68、光へ
病院を出ると外は日が暮れかけていた。町の中を歩いて長屋に帰る。雨はすっかり上がっていた。
途中で豆腐屋が荷車を引いて売りに来ていた。ラッパを吹きながら手拭いを首に掛けたおじさんが車を引いている。俺が子どもの頃から馴染みのある風景だ。ラッパの音も変わらない。路地の先にある空き地の前で止まると、そこに主婦たちが柄のついた鍋を持って集まってきた。親に手を引かれてついてきた子どもは豆腐屋から飴をもらっていた。俺も晩飯をどこかで買わないといけないがさすがに豆腐を晩飯にするわけにはいかない。そのまま路地を歩き、通りかかった肉屋でコロッケを二つ買った。それと帰る途中にある自動販売機でコーヒーを買った。もう温かい飲み物が出ている。俺は冷たいコーヒーを買った。足元を見ると道が大分雨で濡れて水たまりができている。この辺りは結構降ったみたいだ。紙袋とコーヒーを持って俺は長屋へ帰った。
部屋に戻ると窓際に行って雨戸を開けた。外はもう暗くなっていたが、照明魔法はつけないでおいた。窓を少し開けると庭の向こうから虫の鳴き声が聞こえる。小さい座卓の前に座って壁に寄りかかり、窓の外を眺めていた。斜向かいの家には俺と同い年の女の子が住んでいる。部屋に明かりがついている。落ち着いた柄のカーテンが掛かっている。確か紫学校に上がると言っていた。明かりがついているから、都会ではなく道楽の紫学校に通っているのだろう。水色学校のとき、一度だけ同じクラスになったことがある。なかなか可愛い娘だった。
青学在学中に黒学のクラスに進み、黒学の指定するスキルを習得したものは特待生として授業料免除で紫学校に行ける。そして卒業後は冒険者になる。俺の学校にも黒学はあったが生徒はいなかった。もし在学中に体気煥発を覚醒していたら多分黒学行きだっただろう。
コロッケを袋から出して、ソースをかけて食べた。まだ温かい。暗い部屋の中に外の街灯の明かりだけが差し込んでくる。夜の空気を味わいながらコーヒーを飲んだ。この時間は今ぐらいの季節が一番趣が深い。秋の香りを窓の隙間から風が運んでくる。俺は果歩のことを思い出していた。
明日、病院に行けば全てわかるはずだ。おそらく大丈夫だと思うが、まだ安心はできない。病気が完全に治ったかどうかはわからない。あのような辛い夢を見るくらいだから、俺が来なければ危なかったのだろう。今までの結果から考えると、俺のスキルは俺が何もしなかった場合の未来が見えるようだ。とにかく山田には本当に感謝しなくては。俺はずっと背負っていた重い荷物をようやく下ろせたような気がした。
携帯を開いて「光へ」を聴いていた。
――あふれる思い。あのときの君を助けたくて、苦しいほどに。
――光のない未来、君を傷つける声。降り注ぐ。もうどこにも行けないと言う。
――運命だって。変えてみせる。君が苦しむのなら。全ての音。止めてみせる。君の目に涙伝う。
少し前のはずなのにもうずいぶん昔のことのような気がする。辛かった頃を思い出した。涙が頬を伝った。音楽は優しい歌に変わっていた。




