16.サンタクロースの帰還
山口は、夏休みに細田と道内の観光地巡りをした。利尻島の雲丹は美味しかった。飛行機を乗り継ぎ、レンタカーを借りて道内の観光地を視察した。
山口は、申路市振興の妙案を探るつもりなのだが、
「難しい顔をしないで」
細田はプライベートでは、ため口をたたくようになっていた。
穏やかに申路市の時間は流れていく。
そして、10月、太田が北欧でのサンタクロース研修から戻ってきた。
細田の運転する自動車で、山口は太田を紋別空港まで迎えに行った。
空港のロビーは、この時間帯は、人がまばらにしかいない。紋別空港ですらこの状態なのだ。そこから、電車もバスもない申路市まで人が流れてくるはずがなかった。
「そろそろ、飛行機が到着しますね」
細田が時計を見る。
空港の送迎ゲートから現れたのは、太田であった。
「三ヶ月ぶりじゃな」
「太田さん、お帰りなさい。白髭が生えましたね。付け髭ですか。赤い帽子・・・。下は、アロハですね・・・」
山口は引きつった笑顔で太田に話しかける。
「サンタクロースさん、お帰りなさい。細田さんの自動車で市役所まで戻りましょう」
山口にも、なぜ北欧に研修に行って、太田がハワイのアロハを着ているのかとか、そのアロハ、ヴィンテージで高額な商品ですよねとか疑問しかなかったが、公的には太田という人物はサンタクロースなのだ。ともかく、人がいない空港ではあったが、誰かに目撃される前に細田の自動車に連れ込む必要があった。
「太田さん、お帰りなさい」
太田を後部座席に乗せると山口は定位置となった助手席に座る。
「ただいま帰りました」
「太田さん、何というか話し方、変わりましたね」
「サンタ協会から、太田さんが研修を修了したから、サンタクロースのフランチャイズ・マニュアルが送られてきたの」
山口が細田に説明をする。
「まず、人前では太田さんと呼ぶのは禁止。太田さんもサンタクロースらしく振舞うこと、これはたぶん研修で叩き込まれていると思うけれどね」
「面倒ですね」
山口は、細田に同意しつつも説明を続ける。
「サンタクロースのイメージを壊さないことが認定サンタクロースの条件なの。太田さん専用に、キャンプ場の空き小屋を改造してログハウス風の公舎を作りました。今日からそこで生活してくださいね」
「そこまでやるんですか?」
細田は、ハンドルを握りながら、思わず声をあげる。
「24時間、365日、サンタクロースで居続けることに耐えられない人が出てくるから認定サンタクロースが北欧以外にはいないみたい・・・。本場のサンタクロースもレジャーは、完全な私服で行くからサンタクロースとわからないみたいね。ほら、サンタクロース協会のおじいさん、サンタクロースの格好をしていなかったでしょう」
「うーん。それ、申路市みたいな限界集落の田舎だと生活するのがきつくないですか?」
後部座席の太田がにやりと笑った。
「だがね、私服で札幌に呑みに行って正体がばれたら、認定サンタクロースは取り消しだ」
「マジですか?」
「マジなのよね。認定サンタクロースの契約をした自治体へのマニュアルに書いてあったわ。太田さんがサンタクロースだとばれないようにすること。サンタクロースが日本の家屋に住んだらイメージが壊れるから、ログハウスを改造した家に住んでもらう必要があるの。今は文化破壊でなんちゃって和風、侍グッズを集めて畳の部屋に住んでいるサンタクロースも北欧ではいるみたいなんだけど、太田さんは日本人だから・・・」
「ポリコレ的に、それ人種差別ですよね?国連的に大丈夫なんですか」
「日本人サンタがいなかったのが原因だから、マニュアルを改定するかもしれないけれどね」
「でも、南半球のサンタクロースはTシャツでサーフィンに乗ってやってきますよ」
「今のアロハ姿の太田さんの格好が同じでしょう?世界中の人が、サンタクロースに抱いている共通イメージを守れれば、サーフィンで来てもいいの」
「真剣にコスプレになりきれと・・・」
「サンタクロースはなぜ赤い服を着ているか、知ってる?」
「確か、コカ・コーラが、赤いサンタクロースの広告を出してからですよね?。昔のサンタクロースは青い服や白い服を着ていたりしたと」
「正解。だから、サンタクロースの正しいイメージは時代によって変わるのよ。そのイメージさえ壊さなければ、アレンジは自由。正直、いい加減なものだとは思うけれど」
「ハリウッドの忍者映画みたいなものですか?」
「そうね、その辺は太田さんが研修で習ったんじゃないのかしら」
後部座席の太田が鷹揚な口調で答える。
「研修内容は秘密なんだよ。ただ、取材用に1週間、もみの木を切ったり、トナカイの世話をしたり、サンタクロースの手紙への返事を書いたりしたね」
「取材用のダミー研修まであるんですか?ブラックだな」
「細田さん、本音が漏れてる・・」
「ダミー研修というか、サンタクロースのイメージを壊さないレッスンだな」
細田は太田に素朴な疑問をぶつける。
「サンタクロースは、1人で世界中の子供にプレゼントを配っているんですか?」
「『サンタクロースはたくさんいるんじゃよ』が正解じゃな」
山口も悪戯っぽく、太田に尋ねる。
「どうして大人は、プレゼントが貰えないんですか?」
「子供の心を持っていれば、大人になってもプレゼントは貰えるんじゃよ。でも、もしも君達が大人になったら、子供達にプレゼントをあげる側になって欲しいのがわしの願いじゃな」
「すごーい。じゃあ、サンタクロースはお父さんとお母さんですよね」
「世界中の大人は、サンタクロースのお手伝いをしてくれているんじゃよ」
「完璧なサンタクロースですね」
山口がそう言うと、太田は嬉しそうに少し顔を紅くさせる。




