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5、軍港崩れの町

このお話はムーンライトノベルズに掲載中の

【R18】人質同然だったのに何故か普通の私が一目惚れされて溺愛されてしまいました

https://novel18.syosetu.com/n9568hg/

の登場人物、炎のセイレーンこと、ヘリュ・イリニヤ・ヴィルッキラが主役のスピンオフ作品です。

とはいえ、この話単品でも全然読めます。


R18のTL小説ですが、世界観の補完目的で読むとより世界に奥行きが見えて楽しんでいただけると思います。

是非是非ご一読下さいませ。

 食事を終え、木剣を武器屋で二本買い、ニーロの店で調整された靴と帯刀ベルトを受け取って、エサイアスとヘリュは、ロカモア領へ向かう定期船に乗った。

 王都の北に位置するロカモア領最大の商業港ククーニュに二人は降り立つ。

「師匠。私はまだ何も習ってないのに腰に差してていいの?」

 木剣を左右に差して歩くヘリュがエサイアスに訊ねた。

「ああ。常に剣がある事に慣れろ。寝る時以外は外すな」

 両差しの木剣はカトラスと同じで大して長いものではないけれど、それでも子供のヘリュにとっては長く、重く感じられた。

 歩く度に刀身同士がぶつかり合って音を立て、腰が左右に振られる。

 これに慣れるにはしばらくかかりそうだ。

 定期船の集まるエリアから、漁船の船着き場へと進んでいく。

 エサイアスは停泊する船の上で網を片付ける若い男に声をかけた。

「済まねえが、グラまで行っちゃくれねえか?」

 若い男はその声に顔を上げる。

「ああ、構わねえよ。乗りな」

 エサイアスは軽く飛んで船に乗り、振り返ってヘリュに手を差し伸べた。

 ヘリュはエサイアスの意図を測りかねてその手を取る事を躊躇する。

「さすがに今さっき差したトコだ。無理すんな」

 確かに子供のヘリュには船まで少し距離がある。

 腰に差した木剣がどう動くかまだ掴めてないのでやはり怖い。

 少し迷ったが、素直にエサイアスの手を取った。

 ヘリュが飛び移るのに合わせ、エサイアスはその腕を引いた。

「じゃあ、行くぜ」

 若い男は木製の回転座の取っ手を握り手慣れた様子で錨を巻き上げた。

 そして向き直り、櫂の持ち手を握って沖へと漕ぎ出す。

 船の揺れに足を取られそうになったのでヘリュは急いで梁の上に腰かけた。

「師匠。グラってグラナド港って言うんでしょ? どんな所?」

 腕を組んで立っているエサイアスを見上げて訊ねる。

「元はロカモア領海軍の軍港だったが廃港になったんだ。そこに居残った奴らが細々と暮らしてる鄙びた漁港だな」

「王都には住まないの?」

「王都はダメだ。波が単調過ぎる」

 ヘリュはエサイアスの言葉の意味がわからなかったが、見上げたエサイアスの表情はそれ以上答えてくれる気がなさそうだったので訊かなかった。

 時間はもうそろそろ夕暮れ時。

 いつもだったら、森に入る位の時間だな、と思う。

 ヘリュの育った島は四方が海だったので日は海に沈んでいったが、本土では陸地に日が沈んでいく。

 少しずつ、燃やすように日が山を染め上げている。

 そのそびえ立つ山の赤い様子と空のオレンジ色を眺めていると、不思議な気持ちになった。

 そうして黙って景色を眺めている間も、エサイアスはずっと腕を組んで微動だにせず立っている。

 若い男が櫂を手放し、マストに掛かるロープを目一杯引っ張ると帆が広がった。

 帆は風を孕み、滑る様に陸沿いの海原を進んでいく。

 しばらくすると、陸の方に船着き場が見えた。

 若い男は帆を畳み、再び櫂を握って船着き場を目指して漕ぎ出す。

 じきにその船着き場に辿り着いた。

「兄ちゃん、ありがとな」

 エサイアスはそう礼を言うと若い男に銅貨を5枚ほど渡し、船を降りる。

 ヘリュも立ち上がってエサイアスの後を追う。

 また陸からエサイアスは手を差し伸べた。

 今度は躊躇する事なくその手を取って腕を引いてもらう。

 若い男はそのまま停泊する事なくククーニュ港へと戻っていった。

 エサイアスがそのまま港沿いを歩き出したので、それについてヘリュも歩き出す。

 海沿いには石造りの妙に頑丈そうな物置が規則正しく並び、その奥にはやはり同じ様に均一に建てられた石造りの人家が建っていて中には明かりが灯り、人の生活の気配がした。

 それを横目に見ていると、漁港から離れて少し先の海の上に大きな帆柱が連なって立っているのが見えた。

 船かと思ったが、どうも今まで見てきた船の様子とは明らかに違う。

 その帆柱は3本ほどあり、帆柱は互いに複数のロープで繋がれている。

 進んでいくと海面が見えてその帆柱が大きないかだの上に立っている事がわかった。

 いかだの上にはその帆柱の他に小さな3階建ての家屋と少し開けた場所がある。

 エサイアスはそのいかだに飛び乗って、またヘリュに手を差し伸べた。

 ヘリュがその手を取った時、家屋の中からヘリュと同じくらいの年頃、濃藍の髪色でエサイアスと同じ様にざんばらに伸ばした髪を後ろに簡単に束ねた男の子が出てきた。

「お、エサイアス、帰ったのか!」

 エサイアスはヘリュの手を引きながら男の子に答えた。

「おう。お前ちゃんと言った事こなしたんだろうな?」

 男の子はエサイアスに笑いかける。

「やったよ? サボってないって! で、そいつ何?」

 ヘリュはいかだに飛び乗って初めて男の子の方を見て、目が合う。

 男の子は目を見開いてヘリュをまじまじと見つめ返した。

「何こいつ! 女みたいな顔してんじゃん!」

「女だよ。こいつはヘリュ。お前の妹弟子だ。ヘリュ、こいつはイーヴァリ。お前の兄弟子だ」

 エサイアスに紹介され、ヘリュは男の子に軽く頭を下げた。

「今日からよろしく」

 イーヴァリはヘリュの前に立って目を輝かせる。

「お前めっちゃ顔可愛いな! めちゃくちゃ好みの顔だわ!」

 エサイアスは後ろからイーヴァリの頭に掌を置いてぐりぐりと撫でまわした。

「イーヴァリィ~? ヘリュに手ぇ出したら殺すからな?」

 イーヴァリはエサイアスの手を振り払う。

「は? なんでだよ? 恋愛は自由だろ? 師弟とか関係ないしっ! 大体エサイアスだって町で女買いまくってるじゃんか!」

「ヘリュにはもう手付払ってんだ。残念だったな。で? なんか飯あんのかよ?」

「無いよ。もう金もない」

 エサイアスは呆れ果てた表情でイーヴァリを見た。

「はぁ~? お前、たった5日で全部使ったのか?! かぁ~っ! ったく、しゃあねえな。二人とも飯行くぞ!」

 エサイアスは再びヘリュの手を取ろうとしたが、イーヴァリが先にヘリュの前に手を出す。

 ヘリュは顔を上げイーヴァリへと目をやり、じっと見つめた。

 イーヴァリはニコニコと笑って手を差し伸べている。

 ヘリュはその様子を少し見つめ、その後ろにいたエサイアスの手を取った。

「は? なんでだよ? なんでエサイアス選ぶんだよ?」

 イーヴァリは不服そうに訊ねるが、エサイアスに引き上げられて陸に戻ったヘリュはそれには何も答えずエサイアスの後に続いた。

 今度は海沿いを離れて内陸へと登っていく。

 イーヴァリが隣で色々と何か話しかけてきたが、殆ど聞いていなかった。

 これから暮らす事になるこの場所の地理を少しでも頭に入れておきたいと思ったから。

 グラナドは民家もパン屋も雑貨屋も万事屋も食堂も酒場も娼宿も、何もかもが雑多にその小さな町の中に混在している。

 だけど、建物だけが異様に石造りで頑丈に整えられて建っていた。

 その町の中心辺りになるであろう、やはり石造りの2階建ての建物の木製の扉をエサイアスは押し開けた。

「よう、バーバラ。変わりはねえか?」

 エサイアスはそう景気よくカウンターの向こうにいた胸の大胆に開いた赤いドレスの女に声をかけた。

「やっと来たわね、エサイアス。その後ろの馬鹿小僧のツケ溜まってるわよ? さっさと払ってね」

「はあ?! お前やった金何に使ったんだよ!」

 エサイアスは後ろのイーヴァリを振り返って怒鳴った。

「え、水買った」

「水汲みサボったのか?!」

「だって面倒臭ぇじゃん」

 言い合う二人の男の横を通り過ぎて、バーバラはヘリュの前にやってきた。

「なに? あんた女じゃないの? なんでそんな成りしてんの?」

 ヘリュはバーバラを真っすぐ見上げて答える。

「うん、女だよ。でもエサイアスの弟子にして貰った。ヘリュって言う。よろしく」

「……ふ~ん、そう。私はバーバラよ。よろしく」

 バーバラはヘリュの背中を押してカウンターの真ん中の席に導いた。

 エサイアスとイーヴァリもその後に続く。

 バーバラはヘリュを席に着かせるとカウンターの内側に戻って樽杯を3つ、後ろの棚から出す。

「ヘリュ? 何食べたい?」

「は? 俺、そんな優しく何食いたいか聞かれた事ねえって!」

 イーヴァリが苦情を言うが、バーバラは完全に無視している。

 ヘリュはバーバラに少し笑って答えた。

「この辺りの事、全然知らないんだ。何かおススメのモノを出して欲しい」

「そ。じゃあ、ロカモア領名物の羊肉でいい?」

 バーバラが樽杯に葡萄水を注ぎながらヘリュに訊く。

「うん、それでいい。ありがとう」

「俺もそれにしてくれ」

「俺も俺も!」

 テーブルに樽杯を置くバーバラは溜息を吐きながらヘリュを見た。

「こんな馬鹿な男達と暮らすなんて大変だよ? 剣士になるのやめたらうちおいで。あんた別嬪だから売れっ子になるよ」

 ヘリュはバーバラの置いた樽杯を手に取って少しだけ笑う。

「私は娼婦には向いてないから。きっと売れっ子にはなれない」

 バーバラは一瞬驚いた表情を見せて、ヘリュに訊ねた。

「……なんでそんな事がわかるの?」

「母さんが娼婦だったんだ。でも私は母さんみたいに上手く人あしらいが出来ない」

 その言葉でバーバラは全てが腑に落ちた様子でヘリュの頭を撫でた。

「ははは。そりゃ娼婦には向いてないね。娼婦じゃなくてもいいから、困ったらいつでもおいで」

「ありがとう」

 エサイアスはその二人のやり取りを樽杯の糖酒を呷りながら黙って聞いていた。

「へえ、お前親いたんだ」

 イーヴァリはやはり樽杯の葡萄水を呷ってヘリュに言った。

「……イーヴァリは?」

 初めてヘリュが自分に興味を持ったことが嬉しいのか、饒舌に語りだした。

「俺、親元々いねえよ? 領都の裏通りに捨てられたんだ」

「……なんで、エサイアスの弟子になったの?」

「え? 戦場で拾われたんだ。領都で孤児狩りがあってさ? ロカモア軍で簡単な訓練して戦争に駆り出されたんだよ。な? エサイアス」

「あ? そうだったか?」

「そうだよ! あれって、サンドバルが来た時だっけ?」

 エサイアスは面倒臭そうに糖酒を呷りながら答える。

「あいつらしょっちゅう来るからいちいち覚えてねえ」

「なんだよ、適当だな! で、俺は親がいねえから、継名はエサイアスからもらって、イーヴァリ・アス・ネスにしたんだ! 格好良くねえ?」

 アスはエサイアスの略称、ネスは恐らく孤児の収容施設の名前なのだろうと思い至る。

 ヘリュは樽杯を両手で取ると、口をつけて葡萄水を呷った。

 後ろの階段から足音が聞こえ、男と女が腕を組んで降りてきた。

「お、エサイアスじゃねえか。帰ったのか?」

 エサイアスは後ろを振り返ってニカっと笑いその声に答えた。

「よう、アーロン。お盛んじゃねえか」

「お前が言うなよ。しかしあれだわ。お前がいないと隣町の奴らがのさばりやがる」

 隣の腕を絡めた女もエサイアスに訴える。

「昨日もオルガんトコのロイネを無理やり連れてこうとして大変だったんだから」

「わかったわかった。後でオルガんとこ顔出すわ」

 エサイアスは片腕をあげて前を向いた。

 アーロンはその背中に更に声をかけた。

「ああ、頼むぜ。じゃ、バーバラ、シグネ、また来るわ」

 扉を開けて出て行った。

 「またね~。アーロン」

 シグネは扉に手を振った後、ヘリュの所へ歩み、後ろから腕を回した。

「何この子。なんか可愛い顔した子ね」

「そいつは女だよ。弟子にしたんだ」

 ヘリュは顔を上げてシグネと視線を合わせる。

「ヘリュって言うんだ。よろしく」

「私はシグネよ、よろしくね。ねえ? こんな可愛い顔してるのに剣士になっちゃうの? もったいなくない? 娼婦にならないの?」

 そう言ったタイミングでヘリュの前に羊肉のステーキとマッシュポテトと野イチゴのジャムの乗ったプレートが置かれた。

 それに目をやるとバーバラがシグネに笑いながら答えた。

「ヘリュは人あしらい苦手なんだってさ」

「あ、そりゃ無理ね」

「うん、そうなんだ」

 イーヴァリが女達の会話に割って入る。

「だったら、俺が嫁にもらってやるから! 安心しろよ!」

「イーヴァリ、ヘリュには手付払ってるって言ってんだろうが」

 イーヴァリはヘリュを挟んだ向こうにいるエサイアスに顔を向けた。

「だってどうせエサイアスは女なんてすぐ飽きるだろ? そしたら別に俺が嫁に貰ってもいいじゃん!」

「お前なぁ、人聞きの悪い事言うんじゃねえよ」

 バーバラとシグネは呆れた目で二人を見ながらヘリュに言った。

「……最低ねぇ~」

「ホント、なんかあったらうちおいで」

 ヘリュは二人の女達の心配が少しくすぐったくて、嬉しくて、そして少しだけ、イリニヤを思い出した。

挿絵(By みてみん)

バーバラは娼婦にはなりたくないって返答を聞く事はしょっちゅうあるけど、「向いてない」なんて言った女の子は初めてだったから、驚いた。


読んでくださってありがとうございます。

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