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28、雨の公園

「何なんだろうなあ、これ」


 上着を拾い、破片を見ながら猿田が言う。足元にはつくしがたくさん生えている。背の高い木の下では落ち葉が湿気っていた。


「誰かが操作しているのですよね?」


「そうだけど、木偶(パペット)にしてはパワーがありすぎる。爆破させれば粉々のはずだ。そして動きにも一貫性がない。草原で体操していたり、気まぐれで人を襲ったり。まるで何もわからない子供が操縦しているみたいだ。数年前は被害が出たが、俺にはとても脅威は感じられない」


「……」


「何か大掛かりなスキルによって動かされている。黒と白で操作系統が違う。木偶にはそんな性能はない。そして、全ての人形はたった一人の手で動かされている。行動が特徴的で稚拙というか、奇異だ。人は襲うが殺しもしない。身のこなしは素人だが、動きの先に見える操縦者の背には源力が感じられる」


「源力を持って稚拙……」


 俺には犯人像が上手く浮かばなかった。


「何の目的があるんだろうな」


「でも見つけ次第破壊しなければならない」


「そうだ、人を襲うのは事実だからな。犯人を見つけて押さえるのが一番なんだが掴み所がない」


 そう言って猿田は来た道を引き返し始めた。俺たちもあとに続く。


「ずぶ濡れだ」


 雨脚はそこそこだ。服はすっかり濡れて重くなっている。


「こうなったらどうしようもない。洗濯するつもりで帰ろう」


 来た道を二時間ほど歩き続けた。道のない大自然の中を歩くのは気持ちがいい。しかも雨でびしょ濡れだ。上を向くとシャワーの様に雨が当たる。開き直ったように大降りの中を歩いていると、境界の橋が見えてきた。これを渡れば青葉の街だ。雨もちょうど小雨になってきた。


 境界の橋の上でちょうど真東。俺たちが向かったのは南寄りだったが、方角をちょっと北に向けた東の方には山があり、そのさらに上には黒い雲が浮かんでいた。雨雲にしては異質すぎる。あれは何だろう。


「あの黒い雲は何ですか?」


 俺は疑問に思って尋ねてみた。


「巫文山(ふもんやま)の黒雲だ。調査隊がときどき派遣されるが正体は掴めていない。巫家と関係があるらしいが、俺も詳しくは知らない」


「ふもんやま……」


「今は賊山と呼ばれている。少数の賊がいるからだ。かなりの手練れらしい。魔物も多数、紛れている」


 調査隊は一軍が隊長として当たっているらしい。

 あの山に関しては露九戊の範疇ではないとのことだった。


 青葉に入り、街の中を歩いていると来たときと違う道を歩いていることに気がついた。家が立ち並んだ先の小路を抜け、遊歩道の階段を下っていくと小さな公園に出た。地面にはハナニラやムスカリが綺麗に咲き乱れている。つくしも生えている。


「雨だし人もいない。この辺でいいだろう」


「?」


 俺たちの方を振り返って言った。何が始まるのだろう。


「こいつを納めれば報酬が出る。しかし、お前は何もしていないだろう。一仕事しよう」


 人形の破片を持ちながら言う。確かに何もしていない。それで金だけもらうのは気が引ける。俺は黙って頷いた。


「場力の手合わせだ。俺を上回れるかどうかやってみよう」


 そう言うと向かい合った。


「ではスタート」


 場力の展開が始まった。

 百七十五センチほどの猿田の上背がいつもより迫って見えた。俺は押し負けないように肚に力を入れた。


 ググググググ――。


 うおおおおお。


 上から重圧が掛かる。俺は押し潰されないように下から突き上げた。しかし抗えない。次々と陣地が奪われていく。肚の中心部分だけが最後に残った。ここを奪われたら終わりだ。


 おおおおおお!


 苦しい、実戦さながらの緊迫感だ。奪われたら死ぬという予感さえ漂ってくる。それぐらい思い詰めないと勝てない。無心で逆らった。死を意識すると精神が鋭さを増した。ひたすら目の前の圧に抗い続けた。今までにないほどの集中力だった。どれほど苦しい時間が過ぎただろうか。あとどれくらい続くのだろうか。わからない、絶望感が漂う。それでも正面からぶつかり続けた。やがて集中力がある軌道に乗ったのがわかった。世界が静かになった。死の予感が払われ、意識が澄み渡った。気がつくと、景色の全てが自分の陣地になっていた。場力で屈服させた瞬間だった。余計な思考は一切消え去り、目の前がどこまでも開けていた。

 まるで空箱(ブランク)を唱えたときのような解放感があった。砂川の前で初めて場力を展開したときもそうだった。無心で力を込めていたから自然と空箱に近い状態になったのだろう。しかし空箱のあの独特の精神状態まではいかない。


「やるじゃないか」


 次の瞬間、それは訪れた。

 天から降ってくる激しい威圧だった。


 ゾワ――。


 自分が展開していた場力の余韻は一瞬で消し飛んだ。肚の底までそれは容赦なく襲いかかってきた。さっきまでのとはまるで違う、天誅、天罰、そう錯覚するぐらいの勢いだった。

 俺は浮足立ってその場に倒れた。手足が震えている。


「なっ……」


 目の前では猿田の影が聳え立っていた。


「場力で負けるとそうなる。気をつけろよ」


 そう言った後、場力が解かれた。

 手足が元に戻った。周りを覆っていた重圧も解かれた。

 どうやら自由技能(ディスオーダー)による強化された場力のようだった。


「それが場力で勝ったときと負けたときだ。覚えておくといい」


 ノエルが横で付け足した。


「こんなに激しい場力は実戦でもそうそうない、いい経験したな」


 普段は笑わないノエルが笑いながら言った。

 猿田の本気の場力だったようだ。ここまで凄いのか。身体強化系はレアだと言われていたこともよくわかった。


「素の状態では俺の負けだ。なかなか悪くないぞ。油断もしていたからな。俺も久々の全力だ。まあ、雨だから、運が悪かったな」


 ははは、と言って猿田も笑った。

 これほど思い詰めてようやく勝てるようでは、まだまだ修行が足りない。ときどきこういった訓練が必要みたいだ。

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