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BLADE WORKS AGG《ブレード・ワークス・アグリゲーション》  作者: DRGN
第一話:Too Weak to Win, Too Sharp to Lose
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第一話:Too Weak to Win, Too Sharp to Lose(4)

 黒井と茶木が学校に到着してから八時間以上。


 校舎の一階は、綺麗に“掃除”された。


 床や壁にこびりついていた砂鉄は大半が除去され、各教室にあった机や椅子も消えている。

 動かせる金属は、すべて二階へ移された。


「ぜぇ、ぜぇ、は、8時間掃除って……く、狂ってるッス……」


 茶木が、走り疲れた犬みたいに床へ寝そべって言った。


「それで勝率が1%でも上がるなら、"やれることはやる"べきだよ」

「なに涼しい顔してんすか、普通はやんないスよ……」

「はは、"あの時こうしておけばよかった"って後悔したくないんだ。そういう後悔は後を引くからね」


 黒井はしゃがみ込んだまま、壁際の床を指先でなぞっている。


「本番も近いし、今は体力回復しておいて。対策は僕の仕事だけど、奴に勝つのは茶木さんの仕事だからね」

「うぇーい!」


 その返事だけはやたら元気だった。


 今の茶木は、橙色のフーディーベストに迷彩柄のハーフパンツという軽装だ。腰には二本のスレッド。黒井に言われて履かされたゴム靴と厚手の手袋だけが、まだ“対策装備”の名残だった。


「しっかし、ヴオルグラムの能力が磁力とは、よく分かったッスね」

「まだ仮説だけどね」

「でももう、こんだけ綺麗にしちゃえば操作できる金属はほとんどないっスよね?」

「壁の中の鉄筋やドアの蝶番、配管の固定具は残る。完全じゃない。でも、使いにくくはした」

「なるほど。無効化じゃなくて弱体化ってことッスね」

「そういうこと」


 黒井はそこでようやく茶木の方を見た。


「だから、勝てないと思ったらすぐ言って。無理に前へ出ないこと。あと、僕に戦闘力は期待しないで」

「負けないし!」


 茶木は口を尖らせた。


 黒井はそれ以上取り合わず、最後の仕込みを続ける。


 床。

 壁際。

 排水口の周囲。


 各教室の隅へ、プラスチック製の蓋付きバケツを一つずつ置いて回る。

 中身は見えない。

 だが持ち上げるたび、鈍い重みが内部で動く音がした。


---

 

 午後五時前、そろそろヴオルグラムが返ってくるであろうタイミングを見計らって、黒井と茶木は校庭が見える教室へ移動した。


 割れた窓の向こう、雑草だらけのグラウンドが薄闇に染まっている。

 多少視認性は悪いが、巨大な四足歩行獣が来れば視認すること自体に苦労はしない。

 黒井はそう考えていた。


 日が落ちるにつれ静寂が際立ち、次第に虫の声がうるさく聞こえるようになる。

 徐々に、二人の緊張感も高まっていた。


「ほんとに来るんスかね」


 茶木が小声で言う。


「戦闘記録を見れば昼行性は明白だし、この時間に森のほうへ移動する目撃情報が多かった」

「外したら?」

「諦めて帰る。これ以上闇が深くなるなら連携も難しくなるし、不利が大きい」

「よーし、こいこい!」


 茶木が小さく拳を握る。

 黒井は返事をせず、携帯端末を取り出した。


 戦闘開始打刻。

 位置情報と交戦開始時刻を共有する、討伐会社では半ば義務みたいな手続きだ。

 これを入れ損ねれば、すなわち孤立無援となる。


 タッ、タッ。


 何度か端末を触るも反応が悪い。


 液晶が妙にちらついていた。

 表示が小さく歪み、ノイズが走る。タッチの反応も鈍い。

 アンテナもおかしい。


 "電子端末への影響"


「……っ」


 背筋が冷える。

 黒井は自分の見落としに、たった今気づいた。


 巨大な四足歩行獣。

 見つけること自体は簡単だと思っていた。見張ってさえいればいいと。

 自分たちが待ち構え、見つける側なのだと。


 違う。

 奴は既に、"こちらを見ている"。


 黒刃を生み出すための電磁場を展開。 


 それはつまり、“戦闘体勢”の合図。


「茶木! 動ッ──」


 黒井が声を上げたその瞬間。

 校舎に、古びた電子音が大きく響いた。


 ――キィィィンコォォォン、カァァァンコォォォン――


 午後五時。

 生きていた電気系統が最悪のタイミングを作り出した。


「なんて──」


 黒井の声はチャイムに飲まれ、茶木の意識は耳へ。

 その一秒。


 ドゴォンッ!!


 廊下側の外壁が爆ぜた。

 コンクリート片が散弾のように室内へばら撒かれ、巨大な黒い影が壁を纏って突っ込んでくる。


「――ッ!!」


 世界がスローモーションに鈍く動く。


 ヴオルグラム。


 四つん這いに低く構えた、重い巨体。

 濃灰色の体毛。

 背中に逆立つ、白く硬質な毛束。

 そして、その背や前肢から伸びる、墨を削ったような黒い刃。


 そしてひときわ大きく視界に映る、弾かれた瓦礫の散弾。


 「死──!」


 刹那、黒井の腕に走る痛み。


 茶木のゴム靴が、黒井の身体を押していた。


 横から思い切り突き飛ばされ、黒井は瓦礫を避けるように教室の隅へ転がる。

 背中をロッカーに打ちつけ、息が詰まる。


 顔を上げた時に目に映ったのは、額に瓦礫を直撃し、教室の外へ弾き飛ばされていく茶木の姿だった。

 

---


 失敗した。

 

 教室内のロッカーに背中を打ち付け、座り込む黒井。

 その脳内に最初に浮かんだのは茶木の心配でも恐怖でもなく、ただ自分たちは負けたのだと自覚するのみだった。


「……"カモノハシの(くちばし)"、か……ッ!」


 すべての動物は、神経や筋肉の活動のために"電場"を生み出している。

 それをセンサーのように探知し、餌を探し当てるのが"カモノハシの嘴"。


 魔電力を持たない動物ですらできることを、異次元怪獣(デーモン)ができない理由はなかった。


「くっそ……ここまでやって一手詰みかよ……」


 自らが奇襲を受ける可能性を考慮していれば、電磁波でそれを捉えることが可能だったと気が付けた。

 距離をとって立っていれば、足手まといがいなければ茶木ならあれくらいの瓦礫は避けたはず。


 茶木を失った。それは相手を打倒する攻撃力、"勝ち筋"を失ったことを示していた。


 背中に走る痛みをこらえ、ロッカーを支えにしてゆっくりと体を起こす。

 ヴオルグラムは動かない。


「なんだよ。茶木さんは奇襲してでも倒しに来たのに、僕はどうでもいいのか」

 

 ヴオルグラムの黄褐色の眼が黒井を見る。


 その視線に、獣の興奮は感じられない。

 獲物を選別する冷たい知性だけが浮かんでいた。


「"いつでも殺せる"ってことね、そりゃそうだ」


 黒井は教室の出入口側へ下がる。その最中、ヴオルグラムの前肢まわりに浮かぶ黒刃を見た。


 少ない。


 戦闘レポートの記載よりも明らかに少ない。

 やはり効いている。

 鉄を抜いたことも、砂鉄を消したことも。


 そこまで確信した瞬間、ヴオルグラムが床を蹴った。


 速い。


 巨体に似合わぬ加速で、黒井との距離が一気に縮まる。

 黒井が拳銃型兵装(ショット)を構えるより早く、黒刃が斜めに走った。


 避けきれない。


 そう思った、その瞬間。


「どいてッッ!!」


 聞き覚えがある。

 強く、芯のある、甲高い声。


 黒井がはっと顔を上げた瞬間、青紫の閃光が黒井の頭上を飛び越える。


 「しゃあああオラァッッ!!!!!」


 ズドゴォォォン!!!

 

 ヴオルグラムが壁を破壊した乾いた音とは違う。

 重い肉が地に叩きつけられる鈍い音。

 立ち込める粉塵がその衝撃を物語る。


 神谷レイの、革製グローブを纏った右拳。

 それがヴオルグラムの頭を床にたたきつけ、フローリングを砕いていた。


「な――」


 ゆっくりと体勢を起こし、仁王立ちする革ジャン姿の神谷。

 その背中に、黒井は目を見開く。


「ったぁく、黒井君はいっつも苦戦してるんだから。そんなんなら、あーしも混ぜろよ!」


 神谷は鼻を鳴らし、右手首を軽くひねった。

 カチ、という乾いた音と共に、彼女の両前腕に装着されていた小手型装備が展開する。

 拳を握りこむ度に、青白い魔電力が腕全体を覆っていく。


 小手型兵装(インパクト)。通称、鉄拳。


 拳を握ることで腕全体を魔電力で覆う、超近接戦用の古い装備だ。

 今どき好んで使うのは、相当な物好きくらいだった。


「え!? 今装備した!? 今装備したよね! ってことはさっきの素手ェ~!? バケ──」


 黒井は自分の軽率な口をとっさに手で押さえる。

 神谷が見せた顔は笑っているが、どう見ても笑っていない。


「黒井君さぁ、助けてもらった分際なんだから言葉には気を付けないとね~♪」

「すみませんッ!!! ありがとうございます!」


 そんなやり取りをしている間にも、ヴオルグラムは体勢を立て直す。

 その様子を見て神谷も拳同士をぶつけ、軽快にステップを踏み始まる。


 そして黒井の背後からも、中村と上野が駆け込んでくる。

 第四討伐課のエース、『トライスカッシュ』のそろい踏みだ。


 中村はいつも通りの中年サラリーマン風の格好で、手に抱えたジャケットを放り投げながら盾型兵装(ウォール)を展開する。


 上野はトランクケース型のマルチデバイスを開き、特殊魔電池の選別を始めている。

 ひと際体格の大きいスーツ姿にソフトモヒカン。明らかに体育会系といった風体でありながら、その柔和で真面目な性格から魔導使い(コーダー)を任されている男だ。


「中村さん、上野さん! どうしてここに!?」


 中村は黒井とヴオルグラムの間に立ちながら、視線を合わせずに答える。


「茶木が“秘密の作戦”とか言いながら、神谷に自慢してたもんでな」


 それに続き、上野も笑顔で口を開く。


「彼女のことなら心配しないで。しっかり受け止めたから、意識はないけど生きてるよ」


 黒井は一瞬だけ呆け、それから息を吐いた。


「……来てくれたんですね」

「お前も、後輩を見殺しにはしなかっただろう」

「……ッ!」


 黒井はその言葉にすべてを理解する。


 いままで横取りされたと思っていたものも、嫌みのように思っていた言葉も、すべて勘違いだった。

 ただ、守られていただけだったのだと。


 黒井の胸から何かがこみ上げてくる。


 命を拾った安堵、自己嫌悪、感謝、尊敬。

 その感情は一言で表せるものではなかった。


「……"コミュニケーション不足"、か。茶木さんのこと言えなかったな」


 ぼやく黒井に、中村は背を向けたまま言い放つ。


「この状況を作ったのはお前だな、黒井」

「……はい」

「なら、最後まで責任を取れ」


 中村の声は低く、重い。


「指揮権を譲渡する。俺達を使え」


 黒井は、一瞬だけはっきりと息を呑んだ。


 “できない”。


 そう言いかけた自分の両頬を、思いっきり平手打ちする。


 中村はできないと思ったことは言わない。やらせない。

 人の命がかかる状況で、無責任なことをする人間ではない。


 その言葉は、数年間もの間見守ってきた後輩への"信頼"だと、黒井は理解していた。


 深呼吸。

 首を鳴らす。

 背筋を伸ばす。


 覚悟なんて、少しも決まっていない。

 それでも、何をするかだけは決まってる。


「ヴオルグラムについては、僕が一番よく知っていますから」


 与えられた"裁量"で、"信頼"に答える。

 今はそれだけを果たす。


 はっきりとした声に、中村は少しだけ口角をあげる。


「トライスカッシュ各位! 第五討伐課の黒井が指揮を執ります!」


 その声に、背を向けたまま腕を上げてみせる神谷。

 頷く上野。


「対象、黒刃のヴオルグラム! 推定能力は電磁場生成による磁力の活用! 周辺、身に着けているもの、とにかく金属へ注意を!」

 

 ここからだ。


「判明している攻撃手段は物理、そして背から伸びる砂鉄の刃!」


 自分の読みが、どこまで通じるか。


「おそらくまだ隠している能力がある! 違和感があれば安全優先! では、作戦を伝えます!」


 黒刃のヴオルグラム──


 お前との勝負はここからだ。


 かならずお前を倒し、中村さんや茶木さんが認めた"自身のやり方"に価値があると証明して見せる。

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