58、月夜
洞窟を出て少し歩くと木々が生い茂っている。俺たちはそのまま山を下りていく。
平原に出ると、南東の方に港町がある。しかし町に明かりはない。真っ暗だ。
「あそこには電気がない。だから元々夜は真っ暗だ。このまま青葉を目指そう。そこで生きているか確認できる」
猿田の言う通り、俺たちは南西を目指す。照明魔法を灯し、方位磁石を見ながら慎重に進む。外地で迷うと命取りだ。
空腹で倒れそうだが、足取りは軽い。念願の澄んだ空気だ。俺たちは解放されたように歩く。外地は空気が綺麗だ。景色もいい。月がはっきりと見える。秋の夜風に吹かれながら平原を歩くのは気持ちがよかった。
俺は心の中で祈り続けた。街が無事であることを。砂川と果歩もどうか無事であってくれ。街の明かりに全てが懸かっていた。緊張してくる。最悪の場合は三人で生きていかなくてはならない。街がもうすぐ遠目に見える。
三人とも言葉はなかった。無言で歩いている。全てはこれから見える街に答えがあるからだ。真っ暗だったらどうしよう。俺たちは言葉に出さずに祈った。
「とんだ任務だったな。一山去ってまた一山だ。胃が痛くなってくる」
全くその通りだ。もう間もなく街が見えてくるはずだ。俺たちは自然と早足になっていた。
頼む――。
時刻は午前0時50分。無事ならまだ起きているものがいる。真っ暗ではないはずだ。
そして、ついに街が近づいてきた。明かりは――。
ちらほらと、そこには明かりを灯している家があった。微かにだが街の夜景が見える。
「やった!」
「待て、まだ安心はできない。夜までたまたま耐えた者が数人いるだけかもしれない。この目で生存者を確認するまでは……」
ポーン。
そのとき猿田の携帯が鳴った。電波が通じたからだ。
“遅いな。大丈夫なのか”
それは露九戊からのメールだった。日付は、昨日の夜――。
「五藤さん、生きてる」
「ふう、どうやら無事のようだな」
「よかった」
俺は草原に仰向けになって寝転んだ。
みんな生きてる。
「ああ、一気に疲れた。早く帰ろう」
これで一安心だ。
俺たちは再び歩き出した。
やがて橋にたどり着いた。橋を渡り、街に入る。
街の様子は特に変わらず、いつもと同じだった。民家の所々に明かりが灯り、風呂場から鼻唄が聞こえる家もあった。
あの逆空箱は何だったのだろう。街には襲われた形跡が見えない。
「もしかしてダンジョンの不安定場力とかいうやつだったのでしょうか?」
「いや、あんな手の込んだものは自然の力ではない。おそらく、あの魔物の仕業だろう」
猿田の言う通り、モズの魔物の自由技能が引き起こしたものだった。洞窟の周囲にだけ、幻術に近いスキルが張られていた。四日目で力を使い果たして死んだようだった。携帯を確かめても緊急速報の履歴は残っていなかった。
夜中の散歩をしている夫婦がいたのでここ数日の様子を聞いてみた。いつもと変わりはなく、空気が腐るなんて聞いたこともないと言った。やはりあれは幻で、空箱には副作用はないことがわかった。
「ああ、散々だった」
そう言いながら俺たちは閉じた店の自動販売機の前に来た。
「飯屋は全部もう閉まってるだろうからな。何が飲みたい」
そう言いながら猿田は金を入れた。
ゴトンと飲み物が落ちてくる。
猿田は缶ビールを買って一気に飲み干していた。
俺はオレンジジュースを飲んだ。ノエルはコーヒー牛乳を飲んだ。少し腹がましになった。
「四日振りの酒だ」
ひっくり返したビールケースに腰かけながら夜空の月を眺めていた。
静かな時間が流れる。
長い任務だった。あの洞窟の中がもう随分前のことのようにも感じられた。
俺たちは日常のありがたさをかみしめながら宿舎へ戻るため再び歩き始めた。




