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4、真鍮の航海筒

このお話はムーンライトノベルズに掲載中の

【R18】人質同然だったのに何故か普通の私が一目惚れされて溺愛されてしまいました

https://novel18.syosetu.com/n9568hg/

の登場人物、炎のセイレーンこと、ヘリュ・イリニヤ・ヴィルッキラが主役のスピンオフ作品です。

とはいえ、この話単品でも全然読めます。


R18のTL小説ですが、世界観の補完目的で読むとより世界に奥行きが見えて楽しんでいただけるかと思います。

是非是非ご一読下さいませ。

 朝の眩しい日の光が、瞼を撫でる。

 ヘリュは薄い意識の中で隣にいるはずのイリニヤへと無意識に手を伸ばした。

 その手の平が触れたのは、太く粗い手触りのロープだった。

 その手触りでぼんやりと思う。

 ……ああ、そうか……。もう買い物行かなくていいんだ……。

 そう思考したら一気に昨夜の出来事を思い出して、意識が覚醒した。

 目の前には船室の窓があり、そこから見える空は薄いオレンジと綺麗なピンク色のグラデーションを描いていた。

 背後のエサイアスはハンモックから片足を投げ出していびきを掻いて寝ている。

 そろそろ肌寒さも幾分収まってきたので、毛布を丁寧に畳んでそれを持って静かに船室を出た。

 上甲板へ続く階段を昇ると、毛布を貸してくれた少尉が他の船員達と雑談をしていた。

 ヘリュに気が付いた少尉は手を上げて声をかける。

「やあ、お前……、ヘリュ、だったか? よく眠れたか?」

「はい。これ、ありがとう」

 ヘリュは畳んだ毛布を少尉に手渡した。

「まだ風が冷たいが大丈夫か?」

「大丈夫」

 少尉は毛布を受け取ってヘリュの頭を撫でた。

「これから大変だろうが、頑張れよ」

「ありがとう」

 ヘリュは頭を下げてお礼をし、また上甲板を降りた。

 そして船室へ帰り、扉を開けるとエサイアスは既に起きていてハンモックから降り、大きなあくびをしながら伸びをしていた。

「ヘリュ、もうじき王都だ。そこで陸に上がってまずは服買うぞ。俺もお前もひでえ恰好だ」

 ヘリュのワンピースもエサイアスのシャツもイリニヤの血を吸って乾き始め、布地を硬くしてしまっていた。

「……師匠、私、お金がない」

「そんなこたぁわかってるよ。もちろんタダじゃねえ。お前は俺のねぐらで家事しろ。そしたら食わせてはやるよ」

「わかった」

 そう返事した所で部屋の扉のノックが鳴った。

 エサイアスは扉の向こう側に向かって返事をした。

「なんだ?」

「そろそろ王都が見えてきましたので、お呼びしました」

「おう。ご苦労さん」

 エサイアスは帯刀ベルトを手慣れた手付きで素早く装着し、そこにカトラスを二本すっと左右に差すとヘリュに声をかけた。

「おし、行くぞ、ヘリュ」

 ヘリュは頷いて歩き出したエサイアスの後に続く。

 船室を出ると、確かに遠くに岸が見えていた。

 ヘリュは南国の島の育ちではあるけれど、実は小舟にすら乗った事がなかった。

 もちろん、馴染みの娼婦の子達と海で泳いだりはしたけれど、船を持つ漁師達はヘリュ達娼婦の子供を決して乗せなかったから。

 初めて乗った大きな帆船から眺める岸は、自分が知る漁港の長閑な景色とはまるで違っていた。

 背後の海兵達が慌ただしく着岸の準備を始めているのを感じながら、岸のその賑やかな様子をじっと目を凝らして見つめる。

 まず岸に見えるのは大きな海に半分浮かんだ城。

 その隣の港へと近づくにつれ、様々な大きさの船が所狭しと雑多に着岸しているのが見えた。

 空き待ちの船2、3隻浮かんでいるのを横目に見ながら、ヘリュの乗った軍船は港へと進んで行った。

 船着き場の大きく空けられたスペースに軍船が着岸し、錨が下ろされ桟橋が渡される。

 それを見たエサイアスはさっさと歩きだした。

 ヘリュはその後を付いて歩く。

 道すがら毛布を貸してくれた少尉にエサイアスが声をかける。

「おう、少尉殿。世話んなったな」

「は、こちらこそお世話になりました。お気をつけて」

 ヘリュも少尉に声をかける。

「毛布、ありがとう」

 少尉はその言葉ににこりと笑った。

 桟橋を渡り、石畳の港に降り立つ。

 そこには様々な人達が行き交い、働いている。

 ヘリュが見た事もないような衣装の人達もちらほらといた。

 雑多な木造の倉庫群が立ち並んだ土埃と磯臭いエリアを抜けて、さらに進むと朝獲れたばかりの魚介類や近隣諸島から運ばれたヘリュにとって馴染みの色鮮やかな果物類、豆や雑穀類など、船から降ろされてすぐの商品が所狭しと並べられ、売り買いされていた。

 その活気ある様子は島とは比べ物にならなくて、思わず色んなものをきょろきょろと見渡して、どんどん進んでいくエサイアスを見失いそうになった。

 急いでエサイアスを追いかけると、その周辺は家屋の店が立ち並ぶ、石畳が舗装されているエリアにやって来た。

 エサイアスはヘリュを振り返り、親指で右側にある店の扉を指した。

「ここ入んぞ」

 ヘリュが頷くとエサイアスはその店の扉を押し開ける。

「おうニーロ! 元気でやってるか?」

 そう景気よく声をかけると、店のカウンターの前の不愛想な禿げた男が不機嫌そうにエサイアスを見た。

「なんだ、セイレーンか。まだ死んでなかったのかよ」

「ははっ! ご挨拶だな。ま、生き汚いのはお互い様だ」

「おめえにだけは言われたかねえよ。で?」

 エサイアスは胸元に親指を当てて、にかっと笑う。

「まあ、この有様だ。ついでに上下新調しようと思ってな」

「そんなもんは見りゃわかる。そっちのチビのこった」

 ニーロはヘリュを顎で指したが、視線はエサイアスに固定したままだった。

「ああ、こいつの分も頼むわ」

「あ゛? ガキの女もんなんざ取り扱ってねえぞ?」

「いや、こいつもイーヴァリと同じもんでいい」

 その言葉を受けてニーロは初めてヘリュと視線を合わせた。

「…………こいつも弟子にすんのか?」

「まあな」

「…………お前、名前は?」

「ヘリュ・イリニヤ・ルンド」

 男はヘリュの頭の先から足の先まで見分するように眺めると、ヘリュの前に立って屈み、ヘリュの両の足の甲に触れた。

「こりゃイーヴァリよりちょいチビな位か。まあ、この辺のサイズならある。待ってろ」

 ニーロはそう言うと、店の奥へと入っていった。

 その間、エサイアスは店の壁に飾られた革製の籠手や胸当て、帯刀ベルトを見ていた。

 エサイアスのその動きについ反応してそちらに視線をやると、エサイアスの後ろにある貴金属を扱う一角に気が付いて、それをじっと見つめた。

 ヘリュはその一角から目を離す事なくエサイアスに言った。

「……師匠。お願いがある」

 エサイアスはヘリュの方を見て訊ねる。

「あ? なんだ?」

 ヘリュはつかつかとその貴金属の一角へと行き、真鍮製の小指の第一関節ほどの大きさの小筒を指した。

「これが欲しいんだ」

 エサイアスはヘリュを見下ろし、しばらく見つめ、そして屈んだ。

「そうだな。ちょうど今、金はある。で、女に光りもんをおねだりされた訳だ」

 ヘリュは同じ高さのエサイアスの視線を真っすぐ受け止めた。

 そんなヘリュにエサイアスは嗤う。

「いいぜ、買ってやるよ。こりゃ『女』のお前への手付だ」

 エサイアスは立ち上がり、ヘリュが求めた真鍮の小筒を手に取った。

 そのタイミングでニーロが奥から戻ってきて、エサイアスに声をかける。

「セイレーン、おめえはこれでいいか?」

 ニーロは片腕に大人の男用の白いギリーシャツとこげ茶のブリーチズを掛けてやって来て、それをエサイアスに投げて渡した。

 エサイアスはそれを片腕でキャッチする。

「ああ、十分だ」

 エサイアスはそれを持って店の片隅に積んである木箱の後ろへ移動した。

「ヘリュ、お前さんはこっちだ」

 ニーロは背を向けてまた店の奥に入っていく。

 ヘリュはニーロの後を追って店の奥に入った。

 店の通路の壁際には所狭しと木箱が積まれてある。

 その木箱の前を通り過ぎるとその奥の小部屋にニーロが入っていく後姿が見えたのでヘリュもその部屋に入る。

「これ着てみろ。着替えが終わったら表に来い」

 ニーロは子供サイズの白いギリーシャツと赤茶のブリーチズと革の籠手とブーツの置いてある椅子を指すと部屋を出て行った。

 ヘリュはその服に着替える。

 初めて履く長めのブーツに少し苦戦したけれど、なんとか全て着る事が出来たので、今まで着ていたワンピースを持って表に戻った。

 既に着替え終えたエサイアスとニーロがこちらに視線を寄越す。

「ちょっとでかいか。でもまあ、ガキはすぐにでかくなんだろ」

 着替えたヘリュを見てニーロはそう言った。

「ダメだ。他はいいが足はダメだ。ニーロ、調整してくれ。すぐに」

 エサイアスがそう言うとニーロはヘリュの元へ行く。

「だとよ。靴脱げ」

 そう言われてヘリュはその場で座り込んでブーツを脱いだ。

「それどうすんだ? 捨てとくぞ?」

 座るヘリュの横に置かれたワンピースへと視線をやったニーロは訊ねる。

 ヘリュはワンピースのポケットから採取用の小刀を取り出すと、イリニヤの血の付いた胸辺りを少しだけ裂いて切り取った。

 そしてワンピースとブーツをニーロに渡す。

「ありがとう」

 ニーロはワンピースとブーツを受け取るとまた店の奥へと入っていった。

 そしてヘリュは店のカウンターに置いてあるエサイアスに買ってもらった真鍮の小筒にイリニヤの血の付いたワンピースの切れ端を丸めて入れた。

 そして捩じ込み式の蓋をしっかりと閉める。

 エサイアスは腕を組んで壁に凭れ掛かりながらその様子を眺めた。

 そして貴金属の一角の上にまとめて吊るしてあった細いこげ茶の革紐を一つ取り、ヘリュから小筒を奪い取ると筒の通し穴に革紐を通した。

 ヘリュの前で屈んで、その革紐を首にかけてやる。

「似合ってるぜ」

 そう言うとヘリュの頭を一つ撫でて、立ち上がった。

 ヘリュはその小筒をシャツの内側にしまい込む。

 そんなヘリュから視線を外して店の奥に大きな声をかける。

「おいニーロ! ちょっと飯行ってくるわ!」

 ニーロはすぐに奥からやって来て、ヘリュが履いていたサンダルを持ってきた。

「まあ、昼前だな」

「おう。行くぞ、ヘリュ」

 店の扉を開けて出て行くエサイアスの後に付いて、ヘリュも店を出た。

「とりあえず飯食うか。さて、何食うかね」

 つかつかと歩いていくエサイアスの後について行く。

 店のある通りは店が乱雑に立ち並び、たくさんの人が行き交っていた。

 エサイアスはその通りから外れ、辻に入り、もう一つ向こうの通りへと向かう。

 その通りは先ほどの通りとは違って土を踏み固めただけの無骨な街道を、人や荷馬車が土埃を巻き上げて行き交っている。

 ここでも道の両端に天幕の下で商売する店がずらりと並んでいたが、取り扱ってるものが違う。

 大きな肉の塊を焼いて、それを削いで売っていたり、色や形の様々なパンが並んでいたり、アクセサリーを扱った店があったり、簡単な短剣や武器を取り扱ってる店があったりと雑多で色々だ。

 ヘリュはそれをきょろきょろと見てしまう。

 南国の島で育ったヘリュには馴染みのない物ばかりだったから。

 エサイアスは少し開けた広場に並ぶ一つの店の天幕の下に入る。

「よう、シーラ。なんか食わせてくれ」

「あら、エサイアスじゃないの。ご無沙汰ね。あら? そっちの子は女の子じゃない。あんたとうとう子供にまで手ぇ出したのかい?」

 赤く熱せられた炭がたくさん入れられた野火架(のびか)の前で肉を焼く年嵩で白髪交じりの女がエサイアスを見て笑った。

「ちげえよ。弟子だ。なんか適当に出してくれ」

 エサイアスはそう言うと、店の前の広場にたくさんある荒架台(テーブル)の一つに腰を掛けた。

 ヘリュもエサイアスの前に座る。

 「ヘリュ。飯食ってお前の木剣買って、靴受け取ったらまた船だ。でもまあ、次はグラまでだからな。定期船で半日だ」

「グラ?」

「グラナド港だよ。ロカモア領にある。俺のねぐらだ」

「わかった。……師匠? 師匠はなんで時々『セイレーン』って呼ばれてるの?」

 そう訊ねたタイミングで大きな樽杯が二つ、ヘリュ達の前に置かれた。

「そりゃ、この男が4代目『炎のセイレーン』だからだよ」

 シーラはにかりと笑ってエサイアスに代わって答えた。

「『炎のセイレーン』って……、確か海賊女王の二つ名だよね?」

 ヘリュはシーラの方に顔を向けて訊ねた。

「そうだよ。この国の開国の祖、アルフヒルド・ベリト・グランクヴィストの剣士としての二つ名さ」

 このグリムヒルト王国の興りは海賊だ。

 ヴィスト海賊団というヴィンザンツ大陸の海賊達がこの辺りを根城にしたのが始まりだとされている。

 その開国の祖、アルフヒルド・ベリト・グランクヴィストは海戦で負けなし、たった一人で敵船に乗り込み、制圧したというグリムヒルトの海の民なら誰もが知る伝説の女傑だ。

「その剣技を受け継いでるのが、この男さ」

 エサイアスは無関心にシーラの言葉を聞きながら樽杯を手に取ってそれを呷った。

おっさん同士の会話を書くのがとてもとても好き。

と言ってもエサイアスは現在28歳です。


読んでくださってありがとうございます。

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