33、トライオーラ
白亜の住宅街を通り過ぎ、紫苑に入った。夜になってもまだ賑やかな通りを歩いていく。桜の木が街路に植えられているが、根が隆起してアスファルトを突き破っているところがいくつもある。地面がでこぼこしている。路面はもう役目を果たさないから剪定が街で行われていない。自然のまま桜の木は生い茂っている。建物には影響はないみたいだ。商店街はまだ半分くらいが営業していた。肉屋の前で子どもがキャッチボールをしていた。この前も白亜を通ったときもやっていたな。ボールではなく照明魔法の白い光を投げ合っている。おそらく親が作ってやったのだろう。肉屋でコロッケを買っているのがそうみたいだ。照明魔法の質感は羽毛に近い。ボールのような質量はないが、子どもたちは器用にキャッチボールをしていた。ちなみにLキャストの橙色の光は少し重みがある。
商店街を抜けて大通りに入った。道行く人が照明魔法を掲げて歩いている。一応通りにも街灯はある。たまに切れている電球があるが、明かりが切れたときは長い梯子をかけて交換がされる。この世界には梯子屋というものがある。高所作業を専門に行う業者だ。建築現場では足場もつくる。そこに大工や塗装屋が入る。彼らが喉から手が出るほど欲しいのが布陣六番の体気煥発だ。重いものも持てるようになるし、高いところから落ちても怪我をしない。積極的な職人は冒険者ギルドで行われるワークショップに参加したりもしている。俺もいつか覚えなければならない。自由技能に少し期待していたが、身体強化系でも回復系でもなかった。
大通りを歩き切って宿舎が見えてきた。一本道が出迎えてくれる。幻想的な橙色の街灯が並んで伸びている。一日どれくらい歩けるかなをやってみたが体はあまり疲れていない。これまで歩き通しは何度もあったから慣れてしまったのだろう。庭の向こうの本部建物を見ると食堂「山水」の端っこの席に猿田とノエルがいるのを見つけた。あれ? よく見ると座卓には三人が着いている。波止場芽留も一緒だ。珍しい、どうしたのだろう。俺は手ぶらだったのでそのまま部屋に行かず食堂に直行した。
「お、大先生、来なすった」
「こんばんは」
猿田がいつものように迎えてくれた。芽留は無言で俺を見上げている。
「未来予知の哲学者の先生、見識をお聞かせ下さい。女の裸はどうやって透かして見えるのでしょう」
「やめろ」
どうやらあの火傷の件が気になって俺を待っていたらしい。
火傷、そんなにこだわることなのだろうか。
俺はそのことも含めて、今日見た夢と自分の自由技能に関する話をした。
「……隕石か。それは大ごとだな」
「でもまだ未来予知と決まったわけでは。ただの夢だったってことも」
「しかし、ノエルのスキルや芽留の火傷は当たっている。見せてみろ」
「……」
芽留は黙って木綿のシャツをまくった。お腹に痣になっている火傷の痕があった。かなり大きい。
「お前もただの夢には思えないのだろう? お前の感覚が一番大事なんだ。お前が見たのだから」
「はい。でも随分先の未来のような気がしました」
「お前がそう思うならそうなのだろう。どちらにしろ支部長にも報告しないといかんな」
猿田は壁に掛かっているカレンダーを眺めた。
「もうすぐ対抗戦で招集される。そのとき話すか」
みんな黙り込んだ。注文はまだしてないみたいだった。
「少し外行こう。芽留、お前はどうする?」
「風呂に行く」
そう言って芽留は席を立って出て行った。
「何をするんですか?」
「いいから来い」
俺たち三人は食堂の前の庭までやってきた。
「見てろ」
それだけを言うと庭が静まり返った。夜の暗闇に門灯が浮かんでいる。猿田は何かを集中しているようだ。やがてそれは訪れた。猿田の立ち姿が変わった。
宇宙空間――。
そこは心地よい暗闇だった。佇む背中に覇気が見える。しっかり地面に立っている。しかし街灯の向こうに浮かんでいる天体が見える。真上には白い衛星も迫って見える。ここはどこだ。場力でも内功でも空箱でもない。襟元から白い煙が出始めた。
「ははっ」
俺は思わず笑ってしまった。こんなすごい景色は見たことがない。
「これが純粋の源力だ」
煙はトライオーラという。集中力の高い状態が長く続いたり、極限状態で発現する場合がある。仕事現場で男たちが極々稀に放つときがあるらしい。源力を込めると必ず出る。香水のようないい匂いがする。
「源力は場力とも内功とも違う。意識を沈ませていくと底の辺りで漂っているのがわかる。それを感じるんだ。それだけでいい」
源力はスキルとセットで出すものだと思っていた。
あの懐かしい感じだ。暗い深淵だ。どうやら宇宙だったようだ。心を無にして意識を沈めていく。どんどん降りていくと確かに底の辺りにじわっと気が立ち込めているのがわかった。それを感じる。異常な覇気がついてくる。これが純粋な源力だ。銀河の中にいる。もちろん全て幻だ。煙も上がっているのがわかる。いい匂いがする。
空箱や内功が透明だとすると、源力は黄色いオーラのイメージだ。色付きなのが感じられる。立ち姿が淀みない。
「そうだ、その感じだ」
源力を纏った状態だ。ノエルもいつの間にか真似をしている。三人が異様な姿で立っている。周りが見たら何事が始まるのだという感じだ。ここが世界の中心だ。誰が来ても負けない。これなら多分負けない。
「源力には残量があるからな。注意しろ」
そう言って源力を解いた。
「明日、もう一つ、新しい概念を教えてやろう。今日はもう飯にしよう」
そう言って俺たちは食堂に戻った。
これが源力だ。内功や空箱の上をいくものだ。
暗闇の底に文字が浮かんでいた。【insane_dream】。俺のディスオーダーだ。




