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29、帰還

 公園を出て、坂を上がり、街の中を再び歩き始めた。雨も止み、辺りは暗くなりかけていた。


 住宅街を歩いていく。夕飯の支度をしているのだろう。いい香りが漂ってくる。テニスのラケットを抱えた紫学生くらいの女の子が二人歩いていた。犬の散歩をしている男の子もいる。歩いていて気付いたが猿田の歩き方は人の目を引く。あまりこういう歩き方をしている人間はいないが、見ていると真似をしたくなるような歩き方ではある。大きな道路に出て、段々通りが賑やかになってきた。周りでは民家が途絶えて店が多くなってきた。


「びしょ濡れだから、どこかで飯を食うわけにもいかないな。早く帰ろう」


 青葉の歓楽街を歩いていく。もうすぐ白亜の街に入る。ネオン街にバーやレストランが立ち並んでいた。美味しそうな匂いがする。映画館も見える。壁に色んなポスターが貼ってあった。建物はどれも二階か三階までだ。海に近い白井では青葉区でときどき地震が起きる。高層の建物はない。大市長の飾五十六が、毎日大地震が来ないよう調整杉の前で黙想をする。そのとき、持っている能力で地盤を踏みしめるようにする。地盤固定という。効果の程は測れないが大地震が起きたことは一度もない。人々の間には地震の仕組みは知れ渡っておらず、大きなナマズが地中にいるからだとか、大宿り主様のお怒りだなどと信じているものも多い。

 通りには仕事帰りの人や外食をする家族連れなどが行き交っていた。俺たちも早く帰ろう。紫苑の街が懐かしくなった。

 二階建てのアパートの玄関に姫沙羅が植えてあり、明かりが飾られていた。橙色の明かりだ。一階の端の部屋にも障子窓の向こうに同じ明かりが壁に掛かって灯っているのが外から見えた。照明魔法(ライト)のLキャストだ。冒険者が住んでいるのだろうか。部屋の中には人影は見当たらない。木造の古いアパートだったが、荒んではおらず小綺麗に見えた。どの部屋にも人が住んでいる気配が感じられる。二階には洗濯物を干してある部屋もある。雨には濡れていないようだが、明かりはついておらず、暗いのでまだ帰宅前なのだろう。数年前の死兵の襲来から、街に防衛のため冒険者が住んでいるということを聞いた。きっとその一人なのだろう。

 やがて道の脇に「白亜市」と書かれた看板が見えてきた。ここまで来ればもうすぐだ。街の中は再び閑静な住宅街に変わっていた。空は日が暮れ、すっかり暗くなっていた。家の中にはどれも明かりが灯っている。通りを歩く人の中には手に照明魔法を持っている人もいた。Lキャストではなく白い明かりだ。冒険者でなくても下位のスキルなら街の人間が持っていても不思議ではない。すっかり暗くなった路上で、自動販売機の明かりを頼りにキャッチボールをしている子どもたちがいた。俺たちが横を通り過ぎるあいだ、しばらくこっちを見ていた。水色学校の高学年といったところだろう。俺たちが通り過ぎるとまたキャッチボールをし始めた。靴はずぶ濡れだが、水たまりは避けて歩いた。道路には路面標示が微かに残っている。横断歩道に止まれ。ほとんど剥げており、今となっては何の意味もない。俺は車を写真でしか見たことがないが、あんなものが通りを動いていたなんて窮屈だっただろう。今なら目を瞑っても道を歩ける。

 しばらく歩くとようやく「紫苑市」の看板が見えてきた。白亜街は街の中心まで入らず端をちょっと過ぎただけで紫苑に入れる。見慣れた景色だ。商店街を横切り、もう間もなく冒険者ギルドが見えてくる。商店街ではまだいくつかの店が明かりをつけていた。

 冒険者ギルドでは通常営業ではなく夜間受付をしていた。通常業務はなく仕事を終えた報告だけできる。猿田は人形の破片を事務員に渡し、報告を終えた。報酬は明日貰えるらしい。三人はそのまま宿舎に戻った。


「ご苦労さん。風邪引かないようにな」


「お疲れ様でした」


「おつかれ」


 三人はそれぞれの部屋に帰っていった。歩くのが仕事みたいな一日だったな。心地よい疲れを感じながら俺はとりあえず濡れた服を着替えた。

 一日、何も食っていないので腹が減った。座卓の下からビスケットの紙袋を出して食べ始めた。量り売りされていたのを買っておいたのだ。

 仕事の電話で目を覚ますなんてことがもうないように、明日から目覚まし時計をセットしよう。携帯で目覚ましを仕掛けた。

 疲れて眠くなってきた。風呂や食堂に行くのは億劫だ。今日はもう寝よう。

 一階に降りて水を一杯飲んだ後、俺はそのまま布団を敷いて横になった。

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