アンナ出陣 (4)
「貴重な新婚夫婦の甘い夜を邪魔した無粋なゴブリンなんか一匹残らず駆除してやる!」
昨夜からナディが不機嫌な理由は、口に出さずとも明確だった。
頼むから後ろでじっとしてて欲しいとエイムが願うナディが狂戦士みたいなことを言って、鼻息を荒くしていた。
「あれだね。六、七、八匹か?そこそこな数だけど、飛び道具はなさそうだね。」
村の住人が言うように、洞窟とも呼べない小さな穴蔵にそのゴブリンたちは巣くっていた。
「ユダ、他に伏兵はいませんか?」
「確認できません。前方にいる八匹だけです。ご安心を。」
「僕が仕掛けるよ。エイム、リア、援護をお願い。」
「お任せください。私がレオン様の背後をカバーしますので、エイム様はここから万が一のとき、魔術で援護をお願いします。」
「じゃあ、行くよ!」
レオンの言葉に呼応するように、一番後ろに控えてもらったアンナ司教が錫杖で地面を叩く。
「正しきことを行わんと誓う我らに祝福を…」
さすが司教レベル、レオンのブレス(祝福)とは訳が違う。あらゆる感覚が一瞬にして研ぎ澄まされていく。
挑発するようにレオンがいつもの戦棍も構えずに飛び出し、その後をリアが追っていく。それを目ざとく見つけたゴブリンが三匹、石斧を振りかざして向かってきた。
「左右は足止めします。レオン様は中央を!」
「了解!リア!」
それを聞くとリアは後ろ手に取り出した魔道具のようなものを左右の手に構えて足を止めた。
「私のレオン様に、その汚らしい指一本触れさせません!」
次の瞬間、雷鳴のような破裂音が轟いた。しかも、連続で二発!次の瞬間、左右からレオンに襲いかかったゴブリンが二匹とも、何かに頭をぶつけてように弾けて後ろに吹き飛んだ。
「おまえの相手はこっちだよ!」
その状況を理解できずに足を止めた中央のゴブリンの注意をレオンが引きつける。
「くらえ!プロテクション・ハンマー!!」
そのゴブリンに向かって行ったレオンが右拳を繰り出す。だが、明らかに間合いが遠い。
しかし、そのレオンの右拳が煌めきを放ち、その光がゴブリンの目の前で大きくなって、ゴブリンを拉げさせてはじき飛ばした。
「よし!」
先陣三匹を目の前で瞬殺された残りのゴブリンは、三匹が足を止め、後ずさりし、残り二匹は即座に後ろ向いて逃げ出した。
「逃がしません!」
またリアの魔道具が咆哮した。逃げ出した二匹のゴブリンは、今度は後頭部から何かに殴られたようになって、前方に倒れ込んで昏倒した。
逃げることが叶わないと思ったか、向かってきた二匹のゴブリンたちとレオンが対峙する。
「いいね。その度胸を称えて、さっきのがまぐれじゃないことを見せたげるよ。」
構えたレオンにその二匹のゴブリンが同時に襲いかかった。
「プロテクション・ハンマー!!」
またレオンが繰り出した右拳から光が爆発した。
ガン!グシャ!
何の用意もなく壁にぶつかった音。さもなくば、馬車馬に踏み潰されたような音がこだまして、二匹を吹き飛ばした。逃げることも向かってくることもせずにまごまごしていたゴブリンが、ぶっ飛んできた二匹のゴブリンの下敷きになった。
「どうだ!」
レオンが満面の笑顔のガッツポーズでエイムのいる方に振り返った。そこにリアが駆け寄って、レオンに抱きついた。
「息してる奴がいるうちに、気を抜くな!レイ・ボウ(光の矢)!!」
三発飛んだ光の矢のうち、一発は三匹が山になったゴブリンに、もう二発は、リアの攻撃を受けてなお立ち上がろうとしていたゴブリンにそれぞれとどめをさした。
「やったぁ!お兄ちゃん、すごい!」
そう言って、今度はナディがエイムに抱きついてきた。
「わ!ナディ、待て!まだ終わってない!」
ナディを振り払うとエイムは短剣を引き抜き、リアが気を失わせたゴブリンにとどめを刺しに走った。気がつくと、アンナ司教も走っていて、その錫杖で確実にゴブリンの息の根を止めていた。
エイムがゴブリンの全滅を確認すると、アンナ司教が笑顔で迎えてくれた。
「ご苦労様でした。」
アンナ司教のその言葉で、エイムもやっと緊張を解いた。
しかし、そこからアンナ司教の表情が一気にこわばったのをエイムは見逃さなかった。その表情を隠すように、エイムを背にしてアンナ司教は振り返った。
「あなたたち!ここに並びなさい!!」
アンナ司教の発した言葉に、明らかに怒気を感じて、慌ててエイムたちはアンナ司教の前に横一列に並ぼうとすると、エイムだけは手を引かれてその横に立たされた。
そうして、ナディとレオン、リアはアンナ司教の前に、横一列に並んだ。
「あなたたちは気を抜きすぎです!いくらゴブリン相手の、しかも絶対有利な状況での奇襲とは言え、戦闘とは命のやりとりをするのですよ!失敗したら取り返しがつかないのです!」
さっきまで意気揚々といった浮かれ気分を表情に露わにしていたレオンたちの顔からは、あっという間に血の気が引いた。
「す、すみません。」
真ん中に立ってアンナ司教の真正面に立っていたレオンが謝罪した。
「私に謝ってどうするのです!あなたたちのことを心から大事に思って、心配していたのは誰よりここに居るエイムさんです!謝るならずっと後ろから見守っていてくれたあなたたちの心優しい旦那様に謝りなさい!」
そこまでアンナ司教が一喝すると、その横に立っていたエイムが、アンナ司教の前に立って頭を下げた。
「すみません。アンナ司教にご心配していただくような手際になってしまったことは、全てこのパーティの頭目である俺の責任です。」
「お兄ちゃん。」
「エイム……」
「だ、旦那様。」
ずっと頭を下げているエイムに、慌ててアンナ司教が声をかけた。
「え、エイムさん。頭を上げてください。」
そう言われて、頭を上げたエイムが見たアンナ司教の顔からは怒りが消え、その表情は恥ずかしがっているようにすら見えた。
「こちらこそすみません。私も元冒険者だったもので、つい……余計なお世話だったかも知れません。」
「いえ、ありがとうございます。本来、俺が言わないといけない言葉を言っていただいて感謝します。」
「いけませんね。こういうのを老婆心というのですね。歳はとりたくないものです。とにかく、依頼は完遂できました。戻りましょう。」
そう言うと、アンナ司教は、村に向かって歩き始めた。
その背中を見て、エイムが振り返ると、泣いているリアをレオンが慰めていた。ナディもエイムの顔を見て、何も言えずにいた。
「ほら、帰るぞ。村に無事に帰って報告するまでが依頼だぞ。」
そう言って、エイムもアンナ司教を追いかけるように村に向かって歩き始めると、ナディたちは、まるで葬列のように無言のままエイムの後に続いた。




