大都会ハーゲン (3)
「家を借りよう!」
「いきなりなんだ。」
教会でも一日、二日なら宿泊してもいいといわれたのだが、ナディが強く言いそうになったところを、レオンがやんわりと断って、リアが聞いた教会近くのお薦めの宿に、ひとまず腰を落ち着けることにして、その宿の部屋が入って間もなく始まったこのくだり、マルタでもあったなとエイムは思い出していた。
「これだけの大きな街だもん。宿代もきっと高いと思う。資金がある今のうちに、ナディの言うようになるべく早く手を打っておくべきだと僕も思う。」
「そうですね。これだけの街であれば、物件も多いでしょう。まずは生活の基礎固めとして、早々に情報収集から始めましょう。」
前回と違うところは、ナディだけではなく、レオンも、リアまで前のめりということだ。
ただエイムにしても借家を見つけることに関してまでは異論はない。
「できるだけ大きなベッドが置ける寝室がまず必要よね。」
「だったら街で家具屋を見つけたら、ベッドも見ておこうよ。」
「やはりご近所に気を遣わない、教会があったところのような郊外がいいですね。みんなで一緒に入れるお風呂があれば最高です。」
その選定基準を聞きながら、家を選ぶ基準は他にもあるだろうと突っ込みたかったが、エイムはぐっとこらえつつ、軌道修正を試みた。
「まずは、せっかくアンナ司教が礼状をくれたんだ。まずはこれを持って、ギルドだろ。借家の情報もギルドで手に入るだろうし。」
その言葉で現実に引き戻されたナディたちは、三人が三人とも明らかに遊び足りない子供のような不服そうな表情で、エイムの方を向いた。
たじろいではいけないと少し構えたエイムを見て一番最初に、表情を回復させたのはリアだった。
「そ、そうですね。そう言えば、冒険者ギルドは二つあると、教会の方がおっしゃってたことも気になりますし……」
そうなのだ。このハーゲンには、中心部から離れた西のはずれにある昔からある冒険者ギルドと、街の中心部にあの地震以降にできばかりの冒険者ギルドがあるのだという。
「まずは、街の中心部にあるって話だし、散策を兼ねて、新しい方のギルドに、まずは行ってみるか?」
この宿には食堂はないということもあって、夕食のついでもあったので、これからの生活に妄想を膨らますより、腹を膨らます方が優先という見解には、誰からも不満はなく全会の一致をみて、準備を整えてから外出ることになった。
「わ、わぁ!すっごい!あっちに野菜、果物もこんなにたくさん!」
「あっちには、あんな大っきいお肉がいっぱいある!魚とかも売ってるよ!」
「向こうの方には衣料品とか、食堂とかも何件もありそうですよ!」
宿の主人に、まっすぐ通りを抜けると市場があるからそこを抜けて、最初の大きめの通りを左に曲がったところがギルドだ、すぐわかると、雑な道案内を受けて歩き始めたが、その市場というのがすごかった。
そこそこ大きな馬車が対面ですれ違っても、歩行者が気にならないほどの大きな通りを、食料品はもとより、あらゆる商店が軒を連ね、その間を埋めるように、飲食店もある。人通りが多いこともあり、端まで見通せないほどその市場が続いていた。
そこは、エイムがこれまで見たこともないほどの人と物とが満ちあふれていた。
「すごいですね。この世界に来て、これだけの数の人がいるところ、初めて見ました。」
そう言ったリアは比較的落ち着いて、側でレオンから目を放さないようにしていた。一方で、エイムは、組んでいるナディの腕を放さないようにしていた。そうしないとこの雑踏の中、二人は飛んで行きかねないくらいはしゃいでいた。
ここまで旅してきて、マルタは震災の被害を受けていたとはいえ、それなりに活気のある街だったが、このハーゲンは桁が違う。
「こんな街に住んだら、きっと毎日、楽しいよねぇ、きっと……」
到着してまだ一日目のナディにそう思わせるように、そうして人が集まり、物が集まってくるそんな魔力のようなものを持っているのが、この大都会 ハーゲンなのだろう。
「あ、あれ、なに?子供たちがいっぱい集まってるところ。子供たちが食べてるの、あの小さな器にのったあれ、なんだろう?」
「あ、アイスクリーム?かな?」
「え?なに、アイスクリームって?リアさん、知ってるの?」
「この世界で見たのは初めてですが、私がいた世界にもあって、牛乳や果汁なんかを冷やして固めたスイーツです。」
「スイーツって、お菓子ってこと?食べたーい!」
「それより先に、ご飯にしようよ!あっちからすんごいいい匂いがする!」
「二人とも、はしゃぎすぎですよ。」
まるで子供を散歩に連れてきた母親のようなことを言うリア。そんなリアを見つめるエイムの目は、自然と微笑ましくなった。
「旦那様?どうかなさいましたか?」
エイムの視線に気付いたリアが問いかけてきた。
「いや、俺とリアが並んで歩いてて、夫婦に見えるのかな?って。」
「あ!また年増扱いするんですか?」
ちょっと拗ねたような表情をしてみせたリアは、エイムが取り繕おうと焦っている様を見て満足して微笑んだ。
「人にどう見られようと、私はどうでもいいんです。私が旦那様を愛していて、レオン様を愛していて、お二人が大事にするナディ様を、エイム様とレオン様と同じくらい大事に思えて、ここでみんなと新しい生活を始めることを楽しみに思えることが今、とても幸せです。」
そういうリアからは、以前に感じていた一歩引いた感じは、エイムもすっかり感じなくなっていた。
そして、そんな表情を見せてくれるようになったリアを、エイムは前よりずっと好きになれた。
「旦那様?」
綺麗になったな……とは面と向かっては恥ずかしくてエイムには言えなかった。そんなエイムに、リアはそっと近づいて腕を絡めてきた。
「エイム!リア!ご飯、ここに決めたよ!二人で何してんの!早くおいでよ!」
大きな肉の塊を店頭で焼いている店に、ナディと二人で目星をつけたレオンが手を振って呼んでいる。ナディはすでに店の中に入っているようだった。
「目を離すとあの二人、見失っちゃいますよ。行きましょう、旦那様。」
そもそもギルドを目指して宿を出たことを忘れてるほどの、街が与えてくれる高揚感と、美味しい料理で腹を満たした幸福感も手伝って、エイムも結局、ナディとレオンに乗せられてしまい、その日は、帰りに街の中心部にあるギルドの位置だけを確認して、ギルド内の見学は翌日に持ち越して、宿に帰ることになってしまった。




