87、グランベル戦記(5)
部屋は木造で真ん中に木の切り株の座卓があり茶菓子が乗っている。その下に絨毯が敷いてあり、布団が四つ並べられている。時期は二月だ。もうすぐ春を迎える。
「寝る前にまた風呂行ってくるかな」
ルインがそう言うとアクセルもその後についていった。
風呂は外にある。露天風呂だ。ちょうど風呂から出てきたリュゼたち三人とすれ違う。
「気持ちいいね、ここ」
「温泉の割に安いな。晩飯出ないからな」
「う、そうだね。部屋でお菓子食べよ」
「お菓子ならいっぱいあるもんね」
リュゼとコノハが部屋に向かって歩いていく。ヨルコもその後をついていく。
ルインとアクセルは風呂場に来た。
「素泊まりの 温泉さるも 腹へらす」
「何それ?」
「俺たちのことだ。ああ、腹減ったな」
「そうだね」
「しかし、温泉は別だ。ああ、生き返る」
そう言うと外の露天風呂に肩まで浸かった。
「ルインはどうして僕らと一緒に来てくれる気になったんだい」
アクセルも風呂に入った。
「何だ。急に返しづらいことを」
「言いたくなければいいよ」
「別に。神界の居心地が悪かっただけだ」
「十二花だね。名前だけは聞いたことがある」
「俺は末席だ。訳あってな。これから上位打線が次々ぶち込まれてくるぞ」
「それは……、困るね」
「というのは冗談だ。多分来ない」
「来ない? どうしてわかる?」
「俺も尊の命令できた。こうなることがわかっていたようだな」
「……」
空には月が出ていた。湯気で曇っているその向こうにそれが見える。
部屋では切り株の前に座り、二人の帰りを待っているハルカとクライスがいた。部屋はまた薄明かりだ。
「貴方たちは天使なのですね?」
「そうだ」
「天使というと、天上界などから来るのですか?」
「そうだ。しかし空ではない。海の向こうにあるバルビュリア大陸。最果ての地。そこが神界だ」
「そんなところがあるのですね」
餅菓子の包みを開けながらハルカは頷いた。
「そんなところがある」
「そんなところからは一体どうやってここにくるのですか?」
湯けむりの中で温泉に浸かっていると、心地よい風が吹いてきた。
「神界からはどうやって来たか覚えてるか」
温泉に浸かりながら空を見上げてルインが言った。
「覚えてるよ。神殿でジャンプだね」
「そうだ。この星は太陽の周りを回っている。星も自分で回っている。宇宙から見れば俺たちは高速で動いていることになる。時の神殿で神官の能力でその運動量を根本的にゼロにする。ジャンプした瞬間にな。つまり相対的に見ればその瞬間に西に高速移動することになる。それが転移だ。慣性の法則ってやつだな」
「確か僕もそう教えられた」
クライスも餅菓子を開けながら感心しながら言った。
「なるほど。では、戻るときはどうするのですか?」
「戻るときは自力で戻るしかない。船で戻ることになる」
「それは、大変ですね」
「大変だが俺は人間界が故郷だ。戻るつもりはない」
「色々と事情があるのですね」
時計が零時を回りかけたころ、二人は部屋に戻ってきた。そして明かりを消した。
次の日の朝、一行はセントラルフィアの街の中を歩いていた。ここは温泉街のようだ。坂道に土産物屋が並んでいる。硫黄の匂いが微かにする。歩いているのは家族連れが多い。小さな川が流れている。趣のある木の橋を渡ると建物の間に別な通りが見えてきた。それを繰り返しながら歩いていくと、やがて終わりが見えてきた。
温泉街を抜けると山を下って大きな通りに出た。店や酒場が所々に見える。歩いている人も結構いるが、そこで一行はあることに気がついた。若い女が一人もいない。歩いているのは親子連れか男ばかりで若い娘の姿はどこにも見えなかった。女はいないのだろうか?
そのとき向こうから人が二人歩いてくるのが見えた。腰にロングソードを差している。風体の悪い男だ。腕に「六」の腕章をしている。グランベル兵だ。
「少々お待ちを」
クライスが一歩前に出る。
何となく理解した。若い女が外に出ていない理由を。
通りにいる親の方は咄嗟に子どもを後ろに隠してかばった。そばを歩く人も足早に去っていく。
「お? 何だ?」
二人組が立ち止まってこちらを見る。
「女がいるな。ガキ二人と、こっちは上玉だな」
「男は殺して頂くとするか」
「そうするか」
下品な笑いを浮かべ、剣を抜く。
「愚かな」
クライスが黒檀を構える。
次の瞬間。
ビュオ
ゴッ
一瞬で間合いを詰め、数間先にいた男の脳天を黒檀で砕いていた。額から血を流して崩れ落ちる。そのまま流れるように一振り薙ぎ払った。今度はもう一人の方のこめかみから頭を潰した。血を噴き出して倒れる。
クライスは背を向け、黒檀の血糊を拭き取りながらこちらへ歩いてきた。
「今度は見えたぞ。殺したのか?」
ルインが尋ねる。
「殺しました」
「何も殺さなくても」
アクセルが言う。
「いえ、この国の現状を少しお話ししましょう」
クライスは振り返り、死体となったグランベル兵を見ながら言った。
「昨日の酒場と今の二人はグランベル軍の六番隊の兵士たちです。グランベルには元々五番隊までしか存在していませんでした。ヨルコ様が国を追われてから、二番隊と四番隊がルカーサに敵対し、反乱を起こしました。ルカーサの配下にはなっても、グランベルの正規兵は今なおヨルコ様へ忠誠を誓っています。あの方が生きている限り我々の士気は高いと。五隊で同士討ちはしません。そこで反乱軍を鎮圧させるためにルカーサが寄り集めたのが六番隊です。軍とは名ばかりの犯罪者やゴロつき共といった人員で成り立っています。また、ルカーサは軍法も変えました。任務遂行妨害は死罪にあたるとして、一般市民への殺しも正当化したのです。もちろん正規兵はそんなものには従いません。六番隊のための法律です。殺人、強姦、略奪。酒場でも見たように、六番隊は欲望で動くキラーマシンです。この国はルカーサのために犯罪者の楽園となりつつあります。グランベルの変わり様を噂で聞きつけ、各国からこの国にならず者が集まってきているのです。六番隊は見つけ次第殺す。国を守るためです」
クライスは二番隊。ディラン隊の兵士だ。
ヨルコ様をディラン様の元へ送り届ける――。
それが、おそらく私の命を懸けた使命になるはずだ。
血を流して死んでいる二人を、物憂げに見下ろすヨルコを見ながらそう思った。




