15.細田の料理、餌付け
サンタクロース振興課兼副市長心得室、つまりは空き部屋の改装は、市長と職員が行った。外注する予算もなかったし、外注して業者に盗聴器を仕掛けられる方が怖かった。
防音というわけにはいかなかったが、それでも山口と細田がサンタクロース関係の仕事をするための場所は確保できた。
山口は、サンタクロース振興課から、午前中と16時以降は市長公室に戻る。
お昼休みと13時から16時までの3時間がサンタクロース振興課の山口の勤務時間である。
「太田さんが研修から戻ってくる前に、サンタクロース事業を決めないといけませんね」
山口は、机に肩ひじをつき、頬を乗せる。
この部屋にいる時は、大部屋では見せない山口の一面を細田は見ることができた。山口は、大部屋で他の職員が聞いている時は丁寧語で話すが、細田しかいない時には、ぞんざいな言葉を使うようになった。可愛らしい人だなと細田は思った。そして、完璧官僚に見えた山口の素顔がこの部屋では見える。
山口は、カフェイン中毒である。
ずっと、本省で夜型の仕事をしていたから午前中はテンションが低い。市長公室にいた時は気づかなかったが、周囲に細田以外の人がいないときは居眠りをしていることもあった。お昼休みには、サンタクロース振興課で昼食を取る。近所にコンビニがあるわけではないから、やきそば弁当を食べることも多い。細田が心配して、山口の分の昼食も作ってくるようになった。
「これ、利益供与とかパワハラにならない?」
最初は遠慮していた山口だったが、細田に餌付けされた。
官僚だった山口の食生活はめちゃくちゃである。夕方になると通販で買ったカロリーオフの栄養ドリンクを飲む。
夕方、栄養ドリンクを飲み終わると山口は、
「月並みすぎるけど、ふるさと納税に使えないかな?とは思うのよね」
ぽつりと呟いた。
「サンタクロースのレンタル・サービスですか?」
「そう、ふるさと納税の返礼品でサンタクロースの派遣サービス」
「クリスマスの当日は、プレゼントを配る仕事がありますよね」
「だから、クリスマス当日までにプレゼントを配ったりかな?」
サンタクロースを誘致しても、事業としてビジネス化しなければいけない。
「トナカイで空を飛んでプレゼントを配るんですか」
山口は大きく首を振る。
「クリスマス以外に空を飛ぶのは、禁止されているんじゃないかな。太田さんが帰ってこないとわからないけれども」
「それだと、コスプレしたただの日本人ですよね・・・」
山口はたこのように口をとがらせ、頬をふくらませる。
「そうなんだよね。まあ、本物のサンタクロースであることには変わりないから」
山口は、「本物」を強調した。
「どんな研修をやるかもわからないんですか?」
「太田さんが研修を修了したら、認定サンタクロースの仕事を協会が教えてくれるみたい。あと、研修の内容を太田さんに聞くことも禁止。だから、マスコミには事前に、どんな研修を受けたかを教えられないとプレス・リリースを出す必要があるわね」
「もし、無理やり取材するとどうなるんですか?」
山口は悪戯っぽく笑った。
「子供革命だろうね」
太田が帰国しなければ、具体的なサンタクロースの仕事や太田が何を出来るのかが分からなかった。サービス不明でふるさと納税の返礼品にするわけにもいかなかった。また、山口の判断で太田がサンタ研修を受けていることは公表をしなかった。
研修を受講し終わるまで、太田がサンタクロースになれるかどうかもわからない。全く研修内容の情報がないのだ。山口は、国土交通省に提出する補助金の申請書に、「サンタ条約により機密」と書いて、サンタクロースの養成事業の予算を請求した。
ほぼ白紙の、こんなふざけた請求が通るはずがない。だから、他の自治体はサンタクロースの誘致を行えなかったのだ。
山口の申請書は、小樽を通じて、旭川に届けられた。
いわゆる大臣枠の政治案件予算である。旭川も決裁をすることなく決済印のない稟議書を大臣室にいる河田に持っていく。
「面白いじゃないか。サンタクロースの誘致、実に結構。うちに預けんかね。10年で大臣にして返すが」
「それは、山口さんに直接ご確認ください。それで、大臣、このサンタクロース研修、内容が機密です。予算を通されますか?」
「一億だろう。磯部財務大臣が文句を言うと思うか、一億ごときで。北海道新幹線を申路市に延長する案じゃなくて、磯部さんも喜んでいるんじゃないのかね」
皮肉めいて聞こえた。
「北海道新幹線に関して大臣がご意見をお持ちであることは承知しております。国土交通省といたしましても、北海道の交通網構築そのものは整備する予定でございます」
慇懃無礼に旭川は言った。
この二人のばかしあいは、いつものことなので政務秘書官は聞こえていないふりをした。
河田もバカではない。札幌からオホーツク海まで新幹線を縦断させることが不可能であることぐらいわかっているはずである。それでも、北海道の大物政治家である河田は、北海道新幹線の延長を主張し続ける必要があった。それがパフォーマンス政治なのだ。河田の支持者も、仮に北海道新幹線が延長されたとしてもオホーツクに届くころには、支援者も河田も亡くなっている、それくらいの雄大な時間が必要であることは理解できているはずである。
旭川も、官僚の役割がある。官僚としては、採算性が取れない新幹線の設営は拒み続ける必要があった。これは、政治家と官僚のお決まりの儀式なのだ。
河田が赤鉛筆で稟議書の大臣欄に署名する。旭川も無言で持参した認め印を押した。
こうして泉田市長や市議の給料数百万円を担保に一億円の補助金が降りることになった。
旭川は事務次官室に戻ると、予算課長を内線で呼び出した。人事課長の小樽には、次官室で待つように伝えてあったが、旭川が大臣室に向かうと、一度次官室の外に出て、順番待ちのパイプ椅子に腰かけた。
旭川は、小樽に入室するように告げ、予算課長と合流すると、「こちらから出向くか」と誰に言うともなく呟いた。
国土交通省のトップは、事務次官である旭川である。だが、技術官僚の頂点は菊池技監である。序列的には、菊池は旭川の部下である。だが、事務方と技官のたすき掛け人事がある国土交通省では、パワーバランスを乱さないように気を使う。旭川から菊池に電話をかければ、菊池を次官室に呼びつけた形になる。今回は、こちらが仁義を切りたい。
「そうだ、小樽君から菊池さんにアポを取ってよ」
妙案である。
小樽は、次官室の内線から菊池技監の秘書に電話をかけた。
小樽がアポを取ると、旭川は人事課長、予算課長の二人をお供に技監室に向かった。
菊池の秘書は、人事課長の小樽のアポであったから、菊池に取り次いだが、次官である旭川の直接の来訪に驚くが、そのまま菊池の部屋に案内した。
菊池の秘書が、技監室の重厚な扉をノックをする。
「技監。旭川次官と人事課長、予算課長がお越しです」
「大名行列ですか」
菊池は上座を旭川に勧める。旭川も譲り合うわけではなく、上座のソファーに座る。
「実は山口さんのあの申路市の政治案件で御相談がありまして」
「サンタクロース?」
「山口からですか?」
旭川の問いかけに、
「事務官だけの隠し事でしたか?」
「山口は、菊池さんの局長時代の部下でしたね」
「政治案件ですから、内々に処理しただけですよ。河田大臣の了承がおりましたから菊池さんに御相談に参った次第です」
少し皮肉めいて菊池が言った。
「決裁を通したら、相談とは言わんでしょう」
「一億円の案件ですから」
「それで、御相談というのは」
「全都道府県から200万円ずつ回さして頂きたい」
菊池は眉をひそめたが、
「一億ですし、次官がお越しになったわけですから反対は出来ませんよ」
秘書が、4人分の珈琲を持ってきた。
「いや、本日はお暇します」
旭川達は次官室に引き上げていく。
旭川は次官室に戻ると、
「予算課長、菊池さんが了承したから、全都道府県から200万円強、市町村レベルでは、10万円ずつ申路市に回してください。早急に」
「しかるべく」
予算課長は足早に、次官室を退室すると予算の組み替え作業のために予算課に急いだ。




