第一話:Too Weak to Win, Too Sharp to Lose(5)
午後五時を過ぎた薄暗い廃校、その一階にある机や椅子が一切ない一教室。
壁は砕かれ巨大な穴が開き、フローリングには瓦礫が散らばっている。
黒刃のヴオルグラムとの熾烈な戦いが繰り広げられる中、トライスカッシュのエースアタッカー、神谷レイは驚愕していた。
それは目の前の凶暴な獣の強さにでも、絶対的リーダーだった中村がその座を黒井に渡したことにでもなかった。
(これほどできる男だったか? 黒井輝夫という男は──)
決して神谷の動きを邪魔せず、拳銃型兵装で迫る黒刃を打ち落とす。
気が付けば邪魔に思っていた足元の瓦礫がどけられている。
明らかな格上を相手にしているのに、サンドバッグを叩くかの如く、あまりにも簡単に拳を打ち込める。
「神谷!」
中村が自らに突き出された爪を盾型兵装ではじきながら、剣型兵装をヴオルグラムの軸足に叩き込む。
切断には至らずとも、片足立ちの状態で喰らえばバランスは崩れる。
「りょォッ!」
その方向には、神谷が待ち構えていた。
ゴンッと拳を合わせ、小手型兵装の青白い被膜が両腕を覆う。
それを繰り返す度、光はより強く輝き、夕闇の教室を照らしていく。
目を開けていられないほどの輝きへと育ったそれを、思いっきり振りかぶる。
「三段階、『過剰供給』ッ!」
ヴオルグラムは低く唸り、倒れ込みながらも黒刃を揺らす。
しかしその刃は神谷には届かない。
上野のマルチデバイスが生み出す透明な壁が、黒井の拳銃型兵装が許さない。
「ッダァッッ!!」
ドカンッ!
神谷は教室の壁を蹴ってカタパルトにし、全身をばねのように弾ませる。
全体重を預け拳を突き出す、俗にいう『スーパーマンパンチ』。
踏み切った脚には太い血管が浮き上がり、パンプアップした大腿四頭筋が黒いスパッツを弾け飛ばしていた。
「ぶっ飛べワンコロォッ!!」
ドゴォォォンッ!
神谷の咆哮と共に、巨大な光がヴオルグラムに叩き込まれる。
拳は腹へ深々とめり込み、ヴオルグラムはたまらず大きく口を開く。
唾液が飛び散り、衝撃が周囲の瓦礫を跳ね上げる。
それでも倒れない。
ヴオルグラムは衝撃を受け流すように後ろへ飛び、着地と同時に再び低く構え直す。
その瞳に、まだ焦りの色はない。
だが、それはトライスカッシュのメンバーも同様だった。
「……黒井君さぁ、コイツ本当にBランクなわけ? 何か弱くない?」
小手型兵装から白い湯気を噴射し排熱をしながら、神谷は懐疑的な目で黒井に語り掛ける。
黒井はヴオルグラムから目線を外さず、拳銃型兵装を構えたまま答える。
「奴の能力を磁力と推定したので、この学校の一階から動かせる金属を"掃除"しておきました。黒刃の材料になる砂鉄もきれいに」
「うーわ、何時間かかんのよそれ」
「二人だったんで、二桁はかかってませんよ」
「それだけじゃないっしょ? なーんか妙にやりやすいし」
「逆算してるだけですよ。神谷さんの一撃をゴールにして、その過程にある障害を取り払うことに務めてるだけです」
神谷が舌を出しにやりと笑う。
「ネジ飛んでんなぁ。そもそもここが戦場になるなんてのも”仮説”っしょ?可能性1つにどんだけコストぶち込んでんのよ」
「やれば誰でもできる範疇ですよ」
「ハッ! これが中村さんが黒井君に見出していた才能ってわけかー。散々御守につき合わされた甲斐はあったかな?」
空になった魔電池をトランクケース型のマルチデバイスから取り外し、入れ替える上野。
「はは、神谷さんもそんなに嫌がっているようにはみえなかったですけどね」
二人をカバーするように最前列に立ちウォールを構える中村。
「集中しろ、まだ勝ってはいない」
「りょー」「了解」
弛緩した空気のように見えて、誰一人油断はしていない。
これがトライスカッシュの業務にあたる姿勢なのだろうと黒井は思った。
決して楽勝という状況ではない。
ヴオルグラムの爪や牙は一撃必殺で人の命を簡単に奪う。
しかし、この場には悲壮感とは真逆の空気が流れていた。
その様子を、ヴオルグラムは静かに眺めていた。
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叩いた軽口とは裏腹に、神谷の脳内には一つの疑問が浮かんでいた。
"なぜ今の一撃で倒れなかったのか"
格上とはいえ、全力で打ち込んだ一撃だ。
自惚れを抜きにしても、戦いを終わらせる自信があった。
神谷は自らの右腕に目線を落とす。
痙攣、指に感じる硬直。
前腕から肩へ、筋肉が不自然に引きつる。握り込んだ拳が開かない。
力が抜けたのではない。逆だ。力が入りすぎている。
電磁場で小手型兵装を反発させていた?
否、何かがおかしい。
この違和感を共有しなければ。
神谷がそう思った直後、トライスカッシュ全員の頭上から、突然シャワーのような水が降りかかった。
ヴオルグラムが黒刃で破壊した、対火災用スプリンクラーだった。
埃っぽかった空気が一瞬で湿り、床がみるみる濡れていく。
割れたガラスの周囲に水が溜まり、瓦礫の間を細い流れが走る。
「うわっぷ!? なにこれー!?」
「水……? 一体何を──」
神谷も上野も、そして中村も、状況の理解に脳を働かせる。
だが、黒井だけは違った。
その意識は、ヴオルグラムが"なぜ今この行動を取ったのか"へ向いていた。
黒井は全体を見渡すため、トライスカッシュとは距離を取っている。
動いたスプリンクラーは一台だけ。
黒井自身には水がかかっていない。
そしてその視界は、トライスカッシュ、ヴオルグラム、そして教室全体を捉えていた。
その一歩引いた位置が、心理的安全性が、冷静な思考と視野の広さを生んでいた。
パチッ。
「──ッ!」
壁や床、いたるところに仕込んでいた銅線の一部が、小さく火花を上げたことに気が付く。
神谷の腕に起きていた異常と併せ、黒井の仮説が一つの確信に変わる。
身体が、最悪を想定して先に動いた。
黒井は教室の隅に置いていたプラスチックバケツを思い切り蹴り飛ばす。
中身をぶちまけるように、トライスカッシュの方へ滑らせながら叫んだ。
「足を閉じろ! 手はつくな!」
意味が分からないまま、トライスカッシュが黒井の声に反応した、その刹那。
ヴオルグラムの体毛のあいだから、青白い火花が散った。
次の瞬間、床の水面が一斉に光る。
壁際を火花が走る。
割れた窓の下が光る。
教室全体が、巨大な通電面に変わった。
高圧電流。
神谷の脚が跳ねる。
上野が膝をつく。
中村が歯を食いしばる。
濡れた床の上では、人間の身体もただの導体だ。
片足から脚、胴体、もう片足へ抜ける電流。
手をつけば胸を通る電流。
心臓をまたげば、それで終わる。
歩幅電圧。
手足間電流。
広く濡れた床の上では、そのどちらも起こり得る。
──ヴオルグラムの切札。
それは高電圧の放電。
しかもスプリンクラーで水浸しにしたうえで放つ、最悪の一手。
黒刃を攻略した強者へ放つ、必殺の一撃だった。
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「ヴオル……グラムッ! やはり、偽装していたッ……!」
黒井の声以外は、誰も動くことのない静寂。
歯嚙みする黒井の声に、ヴオルグラムは低くうなり声を上げて答えた。
「"磁力"ではなく"電力"。それがお前の能力か……」
トライスカッシュのメンバーは全員が倒れ込み、ピクリとも動かない。
ヴオルグラムは、それを"死亡した"と認識した。
黒井は、"意識を失っている"と認識する。
床には太い銅線束、編組アース線、丸めた銅メッシュがばら撒かれている。
黒井が蹴り飛ばしたバケツに入っていたものだ。
"等電位ボンディング"
それが黒井の"リスク低減策"だった。
万が一。
奴の用意していた"切札"が、想定とは全く別の能力だったとしたら。
電磁場生成、その磁力による黒刃が、副産物に過ぎないとしたら。
その能力の本質は、もっとシンプルなものなのではないか。
「ありうるとはわかっていたのにッ……!」
黒井にとってこの状況は、"最悪寄りの想定内"だった。
だから、もし放電の兆候があれば気が付けるように、武器にならないような細い銅線を張り巡らせた。
少しだけ線と線を離し、電気が流れた時空気中を通過させる。放電があれば火花が散り、そのタイミングが読める。
電気は流れやすい道を選ぶ。
だから黒井は、人より先に電気が落ちる道を作っていた。
銅線を配管やアース棒につなぎ、ジャンクをかき集めてバケツに詰めておいた。
戦闘時にもゴム靴を履き、厚手の手袋を着けていた。
“掃除のおばちゃん装備”は、最低限の感電対策にもなっていたのだ。
トライスカッシュにはそこまでの用意はない。
でも生きている。それは願望ではなかった。
──マルチデバイス。
異次元怪獣の能力の源泉である魔電池を使うことで、それに準ずる現象をコントロールできる武器。
トライスカッシュには幸運にも、それを扱える 魔導使いの上野がいた。
常備していた魔電池の中には耐電性を付与するバフ効果をもつアセットが存在している。
ヴオルグラムの放電に耐えきれるものではなかったが、黒井の対策と合わせれば生存の可能性を残すに十分な効果があったはずだ。
「とはいえ、だ」
あくまでそれはリスクに対しての対処であり、勝ち筋をたどるものではない。
既に戦況は逆転していた。
ヴオルグラムの眼も、もはや黒井以外に向けられることはない。
──鉄資源の排除。
──奇襲に対して伏兵で応ずる戦術眼。
──貧弱ながら今なお戦場に立つ生存力。
──黒刃への対応力と援護技術。
──有象無象を群として強く活用する指揮能力。
かつては名も知らぬ強者をも打ち取った切り札も、奴は最初から届かない位置を維持し続け、あざ笑うかのように躱している。
ヴオルグラムの中では既に、黒井こそが最大の脅威と評価されていた。
──危険。生かして帰すな。
黒井もまた、同じ結論に達する。
この怪物の本当の恐ろしさ。
それは単純な火力じゃない。
自らよりも身体的に劣る小動物を敵とする際ですら、用心深く観察し、常に次の手を用意する知性。
そんな強敵が、自分の能力を知った相手を生かして帰すはずがない。
「……中村さん、ちょっと借りていきますよ」
黒井が低く呼びかけ、地に落ちた盾型兵装を拾い上げる。
本来、盾手はバッテリーを背負って盾を維持するが、さすがにそれを背負うまでの猶予はヴオルグラムも与えてくれないだろう。
出力も持続も落ちる。
だが、今はそれでもいい。
(黒井、逃げろ)
高圧電流を受けても、中村には意識があった。
言葉を発することもできず、ただにらみつけるような目で黒井を見る。
だが、黒井の判断は既に終わっている。
「……はは、映画でよく見たけどさ。彼らは"どうしてそんなことができるんだろう"って思ってた」
できるだけ遠く、ヴオルグラムをこの場から引き離す。
「よくわかったよ。僕の場合は"覚悟"とか、"大義"とか、なんか高尚なものじゃあ無いんだ。自分の命より何が大事とかも考えてないし、死ぬのは今だって、嫌だ」
"勝つため"ではない。
「でもさ、感情で行動を左右せず最善を尽くすってのが、"そうすべき"なんだって思う」
残るコードワーカーに情報を渡し、"繋ぐ"ための戦い。
「僕は弱いままでいい、怖いままでもいい。負けたって仕方ない。でも──」
神谷、上野、中村、そして茶木。
「"納得"できないのは嫌だ。過程に後悔したくない! こうすべきだって思ったことを貫いて、その連続の先に生きていたい! だから──ッ!」
そのすべてを"生かして帰す"ための戦い。
「敗戦処理と行こうぜ。ヴオルグラムッ!!」
ヴオルグラムはひと際大きい咆哮で答えた。




