84、グランベル戦記(2)
古びた宿屋の食堂。宿の女将が好意で若い女向けの下宿のような店を営んでいる。安い料金で部屋と食事が提供される。昼間の女が隅の席で食事をしている。
「辛気臭いわねえ、一人で」
「本当ね。ご飯がまずくなる」
「ねくら」
真ん中の席を囲む女三人が夕食をとっている。その隅にいる女のことを好ましく思っていない三人は事あるごとに嫌味をもらした。いじめのようなものだ。
食事が終わるとフロントで料金の精算をしていた。まだ月の半ばだ。それを見ていた三人はまた嫌味を言った。
「あら、お帰りかしら。せいせいするわね」
「お高くとまっちゃって。何か言いなさいよ」
「おし女」
女がこの宿に入ってから終始、三人のいじめは続いた。他の客も女には関わらない。孤立していた。
すると精算を終えた女が三人の元に歩いてきて、初めて口を開いた。
「……ここはいいところです。ゆっくり癒して下さい」
「はあ? 何言ってんの?」
「ちほう」
取り巻きが馬鹿にする。しかし、真ん中の女は黙っていた。女は構わず言葉を続けた。
「体は奪われても心はあなたの元にあります。心のない快楽など男にとって些細なものです。いつか心も捧げられる男性に出会うでしょう」
「な、あんた、なんでそれを」
取り巻きが言う。
黙っていた女は実の家で性的な虐待を受けていた。逃れるようにこの宿に来たのだった。
「私でよければ、いつでもぶつけてかまいません」
「……」
何故そんなことがわかったのか。男の店番がたまに宿に来る。その男との細かい対応を見て、女は事情を察したのだった。
三人はそれだけを言って去っていく女の背中を見ていた。
翌朝。
女が最後の朝食をとりに来ると、あの三人組はいつもの場所にはいなかった。食事の時間になると先に来ていて女の一挙手一投足に文句を言っていたが、今朝はどこにもいない。
食事を終え、宿を出ると後ろから声が聞こえた。
「待ちなさいよ」
あの三人組だった。
真ん中の女が、唇を噛んで女を睨んでいる。
「もう、あんたにはぶつけないわ。そしてこれが今までぶつけた分の礼よ」
そう言って紙包みを差し出した。中には金貨が入っていた。
「受け取りなさい」
女が睨みながら言う。
しかし、それに応じる気配はない。
静かに一言だけ言った。
「受け取りません」
三人組の方へ歩いていく。
そして真ん中の女の胸ポケットに手を入れた。
「代わりにこれを」
そう言って飴を一つ取った。
それを口に入れると、ガリガリと噛んで食べた。
「なっ」
取り巻きが呆気にとられている。
「……」
真ん中の女はただ黙って見ている。しばらく女と目が合う。
やがて女は歩き出した。そして少し先で立ち止まり、そこで一言だけ言った。
「ありがとう」
振り向かずに、それだけを言った。
「……う、うっ」
真ん中にいる女が泣き出した。初めて、心の底から涙が溢れてきた。
強い女だ。心の底でそう感じていた。縋っていただけなのかもしれない。最後にどうしようもないものを救われた気がした。
「あんた、しっかりやんなさいよっ!」
取り巻きが去っていく女に向かって言う。
その場で膝をつき、残された女はいつまでも泣いていた。
やがて小さな公園にやってくる。
「お、来た来た」
そこにはアクセルたちが縁台に座って待っていた。
「お待たせしました」
「まだ正午前だ。待っちゃいないよ」
「ヨルコ・リフォルウィッチといいます」
アクセルたちも自己紹介をした。
場末の酒場での小さな出会い。
ヨルコとの出会いはアクセルたちにとってその後の旅に最も大きな影響を与えることになる。
運命の邂逅だ。
この後、一行は戦乱渦巻くグランベルへと足を踏み入れることになるのだった。




