3、更待月
このお話はムーンライトノベルズに掲載中の
【R18】人質同然だったのに何故か普通の私が一目惚れされて溺愛されてしまいました
https://novel18.syosetu.com/n9568hg/
の登場人物、炎のセイレーンこと、ヘリュ・イリニヤ・ヴィルッキラが主役のスピンオフ作品です。
とはいえ、この話単品でも全然読めます。
R18のTL小説ですが、世界観の補完目的で読むとより世界に奥行きが見えて楽しんでいただけると思います。
是非是非ご一読下さいませ。
イリニヤを抱きしめて泣いていると、後ろから声が上がる。
「あ、ほら! な? 見てみろよ。だからガキがいるっつったろ?」
その声にヘリュは振り返る。
二人の男が血に塗れたカトラスを片手に寝室棟の入り口付近に立っていた。
一人は顎髭を蓄えた大柄な男、もう一人は小柄で上半身裸の男。
「お、このガキ良い器量してんじゃねえか。連れてって売るか?」
「今回は皆殺しだって命令じゃねえか。やめとけ。大体その女だって輪姦してから殺したって良かったのにダメだって言われたろ」
そう言われた小柄な男は大きな溜息を吐いてヘリュを見た。
ヘリュはその男を睨め上げる。
イリニヤをぎゅっと抱きしめ、ポケットに手を入れて忍ばせていた採取用の小刀を握りしめた。
「お? ガキがいい面すんじゃねえか」
大柄の男がそんなヘリュを小馬鹿にするように笑う。
小柄な男がカトラスを弄びながらそんなヘリュに近づく。
小刀を握る手に力がこもって、どんどん近づく小柄な男にその切っ先を向けた。
大柄の男は嘲笑い、小柄な男は口笛を吹いた。
「おうおう、ガキィ~? そんなもん向けて俺らを殺ろうってか? 怖いねぇ~」
「でもまあ、火も回ってきたし俺らもそろそろ船に帰んなきゃなんねえ。まあ、死ねよ」
小柄な男のカトラスが振り上げられる。
ヘリュはイリニヤをより一層ぎゅっと抱きしめて、その振り上げられた切っ先を見上げた。
「あ~、お前ら、ちょっと待て」
また違う男の声が二人の男の後ろから聞こえる。
男達は振り返ってその声の主を見た。
「おお、エサイアスか」
「なんだ、あんた今回も来てたのかよ」
エサイアスと呼ばれたざんばらに肩まで伸びた黒髪を簡単に後ろに束ねた無精髭の男は薄ら笑いを浮かべて両手にカトラスを握っていた。
ふぅと軽く息を吐くと、瞬時に二人の男の目の前に現れて、ゆらりとカトラスを振り上げたかと思うと、男達はもう床に倒れていた。
「悪りぃな。今日の俺は公僕だ」
血溜まりになった床に倒れて絶命してる男達に口角を上げてそう吐き捨てた。
ヘリュはその全てを目を凝らして見ていた。
そして今はエサイアスという男を瞬きすらせずに見つめる。
「おいガキ。とりあえず火が回ってきた。さっさと出るぞ」
ヘリュは立ち上がり、イリニヤを抱きしめて引きずろうと引っ張るが、びくともしない。
でもイリニヤを諦める気はなかった。
必死で引っ張っていると、エサイアスが背後に立っていた。
「はあ~~~~~~……っ!!!! 面倒臭ぇなっ!」
そう盛大に吐き捨てるとイリニヤを肩に担ぎ上げた。
「ガキ!! 付いて来いよ?!」
そしてエサイアスは煙の充満する出口へと走り出した。
ヘリュもその後を追いかける。
燃え盛る家から出て、振り返ると生まれた時からイリニヤと二人暮らした家は炎に飲み込まれて真っ赤に燃え上がり、そしてもう崩れ始めていた。
それを目に焼き付けると、もう先に行ってしまったエサイアスの後を追いかけた。
追いついたヘリュにエサイアスが怒鳴るように訊ねた。
「おい、この女どうすんだ?! もう死んじまってるぞ?!」
「この先の三叉路の一番左の道の先まで連れて行って欲しい」
「あ〜~あ、しかしまぁもったいねえ! この女いいケツしてんだよなぁ~~。こいつ娼婦だろ? 生きてりゃ絶対一晩買ったのによ。こんな良い女、王都の上見世にいてもおかしかねぇ」
ヘリュはその言葉には何も答えなかった。
でもそのエサイアスの言葉で少しだけ、理解した。
きっとイリニヤは、知らない事を良い事に安く買い叩かれていた、という事なのだろう。
外から来たお客も、誰も、母の価値を正しく教えてくれなかった、という事だ。
ヘリュの中にとても苦く飲み下すにはあまりにも痛い悔しさが込み上げる。
イリニヤを担いだエサイアスと共に辿り着いたのは、島の漁港とは反対側の入り江。
ここは一度流されると浮かんで来る事は殆どないので、島民は水葬場所として使う。
本当は舟型の棺に遺体を乗せて流すけれど、それは叶わない事はわかっていたから、せめてきちんと弔ってあげたかった。
「で? どうすりゃいいんだ?」
「海に流して」
エサイアスは担いだイリニヤをドボンと海に沈めた。
ヘリュは足元にあるシャイリンバイという甘い香りのする白い大きな花を一輪、手折った。
この花は母が好きだった。
というよりも父が母に何度も贈った花なのだと少し懐かしそうに語っていた事を憶えていた。
そして沈みゆくイリニヤへと餞る。
海に沈むイリニヤをヘリュはずっと眺めた。
そして徐々に沖へと流されていき、遠く見えなくなると、エサイアスを仰ぎ見た。
「おじさん、私に剣を教えて」
エサイアスはヘリュを見下ろして薄ら笑いを浮かべる。
「ははっ。お前、娼婦の子だろ? 幸い女なんだ。体売って稼げばいいんじゃねえのか?」
「私は娼婦には向いてない」
「そうか? 向いてると思うぜ? お前なかなか別嬪だ。手練手管は母ちゃんから習ってんだろ?」
ヘリュはエサイアスを真剣な眼差しで見つめた。
「私は、剣士になりたい」
エサイアスはしばらく睨むようにヘリュを見つめ返した。
ヘリュは瞬きもせず、エサイアスの眼光を受け止め続ける。
ややあって、エサイアスは盛大な溜息を吐く。
「ああ、もうっ! しゃぁねぇなっ! 教えてやる! が、だ?」
エサイアスは初めて屈んでヘリュと目線を合わせた。
そして卑下た笑みをヘリュに向ける。
「一度でも泣き言かましたら、お前、俺の女になれ。金輪際剣なんざ握らず、着飾って化粧の一つも覚えて俺に抱かれろ」
ヘリュはエサイアスの瞳をじっと見つめて答えた。
「わかった」
エサイアスは今度は小さく溜息を吐くと立ち上がってヘリュを見下ろした。
「お前、名前は?」
「ヘリュ。ヘリュ・イリニア・ルンド」
「俺ぁ、エサイアス・ハルド・フェルドだ。あと、俺は『お兄さん』だ。いいな?」
ヘリュは何も答えずじっとエサイアスを見つめる。
エサイアスはくるりと背を向けて来た道を戻り始めた。
ヘリュもその後を追う。
「とりあえず、軍船に戻るかね。他に生きてるヤツもいねえだろうし」
「おじ……、……師匠は、軍の人なの?」
エサイアスは一瞬じっとりとした目でヘリュを見たがすぐに前を向く。
「いんや。俺ぁ、まあ、傭兵だな。今回は軍に雇われた。軍は金払い良くていいんだ」
漁港の方へと歩いていく。
道すがら見たのは、娼婦たちの家の燃える様。
そして、漁港はもう燃え尽きて、見慣れた港の風景は全てが消し炭の様になっていた。
焦げた瓦礫に交じって、見慣れた店の主人や、母の馴染みだった漁師達、そしてその妻や子供達の亡骸が転がっていた。
エサイアスの後を追いながら、ヘリュはその無残な島の姿を目に焼き付ける。
船着き場まで着くと、風体の良くない男達が縄で繋がれてグリムヒルトの軍船に乗せられていた。
エサイアスは軍服を着た男に声をかける。
「よう、少尉殿。奥まで行ってみたが生きてたのはこのガキだけだったぜ」
「ああ、セイレーン殿か。ご苦労様です。ではその子供はこちらで保護します」
「いんや。こいつも報酬でもらう」
「は?」
「ちょうど弟子と打ち合う相手が欲しかったし、後はまあ、育てて食うわ」
少尉はしばらくエサイアスを思索するように見つめた後、ヘリュの方を見た。
「……お前は、それでいいのか?」
ヘリュは少尉にこくりと頷く。
少尉はやはりしばらくヘリュを見つめた後、エサイアスの方に向き直る。
「わかりました。ではその子供の事はお任せします」
「おう」
ヘリュは少尉に訊ねる。
「……私の他に、生きてた人はいないの?」
「……残念だが、いない。かなり周到に用意していたようだったからな。襲撃から逃げても火に巻かれて死んだ奴も多い。船も小舟から小型船まで全部潰してから事に及んだようだ」
その言葉を聞いて、ヘリュは昨日の井戸端でキョロキョロと辺りを見渡していた男の事を思い出す。
あれはきっと斥候だったのだろう。
あの時自分がその事に気が付いて大人達に伝えていれば何かが変わったかもしれない、そう思うと自然に拳が握られ、手の平に爪が食い込む。
「で、少尉殿。半金はすぐにもらえんのか?」
「ああ、その前に大尉がお話があると仰ってました。船室までお越しくださいとの事です」
「へいへい。おい、ヘリュ! 行くぞ!」
エサイアスは少尉の横の渡し板を登って、軍船に乗り込んだ。
ヘリュもその後を追って軍船に乗り込む。
こんな大型船に乗ったのは初めてで辺りをきょろきょろと見渡す。
大きな帆がはためき、マストや帆にかかったロープは風に揺らされていた。
「お前はここで待ってろ」
船尾にある船長室のドアノブに手をかけてエサイアスは振り返って言った。
「わかった」
エサイアスはヘリュに一瞥をくれる事も無く船長室に入っていく。
その間にどんどん罪人達が船倉の一番奥へと押し込められ、それが終わると簡易の軍服を着た男達の手で出港へと向けて着々と準備が整えられていった。
その様子を眺めていると、エサイアスと軍服を着た男が一緒に部屋から出てきた。
「では、出港しますがよろしいかな?」
「ああ、構わねえ」
ヘリュはその言葉にトクンと胸が小さく鳴ったのを感じ、島へと視線を向ける。
エサイアスの横にいる男が腕を上げると、他の男達が次々に号令をかけ合いそして錨が上げられる。
船は少しずつ陸から離れていく。
ヘリュはもう面影も残らない程焼けて無くなった故郷を目を逸らす事無く、見つめ続けた。
エサイアスがヘリュの背後に声をかける。
「俺ぁ下の客室にいるわ。お前も飽きたら来い」
ヘリュはその言葉には何も答えずただ島を眺めた。
エサイアスもまた、ヘリュの返事を待つ事もなく、さっさと甲板を降りていく。
どんどん小さくなっていく島を眺め続けていると、先ほどの少尉がノースリーブのワンピースを着てるヘリュを気遣って小さな毛布を肩にかけてくれる。
それにお礼を言って、また故郷を見つめる。
次第に島が見えなくなり、もう大海原を月明りが照らす景色になる。
ヘリュは甲板を降りてエサイアスのいる客室に向かい、その扉を開けた。
エサイアスはハンモックの上で酒瓶から直接糖酒を呷りながら部屋に入ったヘリュを見た。
「今日はもう寝ちまえ。朝には王都で降りるぜ」
「わかった」
ヘリュは狭い部屋の片隅に腰を下ろして、束ねられた太いロープに体を預けた。
そしてエサイアスに背中を向けて船室の窓に目を向けた。
エサイアスは自身の一番手近に吊るされたランタンの灯りを絞る。
辺りが薄暗くなると、船室の窓から更待月が覗いていた。
その月明りが仄かに海を照らして、潮目をキラキラと照らし出す。
気が抜けるとふとイリニヤの最後の言葉が頭によぎる。
憂いの薄れたイリニヤの笑顔はとても優しく柔らかくて、娘ながら思った。
ああ、母さんはとっても綺麗だな、と。
あの時確かに自分達親子は船出を夢見た。
こんな風に船に揺られて外海へと繰り出す夢を見た。
それは本当に数時間前の事で、自分にとっての船出がこんなにも早く、こんなにも悲しく辛いものになるなんて思ってもみなかった。
イラもユホも他の子達も、そして先生も、ミロもイラリも、皆死んでしまったのだと思うと胸の辺りがギュッと鷲掴みされた様に痛んだ。
その瞬間、目頭が熱くなる。
だけど、歯を食いしばり体を丸めて、全身に力を籠めた。
それでも涙は勝手に溢れてくる。
だけどエサイアスに気付かれたら剣を教えてもらえない。
絶対に声を漏らさない様に顔を毛布に埋めて鼻を啜る事すら耐えた。
背後のエサイアスが寝返りを打つ気配がする。
海のリズムに合わせて軋む梁の音と海原を掻き分ける唸る波の声が、ヘリュの小さな嗚咽を打ち消してくれた。
肩に担いでヒップを触るので、「物凄くいいな、このケツ」と思ってしまったエサイアスさん。
読んでくださってありがとうございます。
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