76、約束の大地
朝、目が覚める。障子を開け、窓を開けると少し寒い。
そろそろ火鉢を使おうか。炭を買ってこなくてはならない。ついでに本屋にも行こう。俺は紺の服を着て外に出た。
鳥が鳴いている。空は晴れて空気が澄んでいる。気持ちのいい秋晴れだ。水色学校時代の運動会を思い出す。確か下級生に初恋の女の子がいたような気がした。知らないうちにその子の姿を目で追っていたのを思い出した。入場行進でそんなことをしていた。閉会式でもしていた。俺はサッカーは好きだが走るのはそんなに得意ではなかったから、きっとその子の目を引くことはなかっただろう。
一本道を通り過ぎ、大通りを左に折れ、少し歩いたところで右の方の路地に入っていった。この間の事務所や店が並んでいる通りだ。木造の事務所が所々に見える。作業場に木材がたくさん積んであった。工務店だ。畳や、窓ガラスのサッシ屋なんかもある。重いものを持つ仕事だ。体気煥発があると大分楽ができるだろう。リヤカーの前で仕事着のおじさんがたばこを吸っていた。荷台には紙袋が積まれていた。飼料か何かだろうか。スキルを持っているようには見えない。こういった現場で働く者はスキルを小間物だといって無視している者も多い。スキル持ちは内功を使えるものが多いから立ち姿にも技の工夫のようなものを感じる。猿田からはその背中にいつも余剰エネルギーを感じた。源力持ちからはさらに独特の懐かしさを感じる。現場でスキルに価値を見出しているのは大規模な工務店だ。裏通りの業者は昔気質の職人たちだ。通りを歩いていると商店街が見えてきた。俺は本屋に向かった。
本屋で「約束の大地」を見つけた。新刊だ。今日はそれだけを買って外に出た。あとは骨董屋で炭を買った。それと服屋で作業着に合わせた濃緑色のジャケットを買った。それらを持って宿舎へと戻った。服が増えるのは好ましくないが、寒さには勝てない。
共同調理場のポットでコーヒーを淹れ、座卓に座って本を読んだ。「約束の大地」の二巻だ。
主人公のアクセル。アクセルの使い魔リュゼ。精霊のハルカとコノハ。そして天使のルイン。五人の旅が始まった。リュゼは魔族だ。
とある町に滞在中、五人は奇妙な事件に遭遇する。
北の洞窟に出かけたものが帰ってこない。捜索に出たものも消息を絶っている。何かがあるようだがこれ以上は怖くて手が出せないという。真相を突き止めるため、五人はその洞窟に向かった。
洞窟は山の中にあった。入り口を発見して中へと入っていく。暗いので手に神術の光源を灯す。一番奥まで来たとき、五人はそこで奇妙な光景に出くわした。十人くらいの人間が洞窟の奥の空間でグルグルと回っていたのだった。前屈みになり、十人が並んで規則正しい円運動をしている。表情はなく、誰もが虚な目をしている。何かに取り憑かれたように単純運動を繰り返していた。微かに排泄物の匂いがする。何人かが漏らしているようだ。意識も何もかもを奪われ、この奇妙な運動に費やされているようだった。原因はすぐにわかった。洞窟の奥の壁面に壁画が描かれていたのだ。まるでグルグル回る人間たちを見下ろすように壁画は異様な気配を放っていた。動物のようなものが描かれた壁画だった。不気味な動物だ。手が六本あり、足がない。どこから見てもその動物と目が合う。魂を抜き取られるような絵だった。これは恐らく天使が描いた絵だ。呪いのような絵だ。魔族のリュゼだけがその絵を見てその場で倒れた。天使と精霊は平気のようだ。しかしずっと見ていると生気を吸い取られるように気力が減退してくる。四人は石片を持って憂鬱な気持ちに抗いながらその壁画を砕いた。すると何かが解放されるような気配があった。リュゼも目を覚ました。町の人間たちも時間が経てばきっと元に戻るだろう。
こうして五人は町の人間たちに感謝され、次の目的地についての説明を受けた。
グランベル帝国。
そこで五人は一人の女と出会う。それはこの旅の中でも最も大きな意味を持つ出会いだった。
五人は町を後にした。
「約束の大地」にはありがたいことに挿し絵が付いている。盆土外郎の小説にしては珍しい。
二巻にはグランベルの前半の部分が少し描かれているようだった。




