表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能令嬢として隣国に売られましたが、私の料理を食べたら“限界突破”します。婚約者の執着が重すぎて困っています  作者: はりねずみの肉球


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/6

第2章:料理が変える戦場

シーン1:専属命令と、私の反発

朝が来るたびに、この城の空気は変わる。


エルフェンの朝は靄がかかっていて、どこか夢の続きみたいだった。でもグランディアの朝は違う。夜明けと同時に空気が張り詰めて、城全体がぱきっと目を覚ます。衛兵の交代、馬の蹄の音、遠くの鍛錬場から聞こえる剣戟。すべてが規則正しく、すべてが目的を持って動いている。


そういう場所だ、と三日でわかった。


無駄を嫌う男が治める城は、無駄を許さない空気で満ちている。


「……ぐるる」


「わかってる。起きてる」


パフが枕の横で丸まったまま鼻を鳴らした。こいつの体内時計は完璧で、毎朝私が目を覚ます五分前に必ずぐるぐる言い始める。最初は鬱陶しかったけれど、今は頼りにしている自分がいる。


起き上がって、窓を開けた。


中庭のハーブが朝露に濡れている。ローズマリーの香りが上がってくる。


今日は何を作ろう、と考えながらローブを羽織った。厨房に行く前に今日の食材を確認したい。昨日、料理長のガルドさんから今週の納品リストを見せてもらった。鴨肉が入る。根セロリ、スターアニス、赤ワインビネガー。あと、珍しいところでは南方産の黒胡椒が少量。


脳内で組み合わせが動き始める。


これが私の好きな時間だ。包丁を持つ前の、設計図を描く時間。


扉をノックする音がした。


「リリア様、アルヴェルト様がお呼びです」


執事のハロルドだった。七十に近い老人で、白髪を綺麗になでつけ、常に背筋が伸びている。三日間観察したところ、この人は感情を顔に出さないが、眉の左側だけが状況によって微妙に動く。


今、眉の左側が下がっている。


「……何かあったんですか」


「詳しくは旦那様から」


不吉な一言を残して、彼は去った。


アルヴェルトの執務室は、城の東棟にある。


扉を開けると、彼はすでに机の前に座っていた。書類の山の中で、一枚一枚を目で追いながら羽ペンを動かしている。私が入っても顔を上げない。


「座れ」


父と同じ言い方だ、と思った。でも父の「座れ」は無関心で、彼の「座れ」は違う。情報処理中の人間が作業を止めずに出す指示だ。同じ言葉でも、質が違う。


私は椅子に座った。パフが袖から顔を出して、室内を観察している。


一分後、アルヴェルトが書類を置いた。


「お前を、専属として囲う」


「……専属」


「料理の。毎朝、昼、夜の三食を私に作れ。加えて、騎士団への定期的な提供も担当する」


私は黙って彼を見た。


眼鏡をかけていない目。灰青の瞳。感情の乗っていない顔。でも三日間、この顔を観察してきた私には分かる。口の左端が、ほんの一ミリ、下がっている。


「……昨日より体の調子はどうですか」


「関係ない」


「関係あります。私が聞きたいのは、この依頼が純粋に合理的判断から来ているのか、それとも別の理由があるのか、ということです」


「合理的判断だ」


「本当に?」


「お前の料理を食べた使用人の作業効率が三日間、平均で一・七倍になっている。データが出た。合理的に判断した結果だ」


一・七倍。


彼が数字を持ち出すのは想定内だった。でも「三日間追跡していた」という事実が、私の心の中で小さな警報を鳴らした。


注視されている。


「条件があります」


「昨日の条件は承諾した」


「追加です」


「聞こう」


「私は料理人としてではなく、あなたの婚約者として、この城にいます。料理は私が自分の意思でする。命令されてするものじゃない」


沈黙。


「……意味の違いを説明しろ」


「結果は同じかもしれません。でも意味は全然違います。私が『作りたいから作る』と、私が『作れと言われたから作る』は、根本的に別物です。料理はそういうものです」


アルヴェルトは私をじっと見た。


計算している。


「……非合理だ」


「そうかもしれません」


「結果が同じなら、プロセスの意味に価値はない」


「あなたにとってはそうかもしれません。私にとっては違います」


また沈黙。今度は少し長い。


「……俺に、お前を強制する権限はあるか」


「婚約関係上はあるかもしれません。でも、強制した結果と、自発的な結果が本当に同じだと思いますか」


眉が動いた。


ほんの少し、でも確実に。


「……つまり、強制すれば質が下がると言いたいのか」


「そういう意味ではありません。ただ、私が本当に作りたいと思って作ったものと、義務で作ったものが同じかどうか、三日間の観察データにはないはずです」


アルヴェルトは羽ペンを置いた。


「……承諾した」


「何を承諾したんですか」


「お前の意思を尊重する。ただし、作ってくれると俺は信じている」


「……根拠は?」


「お前は料理が好きだ。好きなことをする機会を、好きな人間が断るはずがない」


私は少し黙った。


「……ぐる」


パフが何か言った。同意のつもりか。


「……分かりました。作ります。自分の意思で」


「ならいい」


「でも一つだけ言わせてください」


「何だ」


「私を道具だと思わないでください」


アルヴェルトの目が、わずかに揺れた。


揺れた、と確かに思った。気のせいじゃない。一瞬だったけれど、あの氷みたいな目が、確かに何かを映した。


「……肝に銘じる」


感情のない声だった。


でもなぜか、この言葉だけは本当のことを言っている気がした。


シーン2:ミオと、本格的な厨房

正式に専属が決まった翌朝。


私は夜明け前に厨房に入った。


誰もいない。かまどの火だけが、橙色に燃えている。その前に立つと、じわっと体が温まる感覚があって、それだけで少し気持ちが解れた。


昨日届いた鴨肉を冷却庫から取り出す。重さを手のひらで確認する。締まりが良い。質の良い肉は、触っただけで分かる。


「リリア様!」


声と同時に扉が開いた。


ミオだった。息を切らしている。髪がまだ寝癖のついたままで、エプロンの紐が片方だけ結ばれていない。


「もう始めてるんですか! 言ってくれたら早く来たのに!」


「自分で確認したかったから。来てくれてよかったです」


「すごいです、鴨肉。今日は何作るんですか」


「鴨のコンフィ、赤ワインビネガーのソース。それと野菜のロースト。夕食の目玉にします」


「コンフィって、低温で長時間煮るやつですよね。時間かかりませんか」


「だから朝から始めます。コンフィは時間が味を作るんです」


ミオの目が輝いた。


三日間、一緒に厨房に立って分かったことがある。ミオは飲み込みが早い。それだけじゃなくて、教えた通りにやるだけじゃなく、「なぜそうするのか」を考える子だ。下ごしらえの切り方一つにしても、「何でこの厚さなんですか」と必ず聞いてくる。


そういう人間が料理をすると、伸びる。確実に。


「スパイスから始めます。スターアニス、黒胡椒、塩。挽き具合は?」


「粗挽きと細挽き、両方用意してください。用途が違うので」


「はい!」


ミオがスパイスミルを取り出した。


私は鴨肉の処理を始める。余分な脂を除きながら、皮目に格子の切れ目を入れる。包丁が皮を割る感触。細かい力加減が必要な作業だ。


「ねえ、ミオ」


「はい?」


「私が料理を作ると、体が熱くなる感覚があるって、あの最初の日に言ってたよね」


「……はい。なんか、体の奥から火がついたみたいな」


「他にどんな感じだった?」


ミオが少し考えた。スパイスミルを回しながら、天井を見上げる。


「走りたかったです。体が動きたくて、じっとしてられなくて。あと……頭が、すごく冴えた感じがしました。いつもよりクリアに見えるというか」


「どのくらい続いた?」


「三時間くらい……かな。その後は普通に戻りました。ちょっと眠かったかも」


「眠かった」


「反動ですかね。燃えた後みたいな」


私は手を止めた。


反動。


それは、私が考えていた仮説と一致する。何かを一時的に引き出している。で、引き出した分だけ、後で落ちる。それが「美味しいスープの栄養効果」の範囲なのか、それとも別の何かなのか。


「リリア様?」


「……何でもないです。続けましょう」


「ぐる」


棚の上からパフが見ている。


後で考える。今は作ることに集中する。


低温で鴨を煮込んでいる間、私は昼食の準備を並行して始めた。


根セロリのポタージュ。生クリームを使わずに、旨味だけで仕上げる。材料は少ないほど、腕が出る。


「これ、材料これだけですか?」


ミオが覗き込んだ。


「セロリと玉ねぎとチキンブロスだけです。あとバターを少し」


「え、生クリームなしでポタージュって……」


「素材の甘みを最大限に出すんです。弱火で長く炒めると、玉ねぎが透明になって、砂糖を入れてないのに甘くなる」


「それが分かるんですか? 見ただけで?」


「色と匂いで分かります」


「すごい……」


「誰でもできます。練習すれば」


「それ、リリア様が言うから信じるしかないんですけど」


私は笑った。


ミオが、ぱっと顔を明るくした。


「……リリア様って、笑うんですね」


「何ですかそれ」


「最初、あんまり笑わないと思ってて。ちょっと怖いかなって」


「包丁持ってたら怖いでしょう」


「そうじゃなくて!」


ミオが笑いながら抗議した。


この子といると、厨房が明るくなる。こういう人間の存在が、空間の温度を変えるんだ、と思った。料理と同じだ。材料一つで、皿の色が変わるように。


「ミオ、一つ教えます」


「なんですか!」


「料理で一番大事なことは、心の状態です」


「心の状態……」


「イライラして作ったものと、楽しんで作ったものは、同じ材料でも仕上がりが違う。科学的に証明するのは難しいかもしれないけれど、私には確かにそれが分かる」


「……それって、リリア様の特別な能力じゃないですか?」


「そうかもしれない。でも感じることはできるはずです。次に料理する時、自分の気持ちに気をつけてみて」


ミオは真剣な顔で頷いた。


メモを取る仕草をした後、「あ、紙持ってない」と気づいて、エプロンのポケットを探した。小さなメモ帳が出てきた。こういうところが、この子の本質だ、と思った。


昼食の時間。


ポタージュと、簡単なパンと、ハーブのサラダ。それだけのメニューだったけれど、食堂に持っていくと、使用人たちが目を見張った。


「昨日より……なんか、香りが違いません?」


「濃い感じ」


「食べてみていいですか」


「どうぞ」


一人が口をつけた。


沈黙。


それから、顔が変わった。


じわっと、体の内側から何かが灯るような顔。熱が出た時の顔じゃない。エンジンがかかった時の顔だ。


「……なんだこれ」


「スープです」


「スープ以上のなんかがある」


「根セロリと玉ねぎです」


「いや、それだけじゃないだろう……」


私は答えなかった。


その代わりに、次の一皿を持っていった。


午後、アルヴェルトのもとに昼食を届けた。


執務室に入ると、彼はまた書類の山の中にいた。


「ポタージュです」


「テーブルに置いておけ」


「冷めます」


「後で食べる」


「……今食べてください」


一拍の間。


アルヴェルトが顔を上げた。


「命令か」


「お願いです。せっかく作ったので」


彼は羽ペンを置いた。


テーブルに移動して、椅子に座った。スープの前に正対して、ゆっくりスプーンを取る。


一口。


二口。


三口目で、手が止まった。


「……何を入れた」


「根セロリと玉ねぎです」


「昨日より違う」


「毎日同じものは作りません。材料の状態も、私の状態も、毎日違うので」


アルヴェルトは私を見た。


「お前の状態が、料理に出るのか」


「出ます。たぶん」


「……非効率だ」


「でしょうね」


「均質な出力の方が、管理しやすい」


「私は機械じゃないので」


また、あの一瞬の揺れ。目の奥の、何か。


「……そうだな」


「はい」


「食べていい、ということか」


「変な確認ですが、そうです」


彼はスープを飲み続けた。


その間、私はテーブルの端に立って観察した。飲み終えた時の彼の呼吸が、少し深くなっている。肩の緊張が、わずかに解れた。


「……美味かった」


感情が乗っていない声だった。


でも「美味かった」という言葉自体が、この人から出てくる言葉として、何かを超えている気がした。


「ありがとうございます」


「明日も頼む」


「自分の意思で作ります」


「分かっている」


私は扉に向かった。


「リリア」


振り返った。


名前を呼ばれたのは、初めてだった。


「……騎士団の朝練は明後日だ。その朝に、全員分を作れるか」


「何人ですか」


「百二十名」


「……可能です」


「無理をするな」


「無理とは思っていません」


「そうか」


「ただ、一つ聞いていいですか」


「何だ」


「その百二十名に食べさせる目的は何ですか」


沈黙。


「……性能確認だ」


正直な答えだった。


「分かりました。それを知った上で作ります」


「なぜ知りたかった」


「目的を知って作るものと、知らないで作るものは、違うからです。さっきと同じ理由です」


アルヴェルトは少しだけ、目を細めた。


怒っているんじゃない。考えている顔だ。


「……お前は、面白いな」


「そうですか」


「珍しい意味で」


「ありがとうございます、たぶん」


扉を閉めた。


廊下に出て、パフが袖から顔を出した。


「ぐるる」


「そうね」


百二十人分。明後日。


問題は量じゃない。時間だ。


夜から仕込みを始めれば、間に合う。でも何を作るか。効果を最大化しながら、かつ「朝に食べるもの」として適切なもの。


脳内で材料が並び始めた。


今夜、設計図を描こう。


シーン3:百二十名への料理

明後日の夜明け前、二時。


私は厨房にいた。


ミオも来ている。寝不足の目で、でも絶対に休まないという顔で、エプロンの紐を結んでいる。


「本当に百二十人分、二人でできますか」


「できます。ただし、今夜中に仕込みを終わらせることが条件です」


「じゃあやります」


答えは一秒で返ってきた。


私はミオを見た。


この子、強いな、と思った。強い、というのは筋力じゃない。折れない、という意味で。


「まずパン生地を仕込みます。一次発酵に三時間かかるので、これが最初。並行してスープのベースを作ります。大鍋、三つ使います」


「了解です!」


「材料の計量は私がやります。ミオは計量が終わったものから処理を始めてください。二人でリズムを作ります」


「リズム、ですね」


「料理は音楽に似ています。それぞれのパートが別々に動きながら、最後に一つになる」


「……かっこいい」


「さあ、始めましょう」


包丁を取った。


指先に、電流。


今夜は強い。昨日より、ずっと強い。手のひらに光が集まるような感覚。脳裏に、完成した料理の絵が見える。


百二十人分のスープ。パン。それから――


「リリア様」


「何?」


「指先、光ってます」


私は一瞬、動きを止めた。


「……見間違いです」


「さっきより、はっきり見えます。なんか、包丁を握った瞬間から」


私は包丁を持ち直した。光が見えるとしたら、それは私には見えない。ミオの目に映っているだけだ。


「気にしないで。作ることに集中しましょう」


「……はい」


でもミオの視線が、まだ私の手に向いている。


後で考える。今は作る。


夜明けと同時に、厨房から香りが漏れ始めた。


玉ねぎを炒める甘い香り。パンが焼ける香ばしさ。スパイスの複雑な層。それらが混ざり合って、城の廊下を流れていく。


「……なんか、いい匂いがする」


騎士の一人が廊下で立ち止まった声が、換気口越しに聞こえた。


「厨房か? こんな朝から?」


「新しい婚約者様が料理してるって話、本当だったんだな」


「婚約者? 侯爵令嬢が料理?」


「らしいぞ。それで俺たち、今朝それを食べるらしい」


「……食べていいのか、そんないいもの」


私はスープを混ぜながら、少し笑った。


食べていいんです。そのために作っているんだから。


朝練が始まる三十分前、食堂に料理を並べた。


スープが三つの大鍋から湯気を上げている。厚めに切ったパン。野菜のピクルス。シンプルな構成だけれど、一つ一つを丁寧に仕上げた。


騎士たちが入ってきた。


最初は静かだった。食堂に入ってきた彼らは、料理の香りに一瞬立ち止まった。次に、互いを見た。それから、一人が列に並んだ。


後は早かった。


百二十名が、順番にスープとパンを受け取って、席に着いた。


最初の一口が入った瞬間の、あの静けさ。


私はそれを知っている。音が止まる、あの瞬間。


次の瞬間、食堂全体が微かに熱を帯びた。気温が上がったんじゃない。そこにいる人間の、体の内側から熱が出ている。


誰かがスープのお代わりを求めた。


誰かがパンをもう一枚取った。


誰かが隣に「これ……やばくないか」と小声で言った。


私は厨房の入口から、それを見ていた。


「……すごいです」


隣のミオが、声を震わせながら言った。


「百二十人が、同じ顔してます」


「どんな顔?」


「……火がついた顔、です」


朝練が始まった。


私は見学を許されていた。というより、アルヴェルトが「来い」と言ったので来た。


鍛錬場は城の北側にある。石畳に、幾何学的な区画が描かれている。百二十名が整列して、訓練を開始した。


最初の十分は普通だった。


でも十五分を過ぎた辺りから、変化が出始めた。


動きが速い。明らかに速い。剣の振りが鋭い。足さばきが、前日とは違う。


アルヴェルトが私の隣に立っていた。


「……見ているか」


「はい」


「この変化は、お前の料理が原因だと断言できるか」


「朝食に何か特別なものを加えた、というなら否定できません。ただ、その『何か』が何なのか、私にもまだ正確には分かりません」


「謙虚なのか、慎重なのか」


「両方です」


アルヴェルトは視線を騎士団に向けたまま、言った。


「一人、動きが違う者がいる」


「……どの人ですか」


「左から三番目、後列。クレイグ・ロス。昨日、模擬戦で三連敗した男だ」


視線を向けた。


体格は大きくない。むしろ周囲より一回り小さい。でも今、その騎士の動きは周囲と明らかに違った。無駄がない。判断が速い。


「……いい動きをしていますね」


「昨日のクレイグじゃない」


「料理の効果なのか、それとも彼本来の能力なのか」


「それを確認したい」


私は鍛錬場を見続けた。


クレイグが、大柄な相手と模擬戦に入った。体格差がある。普通なら不利だ。でも彼は間合いを測って、相手の重心が崩れた瞬間に踏み込んだ。


大柄な騎士が、地に伏した。


周囲がざわめいた。


「……本来の能力が引き出された、という方が正確だと思います」


私は言った。


「抑えられていたものが、外れた感じ。訓練で積み上げてきたものは彼の中にある。ただ、何かが邪魔をしていた」


「何が邪魔をしていた」


「分かりません。緊張かもしれないし、疲弊かもしれないし、もっと別の何かかもしれない」


「お前の料理が、それを取り除いた」


「……そう見えます」


アルヴェルトが私を見た。


「お前は、これをどう思う」


「どう、とは」


「兵器として使われる可能性が、今日はっきりした。それについて」


私は鍛錬場を見ながら、答えを選んだ。


「戦いのためだけに作りたくはないです」


「だが、現実に役立っている」


「役立っていることと、それを目的にすることは別です」


「……俺はお前を兵器として扱おうとしている。昨日の言葉に反する」


「昨日の言葉を覚えていてくれているんですね」


「忘れない。それが問題だと言っている」


私は彼を見た。


氷みたいな目が、まっすぐこちらを見ていた。


「問題なのは、あなたがそれを言えることです」


「意味が分からない」


「問題だと思っている人間は、一番問題を起こしにくい。怖いのは、問題だと思っていない人間が私を使おうとすることです」


アルヴェルトは、何かを考えていた。


長い沈黙。


「……俺は、どちらだと思う」


「今のところは、前者です」


「今のところ」


「人間は変わりますから」


「……そうだな」


彼は視線を鍛錬場に戻した。


クレイグがまた誰かを倒した。


その横顔を見ながら、私は密かに思った。


あの騎士は、三時間後どうなるだろう。ミオが言っていた「反動」が、彼にも来るだろうか。燃えた後の、あの眠さが。


もし来るとしたら。


それは、私の料理が、何かを借りていることの証明だ。


貸した先は、食べた人間の体だ。


そしてもし、借りすぎたら――


「ぐるる」


袖の中でパフが鳴いた。


私は手のひらで、その小さな重さを感じた。


考えすぎかもしれない。


でも、少しだけ。


ほんの少しだけ、手が冷えた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ