64、草むしり
秋も深まり、十月を迎えた。
昨夜、座卓の上にあるフクメンを見たら何故かびしょ濡れになっていた。寝る前だ。俺は仕方なく眠気を堪えて洗濯して部屋で干した。何で濡れていたんだ。床下で負の感情に当てられ続けたせいだろうか。bタキオンは何が起こるかわからない。俺は怖くはないが、念のためbタキオンは晴らしておいた方がいいだろう。
というわけで、今日はここに来た。離れの裏山だ。
離れの裏には山がある。茂みに入り、少し登っていったところに開けた場所がある。八人の寮生が職員と一緒に開墾した畑だ。今は農家出身のギルド員のおばちゃんがここで野菜を作っている。ネギやニンジンなどが育っている。野菜は家畜と違い動かないから何から何まで人がやってやる必要があると農家の人から聞いたことがある。土を耕し、種を撒き、水をやり、肥料をやり、雑草を取り、温度管理をしてやる。しかし、やりすぎると野菜はさぼって自分で育たない。ある程度の寒さなどの負荷があると野菜も力強く育つ。
長屋に一人、農家育ちのじいさんがいた。長屋の畑を天地返しで耕していた。そしてそこに大根を植えた。あれは凄かった。滅多に見られるものではない。俺も感心しながら農作業を手伝った。じいさんは普段から無口だった。トマトや小松菜は甘かった。俺たちにとっては大事な食料源だったし、売ることもできた。
俺はとりあえず畑で雑草取りをした。こいつの主が汗水たらしながら耕した畑だ。俺もここで何か作業していればbタキオンも晴れるだろう。傍らにフクメンを寝かせて俺はひたすら雑草を取った。日が傾くまでそれを続けた。今日はおばちゃんは来ないようだ。そこそこの雑草の山ができた。それを茂みの中に捨てた。
雑草を取り終えるとしばらくそこでぼーっとしていた。秋の風が気持ちよく当たる。日が暮れるのをゆっくりと感じていた。静けさが染み渡ってくる。隣にあるフクメンはただの人形だ。
暗くなると俺はフクメンを拾い上げて畑を後にした。フクメンは土が付いて少し汚れてしまった。宿舎に戻ると俺は手洗い場で軽く洗った。
こうして洗濯して外に出したおかげか見られているというような感じもなくなった。bタキオンが晴れたのだろう。
夜になって食堂へ行く。一番奥に見えるのは向かい合う猿田とノエルだ。俺も席に着く。
「涼しくなってきたな」
猿田とノエルも俺と同じく夏の間、半袖を着なかった。それでも汗をかいているようには見えなかった。何かの鍛錬の成果なのだろうか。
「そうですね」
俺はただ単純に服を増やしたくないので長袖で通している。
みんな無言になったので最近気になったことを質問してみた。
「もし、この世に障害者がいなくなったらどうなると思いますか?」
猿田は顔を上げ、遠くを見ながら言った。
「普通の人間だけになったらってことか?」
「そうです」
ゆっくり息を吐きながら答えた。
「それは不可能だ」
「不可能?」
「境界線がはっきりしない。障害者の性質をたくさん持つ普通の人間もいれば、健康さをたくさん持つ障害者もいる。人と流暢に話せるがいざ壇上に上がるとうわずってしまう者。逆に人と話すのは苦手だが壇上で注目されても平気な者。どっちが生きづらいだろう。多様化した世の中で、障害者とは、自分のある症状で自分や周りが生きづらいと訴えた者のことを言う。誰もが健康であり障害者にもなりうる」
「なるほど、俺も障害者っぽいところあります」
「俺もあるよ。酒がないと不安になる。誰でも何かはある」
「つまらない質問でした」
「お前の言うことはわかる。もしそうなったら多分、普通の人間が障害者になるだけだろうな」
二人の注文した料理が運ばれてきたところで俺も注文した。
「カレー下さい」
ノエルもカレーを食っている。猿田は蕎麦だ。
「蕎麦からカレーに移ったその心は何なんだ?」
「蕎麦だと栄養偏りそうで」
「蕎麦頼んじまったじゃないか」
ははは、とノエルが笑った。
あれから未来の映像が見えることはほとんどない。
露九戊からも特別なことは何も言われない。
もしかしたら未来はもう既に変わったのだろうか。俺たちが身構えたせいで悪魔の意識は別な方へ向かったのだろうか。問題の時は来年の春だ。もし何事もなく過ぎれば未来は変わったことになるのだろう。俺たちにできることは警戒しながらその時を待つだけだ。
いつか手放しで危機から解放された状態でこの二人とこうして時間を過ごしたい。俺はそう考えるようになっていた。




