23、覇気と兵隊
昼飯を食った後も俺たちはしばらく座っていた。波止場芽留の姿はもう見えない。昼食を終えて去っていった。
「空箱って淀むのですか?」
俺は気になったことを尋ねてみた。
「後ろめたい気持ちがあれば淀む。金に余裕があったり、世界は荒れているがここは安全だというときとかな」
猿田は右手を座卓に置いて少し乗り出して俺に話しかけた。
「お前は何のためにここに来たんだ? 支部長の噂は聞いているだろう。あまり良くない噂だ」
「源力を引き出すために若い冒険者を危険に晒すというやつですか?」
「そうだ。しかし、源力を獲得したものは一人もいない。あれは天然の死線のようなものでなくてはならない。相当の覚悟がないと人工的に強化人間はつくれない」
「……」
「支部長はいざというところで最後のひと押しができないのだ。躊躇ってしまう。あの人は本当は優しい人だ。あんな仕事は向いていない。何故あそこまで源力にこだわるのかわからない」
周りに客はもういない。空になった蕎麦の器と水だけが座卓に置いてある。
「お前は支部長に引き抜かれて来たのか?」
「そうです」
「親兄弟はいない。天涯孤独な身の上だと聞いている」
「そうですね」
「俺も今はそうだ。このノエルもな。死んだとき、位牌を持ってくれる人間はいない」
「そうなりますね」
「寂しいな」
「所帯を持て、と国を出るとき言われました」
「ははは」
いつの間にかこの座敷の隅が三人で屯する場所になっていた。夜はいつもここできっかり一合、猿田は酒を飲む。
「人は死ぬときに心の一部を持っていってしまう。それを埋めることは簡単にはできない」
「俺は物心つく前に親はいなくなったのでそういうのはわからないです」
「そうか、俺は父親に捨てられた母親がいた。死なれたのはきつかった。死んだ後で色んなことがわかった。そのときにはもう遅かった」
「……」
「かけがえのない人が死んだとき、後に残る悲しみは大きい。もう二度と、戻らないからだ。しかし、それを和らげてくれる本がある」
「君の横顔。」
「そうだ。あの本の輪廻転生について、あとがきにはこの世界にも成り立つ、と書かれていた。それで一時期世間を騒がせたな。しかし、悲しみを背負う多くの者の心を励まし、慰めてくれた」
「そうですね」
「今は新しい命としてどこかで生きているからだ。悲しくない」
「……」
「かけがえのないものをつくるのを怖がる必要はない。お前も遠慮なく所帯を持つといい」
「猿田さんも」
「ははは」
外では日が傾きかけていた。穏やかな風景が広がっている。ぽつんと立っているブナの木も見える。
「世界は新しくなっている。秩序を担っている人間が確かだからだ。車も廃止された。しかし、世界はよくなるだけだろうか。何か試練のように良くないことが起こる気がする。おそらく支部長もそれを感じているはずだ。俺なんかよりも具体的に」
「何が起こるのでしょう」
「わからない」
窓から空を眺めていた。庭が夕日に染まりつつある。
「風呂入ってくる」
そう言うと猿田は本館一階の大浴場へ向かっていった。
ノエルと二人きりになる。
「猿田さんは細かい動きにも切れがあるというか、何なんですかねあれ」
同じようなものを砂川の歩きにも感じたが少し違う、砂川は俺に向けてのはずだが、猿田のは独立している。
「内功だ。一挙手一投足にそれが込められている。源力持ちならやろうと思えばできる」
「物理スキルに用いる内功を常に働かせているわけですか」
「そう、俺もできるがやらない」
「何故ですか?」
「……ああいうの、俺に似合うと思うか?」
確かに、すっきりした容姿のノエルには似合わないかもしれない。猿田のような歴戦の兵隊崩れのような風貌にはよく似合うが。
だから猿田から一番、源力のあの懐かしい感じが伝わったのだろう。
話しながらノエルは座敷の脇の方にあるゴムの木の鉢にコップの水をやっていた。土が乾いていたのだろう。
「俺たちも風呂行きますか?」
「そうだな」
そう言って俺たちは食堂を後にした。




