83、グランベル戦記(1)
日が暮れるのが早くなってきた。
裏町の食料品店に買い物に来た。大通りの方にも店はあるが、散歩も兼ねてこちらに来た。
店内は薄明りだ。主婦や家族連れがまばらに見える。パンとコーヒーと、売れ残りの半額のトンカツを買った。これは晩飯にしよう。
会計のところに長髪の若い男が三角巾をつけて立っていた。品物を預けると声をかけてきた。
「冒険者ですっか?」
胸のところの名札に「小林」と書いてあった。
「何でわかったのですか?」
俺は尋ねた。年は二十代半ばくらいに見える。正規の従業員ではなくアルバイトのように見える。面倒くさそうにレジを打ちながら言う。
「シャツ一枚っしょ。冬なのに」
言われてみれば水色のシャツ一枚は俺だけだ。みんな上着を着こんでいる。
夏は暑い恰好をして、冬は寒そうに見える。それが冒険者のようだ。確かに猿田とノエルはそうだった。
「はい、これお買い物スタンプ」
十個たまると景品がもらえるらしい。きっと売れ残りの品や不人気の品を詰め合わせるのだろう。
会計を出て後ろを振り向くと小林は手を振って俺を見送った。どうやら覚えられたみたいだ。
部屋に戻ると火鉢に火を入れた。
季節は冬だ。十二月に入った。
「約束の大地」が四巻まで揃った。二巻の後半からグランベル編に入っている。読んでいこう。
町外れの酒場に五人はいた。
「魔貴族がどこにいるかだな。見当はついてるのか」
「全くわからない。後で店主に聞いてみよう」
「あ、お魚があるよ。お魚食べたいナア」
リュゼが目を輝かせてメニューを見る。
「私は野菜がいい」
コノハが控えめに言う。
ハルカは店の隅の方をさっきから見ている。
「どうした?」
「うさんくさいな」
視線の先には隅の席でボロ切れのような外套を着てフードを目深に被った客が一人、座っている。
「何だろうな、乞食か?」
そう言っていると料理が運ばれてきた。
「わあ」
リュゼがフォークを握りしめる。
そのとき。
ガシャアン
店の窓ガラスを突き破って人が倒れ込んできた。
「いけねえ」
子どもが店を覗き込みながら言う。キャッチボールをしていてフライを追いかけてガラスに突っ込んでしまったようだ。もう一人の倒れ込んできた子どもが起き上がろうとすると。
「痛ってえ」
どうやら体をガラスで何箇所か切ったようだ。服に血が滲む。
「おい、大丈夫か」
店の客が近寄ってくる。
「まずいな、血が止まらない」
どうやら太腿の内側を切った傷が深いらしい。
「縛るか、何か縛るもの」
そのとき。
「そんなことじゃ駄目です。どきなさい」
突然、後ろから割り込んできたのはあの乞食だ。外套を脱いだ。その姿は髪の長い女だった。
女は怪我の様子を確認しながら後ろを振り向いた。
「マスター。キングエアリスを八十度に希釈して下さい」
店主に向かってそう言うと、今度はこちらを向いて言ってきた。
「あなたたちは、すぐに黒罵詈を」
それを聞いてルインが怪訝そうな顔をする。
「黒罵詈だと? 何で神術を知ってるんだ?」
「女の人だったのか」
「驚いたな」
アクセルとハルカが感心していると。
「早くしなさい!」
「おい、どうするんだ?」
「やろう、コノハ、頼めるかい」
「うん」
コノハは急いで神術を唱えた。黒罵詈を両手で作る。真っ直ぐな黒い針ができた。
「……」
女はただ黙ってその様子を見ている。
「もういいです。こちらで用意します」
そう言うと、腰のポシェットから医療道具を取り出した。店主が酒を水で薄めたものを大皿に入れて持ってくる。手拭いもありったけ持ってきた。
女はキシロカイン注射を施すと、麻酔が効いたのを確認し、黙って患部を洗い、糸と針で処置を行った。切れた血管を塞ぎ、患部を縫合した。処置が終わると、もう大丈夫だと言って道具を仕舞った。店内は安堵の息を漏らした。
「あんた、すごいな。医者か何かか?」
「大したことはありません。私はこれで失礼します」
「助かった。代金は奢りにさせてもらうよ」
「ありがとうございます」
最後に感染症の心配があるので必ず医者に見せるようにと言い残して立ち去ろうとする。
店の外に出た女をアクセルたちは追いかけた。
「おい、ちょっと待ってくれ」
ルインが呼び止める。
「何ですか?」
「何であんた神術を知ってるんだ」
「……」
「もしかして、魔貴族のことも知ってるんじゃないか?」
「あなたたちは天使ですね」
「そうだ。何でそれを」
「いいでしょう。明日の正午にアルスター公園に来て下さい」
そう言うと女は振り向いて去っていった。
外は日が暮れ、西の空が赤くなっていた。




