79、改心
ギルドの訓練場を後にした俺たちは大通りではなくその裏通りを歩いていた。
「どこかに寄るんですか?」
「話していたら気になってきたな」
俺もこの前通った、職人たちの工房の通りだ。そのうちの一つの建物の前で猿田は止まった。
野村建具店。
敷地へと入っていき、庭に面した窓を開けると奥の座敷で一人の男がたばこを吸っていた。
「あれえ、剣さん」
「久しぶりだな」
作業着に似合わない毛糸の帽子を被っており、眉間に皺を寄せた険しい顔をした男だった。年は猿田よりも少し上くらいに見える。
「急やなあ、来るって言ってつかあさい」
猿田は座卓の向かいに座ると来る途中の自動販売機で買ったトマトジュースを上に置いた。
「調子はどうだ」
「上手くやってますよ。お連れさんですか?」
差し出されたトマトジュースを開けて飲みながら俺たちの方を見て言った。
「仕事仲間だよ」
「よろしく頼んます」
どうやらさっきの話に出てきた道場破りのようだ。
「お前の話をちょうどしていたんだよ」
「お世話になります」
随分腰の低い男だ。こんな男が殺気を放っていたなんてすぐには信じられない。
「剣さんのおかげで目が覚めました。俺はきっと人殺しになっていたでしょう」
俺とノエルも座って座卓を囲んだ。男は立ち上がり、奥から茶菓子の入った盆と不揃いなコップに注がれた冷たい茶を持ってきた。自分はトマトジュースを美味そうに飲んでいる。
「骨を折るのはやり過ぎだったと後悔している。もっと穏やかにする方法もあった」
「いや、あそこで折ってくれへんと俺は止まりませんでした。でもあれ以上やられたら死んでました。何しろあんときは俺も殺すつもりでしたから。ほんまごめんなさい」
表情や喋りに力が籠っている。こんなに力みっぱなしでは疲れるだろうと思うほどだ。
「何で殺しになるまで昂ってしまったんだ?」
「ある技を工夫できたからです。神鳴り。自分は選ばれた人間だと思いました。人を殺しても構わないと。物凄い力が満ち溢れてきたと思い込みました。山を下りて最初の相手が剣さんだったわけです。山に籠り過ぎて視野が狭くなっておりました」
「あの突きだな。あれは針夜っていうんだ。力が満ち溢れたと思ったのはスキル補正だ。まさか剣で短剣技を閃くとは驚きだが、誰にも教えられず一人で見つけたのは大したものだ」
「剣さんは恩人です。あんな簡単に攻略されるとは思いもしませんでした。剣さんは鍔元から打ち落とすのが上手いから小手をやられました」
「短剣技の基本だからな。殺気は凄かったが人を恨むような俗っぽさは少しもなかった。俺は仕返しされるんじゃないかと怯えてしまったよ」
「それはごもっともです。俺は剣が持てなくなって選ばれた者じゃないとわかりました。視野がそれから広くなりました」
ここは工房の休憩室のようだ。晩飯食っていきますか? と聞かれて俺たちはよばれることにした。
出てきたのはカップラーメンだった。お湯が注がれる。
「他には誰もいないのか?」
猿田が尋ねる。
「はい、みんな帰りました。俺はここに住み込みなんです」
男はラジオをかけた。音楽番組をやっていた。
俺たちは無言でラーメンをすすっていた。腹が減っていたせいかいつもより美味く感じた。
「随分かわいい帽子ですね」
俺が気になって尋ねると。
「これですか? ギルドの子に編んでもろおたんです」
どうやらここはギルド御用達の建具屋らしい。
「泊まっていってもいいですよ」
「いや、その前に帰るよ」
そう言うとそのまましばらくラジオを聴いていた。
居心地のいい座敷だった。
俺たちは少しの間無言の会話をしていた。
穏やかな時間が流れる。外では虫の鳴き声が大分か細くなっていた。障子を開ければ窓から庭が見渡せる。
「どれ、そろそろ行くか」
時計は八時を回っていた。宿舎に帰るために立ち上がった。
「遅くまで邪魔をした」
「いえいえ、またいつでも来て下さい。お連れの方も」
なかなか見かけないほど人のいい男だった。俺たちは帰途についた。




