34、合法ドラッグ
次の日の朝、ギルドの訓練場へと向かった。猿田とノエルはまだ来ていない。少し離れたところに柔軟体操をしている若い男と、ブロックに腰を下ろして頬杖をつきながらそれを見上げている若い女がいた。冒険者には見えない。職員が朝練をしているというような風情だ。柔軟体操が終わり、座り込む女と何かを話している。そんな様子を見ていると、ギルドの建屋の方から二人が歩いてきた。
「相葉、お前この前の報酬まだもらってないそうだな。帰りにもらっていけ」
「あ、はい」
人形狩りの報酬をまだもらっていないのだった。忘れたわけではないが、大して役に立っていなかったから気が引けていた。
「今日はスキルの重複発動についてだ。これを教えれば、もう教えることはない」
「わかりました」
「まずスキルの種類についてだ。スキルには物理、魔法の他に、もう一つ別の分類方法がある」
ノエルは訓練場の遠くの方を見ている。あの若い二人はまだ話し合っている。
「巡行スキルと単発スキルというものだ。巡行スキルは継続して発動されるスキル。短剣の暴れ狛犬や体術の狸や斑犬、布陣スキルなんかはほとんど巡行スキルだ。それに対して単発スキルは殴殺、剣圧などの一発で終わるスキルだ。この分類は魔法スキルにもある。あと巡行スキルに似たものとして持続スキルというものがある。発動だけが難解で発動すれば力の消費なく効果が持続されるものだ。物理では悪魔。魔法スキルでは火気や陽炎なんかがこれになる。照明魔法は単発スキルとして扱われる。持続という考え方ではなく、放てば勝手に三十分続く。そしてこれらを同時に扱うのがスキルの重複というやつだ。正確にいうとプライマリーとセカンダリーという使い方で二つ、同時に発動することができる。セカンダリーには巡行スキルと持続スキルが、プライマリーには単発スキルが入る。しかし巡行スキルの中にはそれ一つで完結しているものも多い。暴れ狛犬や狸、あとは空箱なんかもそれだ。こういうのはセカンダリーに入れるには向いていない。こうして陽炎や体気煥発を纏いながら殴殺を放つ、などの重複発動が可能になる。これらは定型技能の話であって、自由技能は完全に独立して扱われる。中には定型技能と合わせて使われるスキルもあるけどな」
「よくわかりました」
「使用感としては、セカンダリーを下層に持続させながら上層でプライマリーを放つ、左と右で分けるやつもいる。器用に同時発動できるまでには時間がかかる」
「何となくわかります」
「お前の今の手持ちは殴殺と空箱と火気か。試せないな」
あの後、照明魔法も覚えたけど同じことだろう。
「そこで、今からあるスキルを覚えてもらいたい」
そう言いながらポケットで何かを探っている。布に包んだ小さな錠剤を取り出した。
「ステイラムネという、冒険者ギルドの研究部門によって開発された薬だ。飲めばあるスキルを獲得できる。しかし、これを飲んで必ずそのスキルを覚醒できるわけじゃない。だいたい五人に一人と言われている。試してみよう」
そういって錠剤を渡してきた。
「飲めばいいんですか?」
「そうだ。飲むだけでいい。俺もこのスキルは持っている」
俺は薬を口に入れた。
シュワシュワと溶け、薬が口いっぱいに広がった。同時に香りが広がる。何だろう、不思議な甘い香りだ。懐かしい。俺はこの匂いを子供の頃に嗅いだことがある。しかし、思い出せない。どこで嗅いだだろう。俺は心と周りの風景が子供の頃に返っていた。時々、何かを思い出せそうな瞬間がある。それは情景だ、子供の頃の。
「殴ってみろ」
そう言って案山子を指差された。俺はまだ意識を香りに奪われたまま殴殺を放った。その瞬間、情景が閃いた。
ドゴオ
案山子がバラバラになった。
「な、何だ、これ」
「お、いきなり当てたな」
気がつくと景色が戻り、香りも消えていた。口の中には薬はもう残っていなかった。
「何なんですか? これ」
「畔道という布陣スキルだ。薬を飲んでいる間発動する。タイミングが合えば単発スキルの威力が上がる。衝撃にまではいかないがな」
子供の頃の記憶が思い起こされたときそうなるという。何かに引っ張られたみたいに意識が上の空になるから実戦ではあまり使われないらしい。でもおかげでスキルの重複を初めて体験できた。
心地よい幼い頃の様子が思い出せた。
初恋の味だ。
一言でいうならば。
水色学校の低学年か、それよりも前の。
五人に一人というのは幼い頃に初恋を経験しているかどうかなのだろう。
名前も覚えていない女の子がいたような気がする。思い出したのはその子がいる情景だ。
それだけでも薬は病みつきになりそうなほどだ。しかし、薬は結構高いらしい。
「毎日頑張っているご褒美だ。また手に入れたら分けてやろう」
女の子を思い浮かべたらクリティカルだ。確かに戦いにおいては不謹慎すぎる。研究部門の遊び心がうかがえる。
ちょっとした麻薬みたいだな。でももう一回飲んでみたいので猿田には頷いておいた。




