77、模擬戦
その日は朝から三人揃って食堂にいた。猿田は茶漬けを食べている。自分で買ってきたようだ。腕に白米だけを注文した。俺とノエルはトーストだ。
「今日は何かやってみようか」
「何か?」
外は曇り空だ。実戦を想定して殴り合いをやると言われた。
「体気煥発は覚えただろう。それだけは切らすな」
自由技能は禁止。定型技能だけの何でもありの模擬戦だそうだ。
「夕方になったらやろう」
それまでは食堂にいた。
俺は砂川から聞いたことを思い出し、尋ねてみた。
「自由技能は冒険者にもあまり知られていないのですか?」
「自由技能は登録書類にも記入しない。本人と一部の仕事仲間しか知らない。自由技能は知らない冒険者も多い。第一線にいないものは金のために登録する場合もあるけどな」
「自由技能は獲得方法が危険だからだと聞きました。それで隠されるのですか?」
「自由技能と源力は死戦をさまようことで獲得チャンスが生まれる。魚釣りで例えると死戦は餌だ。釣り上げられるかどうかは本人の腕にかかっている」
俺は自分の過去を思い出してみるがその辺りの記憶がはっきりしない。しかし上手く釣り上げられたようだ。何かをしたような気がする。何かがあって、目の前に広がっていて、そこで何かをしたような。上手く思い出せない。
「まあ自然に死にかけた場合は獲得はそんなに難しくない。意図的に死戦へ追いやる方法での獲得は不可能ではないが確率はかなり低い。人工的な要素が入るとこういうものは質が一気に落ちる。餌の質が悪くなるということだ。こういった危険行為を防ぐためにも自由技能の存在と獲得方法は秘匿するようになっている」
「自由技能は秘密にする。それを知ったものには獲得方法を教えない。それも知るものには人工的な方法では獲得できないと教える」
「そういうことだ」
学校でも教えないし定型技能だけで仕事をする冒険者も多い。
俺はアウトローな入り方をしたようだ。
そして日が傾いてきた。
「そろそろ行こう」
ギルドの訓練場だ。
三人でそこまで歩いてきた。
「本気でいくぞ、お前も本気でこい」
自由技能はなしだが源力はありだ。つまりLキャストで戦うことになる。
体気煥発。
――Lキャスト。
オオオオオオ
白い煙が立ち上る。
トライオーラだ。
大型バスと激突しても傷一つ付かない。
そんな自信があった。
数秒前までは――。
ドッ
猿田の右腕が俺の腹部に当たり、体がくの字に折れる。
グオン、ガシャアン
殴り飛ばされ、本舎二階の窓ガラスを突き破った。
ギルド二階の書庫。
俺はそこで床に伏して胃液を吐いていた。
昼飯はなしだ――。
その意味がわかった。
何だ、今のは。
重い一撃だ。体中にダメージが走る。今までにないような苦しい経験だった。
それでもスキルが衝撃を大分殺した。体気煥発がなければ怪我では済まなかったかもしれない。
「ちょ、ちょっとちょっと、何!?」
書庫のお姉さんが駆け寄ってくる。それを無視して腹を押さえながら窓際に立った。
窓の外、訓練場の隅に異様な姿で立つ猿田が見えた。
あそこからここまで殴り飛ばされたのか。
――やるしかない。
俺は破れた窓枠に足を掛け、飛び降りた。
「ちょっとお!?」
背後にお姉さんの声が響く。
今のが殴殺だ。初めて食らった。
おそらく俺が会得したばかりの裏の内功による殴殺だろう。
確かに武器は何もいらない。基礎にして奥義だ。
もうあれは食らいたくない。
猿田の前に来ると無言で構えを取った。向こうも無言だ。
数間先から無造作に歩いてくる。
そのまま地を蹴って踏み込んできた。
ブン
殴殺が空を切る。
下から突き上げるような拳を顔を逸らしてかわす。
殴殺はまずい。絶望的な威力の籠った拳だ。当たるわけにはいかない。
続いて左フック。上体を引いてかわす。空を切る音と共に目の前を拳が過ぎる。恐怖で竦みそうになる。そこから腰を据え、放たれる腹部への右ストレート。
左手を添えてかわした。そのまま切り返して右の肘打ちが飛んできた。
俺は冷静に判断した。これはスキルにはならない。右腕で受け止めた。
しかし裏の内功の籠った肘打ちだ。俺は一瞬動きを止められた。
次の瞬間、軸足に力が籠り、猿田は下を向いて溜めを作った。
――来る。
ゴッ
猿田の両腕が俺の顔面と腹部を同時に捉え、振り抜いて両腕をクロスさせた。
速い。
殴殺をもろに食らった。
しかし今度は踏みとどまった。
狼が咬殺するように上下から拳が出された。予想外の攻撃に反応が遅れた。
回避もガードも間に合わず、もろに食らう直前に、反射のようにそれができた。
裏の内功だ。
顔面と腹部に当たる瞬間にそこに力を込めた。
真正面からの抵抗力が打撃力を打ち消した。
上手くいったがタイミングがずれれば致命傷だった。鼻血が垂れる。
スキルでも威力は殺しているがそれでもダメージはかなり残る。殴殺を正面から食らったことに変わりはない。裏の内功を両手で放った。骨や臓器への負担が心配だが今はそれどころではない。薄暗い訓練場に白い煙が揺れる。
据わった目だ。これが戦闘時の猿田の姿だ。
怒りや殺意は邪気だ。
猿田の放つオーラは穢れない清流だ。
これが冒険者だ。
一撃、当てなくては。
俺は本能でそう感じた。無言で猿田と意思が交差した気がした。一撃入れたらお終いだ。
俺は再び構えた。
食らってはいけないという緊張感の中で、気がつくと戦いを楽しんでいる自分がいた。
猿田の見たことのない姿だ。そこから出される動きの一つ一つが好奇心を掻き立てた。
次はどんな攻撃だ。
俺は源力を纏った。
猿田が離れたところから右腕を大きく引いた。打撃の体勢だ。
ドン
不意を食らった。
仁王殺だ。腕を引いたのは囮だ。
無防備なところに食らい、俺が一瞬、怯むとそのまま懐に飛び込まれた。
アッパーカットだ。
ドドン
拳を振り上げた猿田が仰け反った。
俺は防御を捨て、右面撃ちを猿田に浴びせていた。
両者の攻撃がほぼ同時に当たった。
結果的に猿田の打撃は中途半端になった。
俺は丁寧に裏の内功で猿田の顔面を打ち抜いた。
「それまで!」
ノエルの声が響く。
それと同時に拍手と歓声が上がった。
気がつくとたくさんの観客が周りに集まっていた。ギルドの職員たちだ。激しくガラスを割った音を聞いて出てきたようだ。
「すごい!」
「いいもの見せてもらった」
猿田は口から血を垂らし、それを拭いながら言った。
「上出来だ。紫電を体得したな」
どうやら裏の内功のことを紫電というらしい。いつもの猿田に戻っていた。




