第一話:Too Weak to Win, Too Sharp to Lose(2)
人がはけた後、点灯する照明も半分以下になった薄暗いオフィスの一角に、まだモニターの青白い光が残っていた。
黒井には時間がない。
ノルマ報告会は一週間先。
EXISの案件一覧をにらみ、ひたすら達成可能な討伐計画を検討する。
討伐実績が欲しい。
今月のノルマだけではない。
自分が討伐チームにいていいのだという、最低限の証明が欲しかった。
一通りの現状や自身の能力をまとめ、社内AIに討伐計画の策定を依頼する。
何とかノルマを達成する方法は、もし達成できなくても成果として胸を張れるようなものはないか。
焦る黒井の横で、茶木が椅子の背に顎を乗せてぶぅぶぅと愚痴を吐いていた。
額には絆創膏が貼ってある。
「高橋さんにまた怒られたっスー。アタシだって考えてるのに馬鹿馬鹿って!」
「ははっ。まあ、僕にも覚えはあるなぁ」
茶木がこうして黒井に相談するのは初めてではない。
社会人としての悩み、仕事への向き合い方、時にはプライベートのことまで、二人はよく話していた。
黒井にとってそれは、人に頼ってもらえることで、自分の存在意義を感じられる瞬間でもあった。
黒井が自販機で買ってきた缶ココアを差し出すと、茶木は「ありがとうございます!」と九十度に頭を下げて受け取った。
思い切りのいい感謝と、遠慮のない気安さ。
それが黒井には少し心地よかった。
「それで、どういう流れだったの?」
「まー結局、アタシが近づいた結果、異次元怪獣野郎! 噛みついてきやがりまして、なんとか倒したんスけど、アタシと異次元怪獣の間に割り込んだ盾手が盾型兵装ごと腕噛まれてケガしたっス。これについては土下座しました。痛かったッス」
「あ、その額の絆創膏それ?」
「ッスー」
黒井は少し考えてから、ふいに身を乗り出し、茶木の両頬をつまんだ。
「ふぁふぁ!? なにするんスか!?」
「どう思った?」
「どう思ったって、何でそんなことしたのか説明してほしいっスよ!」
黒井は手を離した。
「高橋もそう思ったんだろうね」
「……へ?」
「勝手な行動って、それ自体が怖いんだよ。正しいかどうかより先に、“何をするつもりなのか分からない”のがまず怖い」
茶木は頬を押さえたまま、少しだけ真顔になった。
「でも現場じゃ、勝手に動かなきゃいけない瞬間もある」
「そうッス」
「だから本質は“勝手に動いたこと”じゃない。“その行動を信頼してもらえるか”なんだよ」
「信頼ィ~? 本当ッスかぁ?」
「いや、最近あいつもカッカしてるからなぁ。勢いで発言したとこもあるかも」
「絶対そうっス」
じとっとした目で口を大きく横に開いて八重歯をみせる茶木。
黒井は苦笑しつつ、少しだけ高橋の肩を持つ。
「はは、あいつも現場で成果上げてきた人間だし、どうにしろ今頃はそれくらい理解してるさ。意外と反省するタイプなんだよ」
「まぁ、高橋さんのことはいいっスよ。続きお願いしまス」
「相当嫌われてるな……」
それはそれで、高橋の役回りとしては間違っていないのかもしれない。
人間が集まって働く以上、全員が好かれる必要はない。
嫌われ役を引き受ける人間がいないと、回らない場面だってある。
黒井にとって、高橋に怒鳴られることは自身のふがいなさを自覚するという意味だけでなく、同期に損な役回りを指せてしまっていることの申し訳なさもあった。
「要するにね、大事なのは信頼関係を構築することだ」
「ふむ」
「相手の意図を解釈できるくらいの関係を事前に作ること。
事後にも、なんでそうしたのかちゃんと説明すること。
そういう積み上げがあって、初めて“勝手な行動”が“チームのためのアドリブ”になる」
「それが信頼を得るってことっスか」
「僕はそう考えてる」
茶木はぼやっとどこを眺めるでもなく少し考えた後、大きくため息をついた。
「つまり、信用を積み上げる努力をせず、急に勝手したから怒られたってことッスか」
「高橋が上司として説明責任を果たしてないから起きた事ともいえるかもね。要因は複合的なものだと思うよ」
背もたれに体重を預け目線を外す茶木に、黒井は言葉を続ける。
「ただ、相手に百点もとめるより自身に目を向けるほうが有意義さ」
茶木は缶ココアを両手で包みながら、少しだけ俯く。
「どうすればよかったと思いまス?」
「ちょー端的に言えばコミュニケーション不足。もっと自分のことを知ってもらわないとね」
「んにゃー、メンドぃなぁ」
「だからみんなやんないんだよ」
黒井は笑った。
「そこをサボると“何しでかすか分からないやつ”になる。逆に積み上げると“あいつなりに考えがあるんだろう”になる」
「その差、デカいッスね」
「かなりね。後者になると、勝手に動いても“アドリブ”として処理してもらいやすくなる」
茶木はしばらく黙っていた。
缶ココアを両手で包んだまま、視線だけを床へ落とす。
「……なんか、センパイっぽい答えッスね」
「なにそれ」
「俯瞰しすぎっていうか。普通もっとムカつくとかあるじゃないッスか。でもなんかいろんな観点から周りの行動を肯定して、結局自分がどう振舞うかにもっていくみたいな」
「昔のアニメで言ってたのさ。”世間に文句があるなら、まずは自分を変えろ”ってね」
「一応見てみるんで、後でタイトル教えてください」
茶木はけらけら笑った。
でも、その笑いのあとに残った沈黙は、さっきまでの拗ねた空気とは少し違っていた。
「ま、逆に僕みたいに“できないやつ”って理解されちゃうと、何も許してもらえなくなったり、誰とも組んでもらえなくなったりするんだけどね」
「……」
「理解とか信頼って、いいことばっかりでもないよなー」
「……へへ、アタシは黒井センパイを理解してもらってるつもりっス、いい意味で」
「そりゃあ良いや。これで頬をつねっても怒られなさそうだね」
それは別といわんばかりに茶木は黒井の椅子を軽く蹴飛ばした。
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「で~、そういうセンパイとなら、これもやれる気がするんスよねぇ」
長い反省会を終えた後、そう言って茶木は鞄から一枚の印刷紙を取り出した。
EXISの案件詳細画面をプリントアウトしたものだ。
討伐依頼。
対象異次元怪獣――黒刃のヴオルグラム。
「……こんなものを出すために先輩の残業に付き合ってたわけ?」
「秘密の作戦なんで!」
黒井は眉をひそめる。
それは明らかに身の程を超えた誘いだった。
「無茶だ」
「無茶かもだけど無理とは思ってないッス。覚えてます? 黒井さんが今まで入った集団戦って、格上相手でも誰一人死んでないんスよ。この三年間! 治療手もいないのに!」
茶木は机へ身を乗り出した。
ろくでもない時の顔だ。
しかし、黒井は案件詳細のプリントを茶木につき返し、モニターのほうへと向き直る。
それは話の終わりを意味していた。
「それは僕のチーム討伐母数が少ないことが要因だよ。現場に行ってすぐ邪魔だとわかって、もう1年はソロ討伐専門だ。幸運だったよ、自分のせいで人が死ぬところは見ずに済んだ」
しかし、茶木は止まらない。
鼻息を荒くして黒井に詰め寄る。
「アタシは! センパイの戦略や立ち回り絶対すごいとおもってるッス! 嫌味な高橋と中村の鼻を明かしてやりましょうよ!」
「う~ん……」
なれない拒絶の態度をとってみたものの、やはりどこか居心地が悪い。
黒井はボサついた髪をわしゃわしゃと気まずそうにいじり、改めて茶木に向き直る。
「……限度があるって、Bランク案件だよ? 僕や茶木さんのランクで相手していいもんじゃない」
「アタシたちのランクは一人ずつでみれば低いっス。けど、アタシは戦闘力、センパイは頭脳でランク以上の部分がないわけじゃない。お互いの強い部分だけで戦えばいけるッス!」
「その評価は嬉しいけどね」
「いいじゃないッスか! やりましょうよー! 黒井センパイと討伐やってみたいやってみたいやってみたーい!」
「ちょっ、ちょっ、止めなって……」
じたばたとオフィスの床を転げまわる茶木。
黒井は彼女を諫めつつ、再度、彼女が勢いで落とした案件詳細へ視線を落とした。
ヴオルグラム。
もともとはCランク査定だったが、負けるはずのなかったベテランコードワーカーが殺されたことで危険度が一段引き上げられた案件。
調査レポートに残る能力記述は単純。
――黒い刃を飛ばし操る。
――実体・突撃型。四足獣。ハイパワーで高速。近接危険。
黒井の目が細まる。
「改めて言うけど、僕たちはEランク。こんな相手は到底無理だ。特に誰かの命を預かるっていうなら絶対に許可できない」
「許可をもらいに来たわけじゃないッス。一人でも行くッスからね」
「……」
一緒に死にに行くか、後輩を見殺しにするか。
茶木は黒井が断れない聞き方を心得ていた。
出来の悪いドア・イン・ザ・フェイス。もはや脅迫。
それでも、黒井には万に一つ起きうる見殺しの未来だけは選べない。
「……僕のことも"理解"してるってわけだね」
「いい意味でっス。黒井センパイがいると負けても死なないんスよ。それってたぶん、一番すごい事だと思ってるんで」
「……」
黒井は横目でモニターを見る。
ノルマ達成計画立案を依頼したAIは、どれだけ待っても答えを出してはくれなかった。
すべての状況が、黒井の冷静な判断力を少しずつそぎ落としていた。
「……負ける気なら、行かない」
「勝ちましょう!」
「……僕の指示に従わないなら行かない」
「絶対服従ッス!アドリブ除く!」
「……逃げろっていったら僕を置いてでも逃げてくれなきゃ嫌だ」
「絶対一緒に逃げます!」
「……」
「良いッスよ~?別に来なくても。一人でも倒してきますんで!」
「こんの……ッ!」
一切言うことを聞く気がない後輩に、もはや出せる口もない。
黒井はどうしてやろうか必死に考え、言葉を絞り出した。
「スグには、いかない。準備には時間をかけさせてもらう」
目の前の憎たらしい後輩は、その言葉に今日一の笑顔を見せた。




