布を分けてくれた上、こう付け加えた。
「兄さん、その力……王都でならもっと役に立つじゃろうよ。ぜひ、王様に会って来なされ」
その言葉に背中を押されるようにして、俺たちは再び王都への道を歩き始めた。ちょっとした村での一件が、まさか後々、俺の運命を大きく動かすことになるとは、このときはまだ知る由もなかった。
◇
王都までの道のりの途中、街道脇で悲鳴が聞こえた。
「誰か、誰か助けて! ロロが、ロロが暴走して……!」
若い女性が半泣きで叫んでいる先には、体長二メートルはあろうかという大きな犬型の魔獣が、ぐるぐると唸りながら暴れ回っていた。近くの荷馬車が跳ね飛ばされ、積み荷が街道に散乱している。よく見ると、首には飾りのついた首輪――誰かの従魔らしい。
「何があったんですか」
「分からないんです……! いつもは大人しい子なのに、急に苦しみだして……!」
女性の声は震えていた。ロロと呼ばれた魔獣は、何かに怯えるように、闇雲に前脚を振り回している。
「あれは、討伐対象じゃない。誰かの大事な相棒だ」
剣なら、迷わず斬り伏せるところだろう。だが、それでは飼い主の女性が悲しむだけだ。俺は素早くかぎ針を握った。
「拘束する。傷つけずに、な」
太めの毛糸を選び、頑丈な網目を編み上げていく。編み上がった網は、光りながら実体化し、そのまま暴れる魔獣めがけて広がった。網は魔獣の四肢に絡みつき、ぐっと締め上げる。
「よし、捕まえた……!」
だが、締め付けが強すぎたのか、魔獣は苦しそうに悲鳴を上げ始めた。このままでは、拘束具のはずが、逆に傷つけてしまう。
「くそ、加減が……!」
そのとき、ふと思いついた。編んで作ったものなら――ほどけば、元に戻るんじゃないか。
網の端、最初の一目を見つけ出し、かぎ針の先でそっと引く。するすると毛糸がほどけ、網全体の締め付けが、少しずつ緩んでいった。魔獣の呼吸が、次第に落ち着きを取り戻していく。
「……そうか。編んで生み出せるってことは、ほどいて解除できるってことでもあるのか」
新しい発見に、思わず声が漏れた。力加減ひとつで、加害にも救済にもなる。そのことを、身をもって思い知った瞬間だった。
程よく緩んだ網の中で、大人しくなった魔獣を見て、飼い主の女性が駆け寄ってきた。
「ロロ……!よかった、本当によかった……! ありがとうございます、あなたは命の恩人です!」
涙ながらに感謝され、俺は照れくさくなって頭をかいた。
「たまたま、うまくいっただけです」
でも、この一件で、俺は自分の力について、また一つ大事なことを学んだ。編んで生み出す力は、殺すためだけの力じゃない。ほどいて、守るための力にもなるんだと。




