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BLADE WORKS AGG《ブレード・ワークス・アグリゲーション》  作者: DRGN
第一話:Too Weak to Win, Too Sharp to Lose
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第一話:Too Weak to Win, Too Sharp to Lose(3)

 東京には、少し郊外へ出ると巨大な森があった。


 かつてはコンクリートジャングルだった場所だ。

 だが今は、異次元怪獣(デーモン)の影響で、相当な範囲が樹々生い茂る自然へと変えられてしまっている。


 ツタを絡めた住居。動物の住処になった廃車。

 森の中を歩けば、そんなものがいくつも見つかる。

 野生動物に遭遇するのも、異次元怪獣(デーモン)に遭遇するのも、珍しいことではない。


 そのため、森と周辺住居の境には高い柵が巡らされ、一般人の立ち入りは禁止されていた。

 だが、コードワーカーなら申請次第で中へ入れる。

 黒井輝夫と茶木まひるの二人も正式な申請を通し、その森の中腹にある廃校へ来ていた。


 校門をくぐった瞬間、茶木は「うわ」と小さく漏らした。

 森の侵食具合に反して、塀の内側は驚くほど“学校のまま”だったからだ。


 割れた窓。

 土で汚れた廊下。

 雑草に呑まれかけた校庭。

 破損や劣化はある。だが、徹底して掃除すれば、そのまま通えそうな雰囲気すら残っている。


 その不自然さが逆に気味悪かった。


 二人が校庭を横切り、下駄箱の並ぶ玄関へ辿り着いたところで、ここまで黙っていた茶木がついに口を開いた。


「黒井センパイ」

「んー?」

「なんスかこの格好」


 拳銃型兵装(ショット)を片手に先行し、周囲の警戒を終えた黒井が振り返る。


 三角巾。白いマスク。厚手のゴム手袋。ビニールの前掛け。青いゴム長靴。


 そこに立っている茶木は、腰にぶら下げた剣型兵装(スレッド)さえ見なければ、どこからどう見ても掃除のおばちゃんだった。


 なお、黒井も大体同じ格好である。

 違いがあるとすれば、黒井だけが何が入っているのか分からない巨大なリュックサックを背負っていることくらいだった。


 黒井は玄関の床へリュックを下ろし、一息つきながら答えた。


「ふぅ、対ヴオルグラム用装備だよ」

「いやそんな格好いいもんじゃないでしょ! うぇ、ゴホッ、ゴホッ!」


 マスクを指で引っ張って文句を言った茶木が、そのまませき込む。


 それも無理はない。玄関も廊下も、妙に埃っぽかった。


「オエー……鼻の穴まで真っ黒になりそ……」


 茶木は舌を出して顔をしかめた。

 黒井は腰に手を当て、半ば呆れたように言う。


「いや、作戦は説明したでしょ。もしかしてチャット読んでない?」

「落ち着いたら読むつもりッス」

「……まー、そんなだろうと思ってたけどさ」


 黒井は短くため息をつき、リュックの口を開けた。


「じゃあ、説明はいいね。僕の指示どおり動いてもらうよ」

「うぇーい。なにすればいいッスか~」


 投げやりな返事だったが、茶木の目はちゃんと校舎の奥を警戒していた。

 文句は言う。面倒くさがる。だが怖がっていないわけではない。

 この廃校の空気が、普通じゃないことくらいは、茶木にも分かっている。


 黒井は先行確認で見つけておいた金属バケツとモップ、それから携帯式の掃除機を茶木へ放り投げた。

 受け取った茶木の表情が、見るからに曇る。


「茶木さんは一階担当。塵ひとつ残さないつもりで掃除して。各教室の机や椅子、消火器スタンド、傘立て、配膳ワゴン、掃除ロッカーの工具。あと画鋲、クリップ、ホチキス針みたいな細かいのも、金属を含むものは全部まとめて二階の適当な部屋へ移動ね」

「うえぇー、でもセンパイ爆弾型兵装(フラワー)持ち込んでませんでしたっけ? それでふっとばしちゃだめッスか?」

「悪くない案だけど、今回はダメ。いいかい、十五時までに終わらせるよ。僕は別の作業をするから、何かあればチャットして」

「う~! やっぱ掃除のおばちゃんじゃないっスか! どこが討伐だぃ!」


 茶木が地団駄を踏む。


 黒井はそれを聞き流し、拳銃型兵装(ショット)を手に校内の奥へと入っていった。


---


 黒井は薄暗い校舎の中を歩き、設備を順番に確認していた。


 発電機。

 水道。

 接地配管。

 露出鉄筋。

 別棟、木造の体育館。


 この学校は災害対策の名残で、自家発電と貯水設備により、校内機能の一部がいまだ維持される構造らしかった。


 蛇口をひねれば濁った水が出る。

 教室のスイッチを入れれば、ごく一部の蛍光灯が点く。


 完全に死んだ廃墟ではない。


 それは黒井にとって、都合がいい部分と悪い部分の両方を持っていた。


 使える設備がある。

 つまり利用できる。

 同時に、利用される余地もある。


 理科準備室の前で足を止め、黒井は黒く変色した窓枠を指先でなぞった。


 手袋が汚れる。

 粉塵が舞う。


「……やっぱりな」


 砂鉄だ。


 この学校じゅうに、砂鉄がまとわりついている。


 最初にここへ来て確認した時もそうだった。

 一階の床、窓枠、壁際、渡り廊下の脇、昇降口の近く。


 偶然ではない。


 ここは、奴の領域だ。


 黒刃のヴオルグラム。


 黒い刃を操る大型の四足歩行獣。


 生き残ったコードワーカーが持ち帰った情報は、それだけだった。

 だから黒井は、四日間の準備期間をほぼ全部使って、ヴオルグラムについて徹底的に調べた。


 戦闘時刻はすべて日中。

 周辺監視ログには自動ドローンのエラー、カメラ映像の乱れ、通信ノイズ。

 採取された魔電力の傾向解析。EXISのデータベース。目撃情報のヒートマップ。戦闘レポート、調査レポート、鎮静レポート。


 読めるものは全部読んだ。

 拾える断片は全部拾った。


 砂鉄。

 金属痕。

 昼間の活動。

 通信障害。

 大型四足。

 黒い刃。


 仮説はいくつも立てた。

 何度も崩れた。

 いくつも捨てた。


 その中で最後に残ったのが、もっとも筋の通った一枚の絵だった。


「黒刃のヴオルグラム」


 黒井は小さく呟く。


「“磁力”、またはそれに準ずる操作能力。それが僕の仮説だ。お前は金属を操る」


 だから鉄を抜く。

 だから砂鉄を掃除する。

 だから戦場を変える。


 だが。


 負けるはずのなかったベテランコードワーカーの死。

 黒井よりはるかに経験のある人間が、そんな単純な能力に届かなかったのか。


 その違和感だけが、ずっと残っていた。


「……僕が怖気づいてるだけかもしれないけど」


 黒井は壁の劣化で飛び出した鉄棒に目を向ける。


「保険くらいは、用意しておこうか」


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