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73、場力大会

 その日は朝からギルドの訓練場にいた。猿田とノエルも一緒だ。珍しく芽留も来ている。空からは小雨が降っている。


「東部ドメイン主催、場力大会」


 猿田がそう言って俺の方を向く。

 場力による手合わせだ。青葉の公園以来だ。今までの成果を見てやると言われた。


「全力で行くぞ」


 自由技能(ディスオーダー)を使った全力の場力だ。俺の源力がどこまで張り合えるかの勝負だ。


「では、行くぞ。よーい」


 一間ほど離れた距離で互いに向き合う。全身に力が入る。


「どん」


 ズオオオオ


 開始と同時に天から悪夢が降ってくる。凄まじい場力だ。俺は一瞬で浮き足立った。


 ゾワァ


 肩から背中を伝って悪寒が走る。体の力をどんどん奪われていくのを感じた。降参しそうになる。あのときの公園での記憶が蘇る。その場に倒れて手足が震えた。あのときと同じだ。このままでは。源力でどこまでできるか意気込んでいたがとんでもない。何もできない。これが自由技能だ。

 一瞬で全身が猿田の場力にのまれた。降参です、もうやめて下さい。声が出かかったが、俺は何とか踏みとどまった。それではあまりにも格好が悪すぎる。体に力を入れようとしたが入らない。何もできない。ただ体を貫いていく場力を呆然と見ているだけになった。耐えきれずに目を閉じた。すると暗闇の中で地面から映像が湧き出してきた。老人の顔だ。それが地面から天に登っていく。その途中で若い男の怒っている顔に変わった。どろどろと溶けるように変貌していった。酷く消極的な映像だ。場力で押されているからbタキオンが湧いてしまったようだ。体も悪寒で満たされている。次にチューリップの花が湧いてきた。天に登る途中で子どもの臀部になった。内向きで病的な絵だ。もう駄目だ。全てをあきらめかけたそのとき、目を開けるとすぐ前に景色が浮かんだ。

 水中を泳ぐ魚だった。さっきまでの映像とは違う。訓練場に水の中の景色が重なった。これは前にも一度見たことがある。あのときの泉の魔物だ。倉庫の中を泳いでいく魚。あの景色が目の前で蘇った。今は倉庫ではなく訓練場だ。まるで俺を導くように魚の後を追って一筋の道が伸びた。同時に雑念が払われ、そこに集中力が生まれた。道の先を見据えて少しずつ進んでいく。真っ直ぐに、何も考えずに意識を研ぎ澄ますことができた。

 道ができたのを見届けると魚は姿を消した。

 道の両側はすぐそこまで猿田に奪われた領域だ。さらに猿田の場力は容赦なく降り注いでいる。しかし、視線の先を見据え、研ぎ澄ました集中力はそれ以上の侵入を拒んだ。中心を突き抜けるこの軌道は侵されない。やがて軌道が安定したのがわかった。透き通る意識に入った。透き通る意識だ。きっとこれを教えたかったのだ。

 一点を見据えて集中力が体を満たした。場力の嵐が吹き荒れる中、視線の先の一点だけを見続けた。段々と負荷がなくなっていくのを感じた。気がつくと全ての領域を取り戻していた。

 この状態に入れば一本道を歩くようなものだった。踏み外すことはない。嵐はやがて勢いを失った。


 猿田の凄みが消えた。

 向かい合う俺は終わったことを悟り、静かに深呼吸をした。ほとんど息を止めていたようだ。

 まだ肩の辺りに寒気が残っている。


 ノエルと芽留は呆然とその様子を見ていた。透き通る意識を初めて間近で見たようだ。それは猿田も同じだ。


「目録を許す」


 猿田が一言だけ、そう言った。完全勝利だ。相手の場力を退けて攻めてはいないが、俺の勝ちだろう。外野の二人もそれを認めているようだ。

 場力は完璧だ。攻守で言えば守りに特化した能力だが、透き通る意識は本物だ。きっと実戦でも使える。それを知ることができた。


 あの景色は猿田の源力が見せたのだろうか。夏での出来事が懐かしく思えた。


 しばらく四人は小雨に打たれながら訓練場の隅で座っていた。場力で高められた澄んだ空間がそこに少しの間残っていた。

 本舎ではギルド員が鉢植えを外に出していた。雨に当てているようだ。

 訓練場には他に誰もいない。細かい秋雨だ。もうすっかり涼しくなった。


「さっきのはどこで身に付けたんだ? 俺たちも見習わないといかんな」


 透き通る意識のことを言っているのだろう。


「魔物と場力の根比べをしていたのです」


 俺は正直に言った。


「ときどき大胆なことするな、相葉は」


 芽留が言う。


「場力しか出していないからな。少し運動しよう」


 そう言うと傍らに落ちていた軟式ボールを拾い、少し離れて俺に投げてきた。俺はそれを取って投げ返した。俺も最近は運動らしい運動をしていなかった。

 そうしてしばらくキャッチボールをした。そばでノエルと芽留がそれを眺めている。


 猿田はときどき構えに鋭さが増し、重い球が投げ込まれる。内功だ。

 細かい動作で内功を込めるのが上手い。俺も少し意識しながらやってみる。


「そうじゃない、考えては駄目だ。何も考えずに体の赴くままにだ」


 言われた通りやってみるが、どうやったらできるだろう、とつい考えてしまう。


「内功は衝動だ。お前の場合サッカーの方が込めやすいだろう」


 確かにそうかもしれない。サッカーの方が熟達している。

 内功はやめて普通にキャッチボールを続けた。雨の中の運動は気持ちがいい。


「さあ最終回、ツーアウト満塁、フルカウント。ここでピンチヒッターの登場です」


 ノエルが黙って俺の前、打席につく。俺はキャッチャーのように腰を下ろした。


「後がない、猿田選手。振りかぶって」


 ゴオ


 豪速球が放たれた。

 俺は瞬きもせず球筋を見極めた。


 ビシイ


 素手で受け止めた。内功じゃない。スキルだ。


「――弩投石(グリーズロー)。よく止めたな」


「勘弁して下さい」


 手が痛い。


「ははは」


 ノエルが笑う。


「大丈夫か、相葉」


 芽留がため息をつく。

 大分手加減はされたようだが、スキル訓練のおまけが付いた。

 そのまま四人は訓練場を後にした。

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